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私たち一行は、セドリックさんと共に馬車置き場の方へ歩いて行きました。さりげなくアートが私の手を繋いでいましたが、もはやセドリックさんにメロメロのレオンさんはイチャつくなとか文句を言ってきません。これは快適かもしれませんね。アートと公然と馴れ合うことができます。いや、別にそんなことする必要ないんですけど。
「アタシちょっと弟子と話してくるから待っててね」
「はい!」
同行しているお弟子さんだという方に説明すると言って、セドリックさんは自分の馬車の方へ歩いて行きました。私たちはなんとなくその場に立ち止まってセドリックさんを見送ります。考えてみれば、どうせ馬車で移動するんだから馬車まで一緒に行けば良かったんですけど。知らない人がいると思うとなんとなく緊張してしまったのです。アートがどう思っているのかは分かりませんが。
セドリックさんが荷馬車の中に首を突っ込んでしばらくすると、バッ!!と荷馬車の皮の幕が開いて、中から飛び出すように女の子が走ってきました。
その様子、なんだか人間じゃないみたい。ひょっとして俗に言う野生児なんじゃないですか?私は驚いてアートの手を離し、少し距離を置きました。何かが襲ってきたときは、両手をフリーにしていつでも対応できるようにしなければならないと、本能で感じたからです。知りませんけど。
その人は本当にもの凄い勢いで走ってきて、私の目の前でピタッ!と止まりました。その奇怪な動きに面食らって、私は口をパクパク開きながらも何も言えなくなります。
金髪に青い目、アズライト帝国において最も平均的な外見のその女性は、私と同じくらいの年齢でした。そして、見るからに元気で活発そうな笑顔。うーん、カワイイし、なんて良い人そうなんでしょう。そばかすさえもが、その、人の良さを象徴しているかのようです。見るからに善良そう。人の悪口とか言わなさそう。日頃から良いこと探しをしてそう。
「ハァイ!あんたがロイスでしょ?あたし、ラーラっていうの。ラーラ=マクファデンよ、よろしく!代々裁判官やってる伯爵家の一人娘なんだけど、セディの弟子として日々修行してるの!靴職人が夢なんだ!」
見た目で受ける印象の通り、非常に社交的な人でした。それはもう親しげに、明るく接してきます。可愛い笑顔、眩しすぎて気が遠くなってしまいそう。春の太陽みたい。私は自分が根暗なもので、その熱さに燃やし尽くされないものか恐ろしくなり、つい一歩後ずさります。
「いやっ、よっよろしくお願いします!私は、ロイス=メイリーです。特に夢とかはないんですが、楽しく生きていきたいと思ってます。仲良くしてくださいな」
この歳の女の子が夢を語れるなんてかっこよすぎます。普通15を過ぎればお嫁に行くくらいしか……とにかく、なにもかも「なんとなく」で生きてる私には憧れの存在すぎます。靴職人とか、めちゃくちゃ具体的ですし!
「なんで一方的にそんなかしこまってんの?砕けようよ!ねっ!そんな気ぃ強そうな顔してさ!」
気が強そうな顔は余計です。
「あなたは砕けすぎじゃないですか?!初対面ですよ?!」
「同じ歳くらいでしょ?何歳?」
「18です」
「え、マジ?!ほんとに同じ歳だ!!」
「え!?あなたも18なんですか?!」
「いや16だけど」
「なんで今嘘ついたの?!」
意味のわからない嘘をつく人です。でも別に深い意味は無さそうでもあるので、とにかく読めません。変な人。でも、年下ですか……年下の知り合いってあんまりいませんでしたから、どう接したらいいものか。
故郷のタカムは田舎街なので、基本的に高齢化社会だったんですよね。年寄りと中年ばっか。ていうか、考えてもみれば2歳下なんて誤差ですよね。56歳と58歳だったら大した差が無いように感じるように、生きてきた年数の問題に違いありません。
「ロイス!あたしのことはラーラって呼べばいいから!これから旅、しばらく一緒なんだよね?女同士、夜に恋バナとかしようね〜!あたし、ちっちゃくてカワイイ男の子が好き!」
「急に?!で、でもよろしく」
とうとう旅の同行者に同年代の女の子が加わりました。急に好みのタイプを話してきたのでまたまた面食らってしまいましたが、恋バナ、恋のお話ですか。そんなの人と話したことありませんでしたから、ちょっと楽しみなような。
うーん、それにしても感慨深い。2人増えて6人になっちゃいました。荷馬車も私たちとセドリックさんたちで計二台、馬4頭。ちょっとした団体様ですよ、これ。賑やかで楽しそうではあるんですが。
「ていうか、それ彼氏〜?なんか怖そうだね。ロイスと並ぶとめっちゃいい感じ!」
「どういう意味?!」
「ありがとう。彼氏だ」
「いや、お礼言うところでも彼氏でもないと思いますけど……」
アートが照れ臭そうにしているのがなんとなく引っかかります。彼氏って、彼氏じゃなくて婚約者じゃないですか。あ、それもなんか違うか。
「え?彼氏じゃないの〜?!さっき手繋いでたじゃん!ちゃんと見たもん!あたし視力5だよ?」
「アフリカ人か?」
「しりょくってなんですか?」
なんか馬鹿みたいで申し訳ないんですが、ほんとに知らないのです。無教養な自分がお恥ずかしい。あ、でもラーラさんは伯爵家の娘さんだと言ってましたね。格上なので教養があって当然かも。……と、思っておきましょう。
「視力……つまり見る力、目の良さだ。この国では四角のどこかの角に穴を開けた図形を並べて、遠くから見てはかる。遠くのものをどれだけ読めるかとか」
「えーっ!なんのために?」
「なんのためって……なんのためだ?答えろ、ラーラとやら」
「あたしに聞くの?!知らないよ!!目がいいと自慢できんじゃん!」
「なるほど……」
「あ、これで納得すんの?」
納得するほかないでしょう。アートに分からないことが、他の誰かに分かるわけないのです。いや、知りませんけど。「あふりか人」というのは目がいい人たちなのでしょうか?真実はアートのみぞ知るってかんじです。
「画材屋行くんでしょ?あたしも実は靴磨く油切らしててさ、ついていくことになってんだ」
「画材屋さんって、靴を磨く用の……油も売ってるんですか?」
特別な油を使って磨くような靴なら、きっと良い革靴なんでしょうね。私の、布を貼り合わせて無理やり靴に見えるようにしたものとは全く違います。いいかげん買い換えたいとは思うんですが、なかなかお店に寄る時間がないんですよね。食料とか燃料の買い出しとかでは寄るんですけど。
そもそも、服屋や靴屋に入るための服や靴がないというか。こんな貧相な格好してて馬鹿にされないかなって気になっちゃうんですよね。店員さんはそんなこと気にしないのかもですけど。アートもみんなも私の服装については触れませんけど、やっぱりちょっと貧乏くさいし着古してて裾もボロいのです。お恥ずかしい。
「画材屋さんは色々売ってるとこが多いよ。ここの画材屋は品揃えもいいしね〜……って、前に来た時は追い剥ぎに全部取られたから何も持ち帰れなかったんだけど。」
ああ、なんてことでしょう。セドリックさんの言っていた、追い剥ぎにあったお弟子さんというのはラーラさんのことだったんですね。女の人の一人旅なんて大変でしょうし、今にしてみたら自分も危ない橋を渡ろうとしていたんだなあと思います。
「女の子一人でそんな目に遭って、怖かったでしょうに」
「いやー、急に後ろから殴られて、気づいたら持ち物ほとんど奪われて、レイアス側の森に放置されてたから。怖がってるヒマなかったなあ……まさか白昼堂々襲われるとは思ってなくて油断したっていうか!!」
笑い事でもないと思うのですが、ラーラさんはそう言って笑い飛ばしました。ほんとに危ないですし、話聞いてるだけで怖すぎます。こんな人数で行けばそうそう襲われないと思うのですが。仮に襲われても、アートやルドガーさんは元軍人で強いんでしょうから安心ですよね。
「でも、その手口聞いてると、なんか手慣れてるみたいですよね。ずっとそうなら、もっと問題になりそうなのに」
「あーダメダメ。この街の工芸品、王子様の大のお気に入りだとかで。領主は工芸品を王子に送ってご機嫌とっとけば、治安がどうなろうが好き勝手できるってわけよ。」
「工芸品って、あの金属加工して作ったランプとか?」
「そう。来る時見たでしょ?悔しいけど綺麗なことは綺麗なんだよね〜〜つい買っちゃった。でも本気でぼったくりだったわ!ムカつく〜綺麗だから許すけど」
「物に罪はないですもんね」
「そうそう。綺麗なもんは綺麗だもん」
芸術とかファッション関係の方ですから、やっぱりそういう綺麗なものとか工芸品にも興味があるんでしょうね。私も億万長者だったら買ってたかも?
「ラーラ!そろそろ馬車に戻りなさい!さっさと移動するわよ!」
「はぁーい!!じゃ、あとでねロイス!すぐ後だけど!」
「はい!またあとで、ラーラ」
嵐のような人です。隣に立ってたアートはなんだかぼんやりしていましたが、ラーラが立ち去るとまた私の手を握って、私たちの馬車の方へ歩きはじめました。
「アメリカ人みたいなテンションの女だな」
「あめりか人?」
「いや、アメリカ人に会ったことないから偏見だが」
「イメージが近かったんですね」
再び分からない例えでしたが、一々聞いているとキリがないので、いつかものすごく暇な時に、一から全部教えてもらいたいと思います。
私たちはまた馬車に乗り込むと、この家屋の並ぶ場所からもう少し離れた、知る人ぞ知る画材屋さんとやらに向かうことになったのでした。
今回も読んでくださってありがとうございました!




