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案外すぐに、画材屋とやらの前には到着した。ドーンと高い大きな建物が建っていて、看板は見るからに「芸術関係」だなと分かるような見た目をしていた。


もちろんそのすぐ下に国の認可の表示もついていたので、正規に登録されている店のようだ。……と、こんなところを一々気にしてしまうから私は真面目だとか頭が固いとか、つまらない男だと言われてしまうのだろうか。普段自分の街の治安を守るために注視している癖が出てしまった。


その画材屋は、表から見ると木の板をめちゃくちゃにくっつけて作ったようになっていて、普通の建物とは違ったおもむきがあった。窓から少し覗くと店内の形状は普通の建物と同じだったので、普通の建物を作ってから周りを「それっぽく」装飾してあるのだろう。これもまたアートなのだろうか。


なんだか遠くから見るとミノムシみたいであまりかっこいいと思えないのだが、隠れ家的なワクワク感はある。いい歳してなんだが。秘密基地は誰しも憧れるものなのである。


「じゃ、ちょっと見てきますね」


「ああ。楽しんで来るといい」


すました笑顔でロイスを見送る。本当は後ろからずっと着いて行きたいのだが、せっかく女友達が出来そうなロイスの邪魔はしたくないのだ。男のつらいところである。


でも、私は結婚すればどんな人間よりロイスとずっと長く過ごせるのだから、他の人間にも少しは譲る度量を持たなければ。うん。


多分レイアスの途中までで別れることにはなるだろうが、セドリック=ルドルフ=マートランドと共に旅をすることになったのはいいことだったのかもしれない。主にロイスにとって。


ロイスは今までに信頼の置ける友人が1人しかいないと言っていた。家族仲も良くない。そういう立場を生きてきたロイスは、きっと沢山の信頼できる相手を作った方がいいのである。


あらゆる人間に出会い、その生き方を見て、その上でこんなにロイスを好きだと思っている私の気持ちを分かってくれる日が来るといい。これは、私の勝手な期待なのだが。


正直なところ、私は家族仲も良いし、両親や周囲の大人たち、使用人たちに愛されて育った人間だと感じている。生活に不自由したこともない。学友も、家同士の付き合いで知り合った友人も、街を歩いていて出会った平民の友人もたくさんいる。公爵家に産まれた時点でラッキーではあるのだが。


覚えている限り、理由なく誰かに人格をないがしろにされたこともない。戦場で命の危機に晒されたことはあったが、本当の意味で他人の悪意からの「酷い目」にあったこともない。


加えて、心の底からの孤独を感じたことはない。誰かと接するのに、極端に壁を作ったり困ったりしたこともなかった。軍隊でも部下とうまくやっていた。なにかのトラウマだってない。


そうして人間関係に恵まれてきた私には、きっとロイスの心の孤独を、本当の意味で理解できる日は来ないのかもしれなかった。分かったと思う日が来るかもしれないが、それは多分、分かった気になっているだけだ。


でも、だったらロイスに、楽しいとか幸せだと思う気持ちを、どんどん分かってもらえば良いと思うのだ。もちろん、私の方からもロイスの心に寄り添いたいとは思うのだが。


娯楽は大切だ。それは、両親も、その前からも、ずっとエインズワース家に伝わっている考えだった。人間たちは「利益にならない楽しいこと」をするために生きている。それをするために、生活を便利にしようと、効率化しようと努力する。


人間は誰しも、各個人にとっての幸せに生きるということを追求するために。


「ロイス、ここの棚が絵を描く道具みたいだよ!」


ここの棚がって、画材屋なんだから全部絵を描く道具なのでは?と思うが、靴磨き油とか売ってるらしいし、雑貨屋みたいなものなのかも。


「どんなのがお手軽でしょう?初心者向きの画材って……」


店の前に背を向けて隠れるように立って、ロイスたちの会話に聞き耳を立てる。楽しそうな雰囲気、なんだか微笑ましい。


レオンのやつは、またルドガーとなにやら談笑しているようだ。はじめて会った時なんかは結構、王子であることを鼻にかけて高慢ちきな態度をとっていたものだが。何か、本人の中で心境に変化があったのだろう。それともセドリックについて質問しているのか?まあルドガーとセドリックは残念ながら大した接点がないのだが。


「やっぱ水彩じゃない?油絵は場所取るし、乾くのに時間かかるからね。でも水彩は描き直せないしな〜」


「でも、初心者なら色鉛筆の方がいいんじゃない?水がなくてもどこでも描けるし、鉛筆なら薄くかけば描き直せるしね。アタシはデザイン画なんかは色鉛筆で描いてるわよ」


「うーん、うーん、両方買っちゃおうかな……」


ああ、迷っているのがカワイイ。店のもん全部買ってあげたい。欲しいもの全部買ってあげたい。


「ここ、他に比べて安いし買っちゃいなよ!色鉛筆に慣れてきたら水彩、とかにすればいいじゃん?」


「そうですね……そうします!」


「あ、ねえ!ここ来たら占いのふだ買って運試ししてるんだけど、ロイスもやろ!たったの7ヴァルだから!」


「占いですか!気になるな、やってみようかな……」


うんうん。気になることは好きなだけ、どんどんすると良い。


「ラーラ、アンタ前から占いとか好きねえ」


「女の子はみーんな好きだよ!ワクワクするもん!セディは占い興味ないの?」


「無いわね、全く。占われなくても自分のことくらい分かるし〜」


「セディ夢な〜い」


「アタシはアンタと違って大人なのよ」


なんだそのノリは。女子高生か?ラーラとやらはセドリックの弟子だと言っていたが、その関係は師弟関係というよりは親子のような、女友達のような。……まあ、ともかく砕けた話し口調だった。


女3人で楽しそうで、やはりなんとなくつまらないような、いや、微笑ましいような。


「私の鞄に入りきるかな……」


「あ、ならそれ用のかばんも買えば?大きめのスケッチブックとかがスッポリ入るサイズの鞄あると思うよ!」


「鞄まで売ってるんですか?」


鞄か。ロイスはそういえば、鞄やら靴やらを新調したそうにしていた。服も、きっとあの家で酷い扱いを受けていたんだろうに、少し朽ちた様子があった。


だが、うまく生地同士を縫い合わせて、パッと見て気にならないくらいの服には仕上げていた。あまり女性の服や身の回りの品について男が言及するのも失礼かと思って、あえて何も言わなかったのだ。本当はロイスが見て気にしていたものは全部買ってあげたいのだが。


「そりゃもう!画材屋さんだから、持ち運びやすいセットの鞄いっぱい売ってるよ。これもここの工芸品だから、金属の装飾がメッチャお洒落だし!あたしもここで買えばよかったな〜」


「修行中なんだから地味な鞄でいーのよアンタは。でもロイスちゃんはせっかくだからかわいいの買っちゃいなさい!」


「はい!」


友達の母親的なポジションに収まっているが、なんとも野太い声。セドリックは本当に男らしい。初めて彼を見たときはまだかなり若かったので、もう少し女らしかったと思うのだが。筋トレでもしたのか、旅をしているうち鍛えられてしまったのか。まあ、本人が気にしていないようだからどうでもいいのだが。


「わあ、本当にかわいいなあ、おしゃれだし。どれにしようか迷っちゃいますね。大きさも色々……あ、このスケッチブックならこのくらいの大きさかな」


「良いじゃん!飾りとか縛れる輪っかもついてるし、色は地味だけど上品で。」


「値段もランプほど高くないしね。全く、鞄よりランプの方が高いとかどうなってんのかしらね、この街。量産品の型にはめて作るランプなんかより、一つ一つデザイン考えて作られた皮の鞄のほうが、ずっと質もいいのに。」


セドリックがそう言った時、急に他の人間が会話に入ってきた。


「あれ、セドリック!いらっしゃい、その子はじめて?」


男の声だった。私は少し建物から離れると、気にしてないといった様子で誤魔化しつつ、横目で店の中の様子を見やった。声の通り、私と同年齢か少し下くらいの若い男だ。その時、なんだか私は〝百合の間に立ち入ろうとする男〟を嫌悪する者への苛立ちを理解した気がする。


……我ながら隠れてなにをしているのだか。


「アルル!久しぶりね〜!アンタ、ほんと老けないわね!何歳なの?!バケモン!!」


「やぁだ!セディってば上手なんだから〜!アンタこそまた肌ツヤツヤになったんじゃない?!アタシ、カサカサなのよ!最近特に空気が乾燥してるから〜」


いや、お前もそっちかい!!と突っ込みたいところだが、ちらっと見るとロイスのほうもなんだかおろおろしていたので押しとどまる。店から少し離れたので、まさかロイスたちは私が全て見えて聞こえているとは思うまい。人並み外れた恵まれた視力と聴覚に産んでくれた両親に感謝だ。


「この人はアルル、この店の店長で私の友達よ!この店入り組んでるからカウンターまで行かないと会えないのよね」


やっぱり隠れ家的な構造にしたかったのか。その割にロイスたちは窓から見えていたが、カウンターだけ奥にあるらしい。


「はじめまして、ロイスといいます」


「よろしくね〜ロイスちゃん!」


この国の現在においては、性的マイノリティは馬鹿にされる傾向にある。現状私の知る限り、基本的には男尊女卑が〝表立ってはないが、確かにある〟のだ。だからこそ人々は「男のくせにわざわざ女なんかの格好をして女を名乗るなんて」と心根では思いがちなのである。


王都付近や、現在私の統治する街ベルラにおいてはセドリックのような人間は〝馴染みがあるため〟差別を受けていないが、ここのようにまともに整備されていない街ではどうか。あのアルルと呼ばれた人物は、暮らしにくそうなこの土地でもああして何事も無いように生活している。


生き辛いだろうに、どうしてわざわざここに?


……いや、悪いことをしていないのにどうして自分側が対策を講じたり、故郷から逃げ出さなければならないのか?という面もあるか。格好は普通の男のそれなので、普段は隠して男として生活しているのかもしれない。


と、そんなことを考えているうち、買い物が終わったようでロイスが大きめの革鞄を持って店から出てきた。ラーラも一緒だ。


そういえばロイスはレストランに行ってたくさんの料理のメニューを見ても「迷うな〜」とか言いながら、10秒しないうちに即座に買うものを決める即断即決人間なのだった。決断力があって素敵である。私は料理とか選ぶのに迷って時間をかけてしまうので見習いたい。


そして、そう、セドリックはまだ店内でアルルと話しているらしかった。


「アート!私、占いの札を引いたら4番目に良い運勢だったんですよ!」


そう言って嬉しげに、小さい紙きれを持って私に駆け寄ってくる様子がかわいい。


「何段階のうちでだ?」


4番目と言われると、段階の数によっては微妙なところである。


「5段階ですよ」


「ほぼ凶じゃないか」


5段階中の4番目で喜ぶ意味がわからない。私ならもう一回金出して引くかもしれない。いや、むしろ1番が出るまで引くかも。なんとなくしゃくだし。


「キョウ?……ああ!なんか、言いたいことはちょっと分かりましたよ。私、一位じゃなくてもビリじゃないなら良いんです!ほら、あなたに一言みたいなのに、欲をかかなければ金運アップって書いてますし!」


金運アップとか言われると欲をかいちゃいそうだが。


「ロイスは変なところでポジティブだな……というか、その占い誰が作ってるんだ?」


「店主さんでしょうかねえ?」


なんだ、ロイス的には別に店主が作っててもいいのか。まあ、ちょっとしたお楽しみ程度ならおみくじも悪くないかもしれない。ちなみに私は占いは良いことだけ信じるタイプである。後は自分でどうにかする。


「ねーロイス、思うんだけどさあ、ロイスはこっちの馬車くれば?こっち全員女だし、3人であの荷馬車は狭いでしょ?私達の方、馬に乗ってる人も話せる造りだし広めだよ!ガールズトークしよ!」


ラーラとやらが突如としてそんな提案をしてきた。言うほど全員女か?まあ女か……となんとなく納得できないような、出来るような。


「でも、そんなご迷惑をかけるわけには……」


「あら、それいいじゃな〜い!アタシも賛成よ。」


なにも良くなかった。


セドリックも店から出てきて合流してしまった。2対1……いや、下手したら3対1、果ては5対1になる可能性すらある。そうだ、レオンだけそっちの馬車に移動すれば良いんじゃないだろうか?……と言いたいのは山々だが、ロイスもずっと男所帯では疲れるかもしれないし、なんかロイスが嬉しそうだしで言い出せない。


「アーチ、あんた顔面で全ての感情を物語ものがたるのやめなさいよ。昔そんなに表情豊かだったっけ?」


「物語ってない」


くそ、なに楽しそうにしてやがる。必死なんだぞ、いや、他の奴らにもロイスの時間を譲ることに決めたんだった。怒っちゃダメである。


「アート、私向こうの馬車に乗っていいですか?」


「なんの確認なんだそれは?!」


ダメだと言ったらこっちに居てくれるのか!?ならダメ!!というか、そもそもロイスの家出に俺が勝手に着いてきてる旅なのになんで俺に従う感じになってるんだ?好きにするといい、君の幸せのままに。


「いや顔がマジギレしてるので……」


顔面の筋肉が言うことを聞かないので頑張って律していたのだが、表に出ていたようである。ロイスには非常に申し訳ないことをした。


「し、してないぞ。もちろん構わない、こちらの馬車から毛布を持っていくといい」


「山程買いましたもんね……」


そうして、結果としてルドガーの引く馬車には私とレオン、ラーラの引く馬車にはロイスとセドリックが乗ることになってしまった。


別にいいのだが、別にいいのだが……!


もやもやしながら、私は再び、早々に出発した馬車の上で、恋に浮かれる馬男を横目にため息をつくのだった。










アート視点回でした。

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