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朝、窓の外を見ると昨日の夜のままに空はすっきりと晴れ渡っていました。狭いベッドから身を起こして、狭いスペースに足を下ろして靴を履きます。着替えるために手を伸ばしただけでも壁に当たるくらいなので、アートやセドリックさんみたいに体のデカい人は狭くて仕方ないでしょうね。アートや私たちは今日もう発つのでいいですが、セドリックさんはいつからここに泊まっているんでしょう。
レオンさんは珍しく早起きしたようで、起きて身支度をしてからレストランに降りるともう食事をとっていました。なんと、ルドガーさんと二人でです。そんなに仲良さそうではなかったのですが、知らないうちに旅の仲間としての親睦を深めていたりするのでしょうか。
「おはよ、ロイスちゃん」
「おはようございますセドリックさん」
「や~んもう、セディでいいって」
セドリックさんが私のすぐ後に階段を降りてきます。挨拶を交わすと、セドリックさんは私の肩越しにレストランの奥の方を見ました。それから少し驚いたような顔をします。
「……あら、ターナーと一緒の男の子は?」
「ターナーって、ルドガーさんのことですか?」
「そーそ、ルドガー=ターナーね」
今更ルドガーさんのフルネームを知ってしまいました。いや、使う場面もないんですけど。それはそうとして、セドリックさんから当然の質問を受けてしまいました。昨日は私が夢遊病を発症してしまったりして、レオンさんについての言い訳とかを考えるの忘れてたんですよね。
「彼はレオンさんです。彼はある国の王子様なんですが、道中に私が馬として購入したのです。その後に呪われて馬になっていた人間であることが判明し、呪いが解けたので人間として旅に同行しています」
そのままを話してみました。どんな返事が返ってくるかは大体わかってるんですけどね。
「アンタなに言ってんの?」
ですよね。なに言ってんでしょう私は?その時、ちょうどタイミングよくアートが階段から降りてきました。
「あいつは呪いで馬になっていたのをミサカツキに連れて行って解いたんだ」
なんの補足にもなっていない気がするのですが、私の説明の説明をしてくれたようです。それでもセドリックさんの困惑は深まっていくばかり。
「ミサカツキって、あの森に囲まれた端っこの方にあるとこ?人住んでんの?意味わかんないんだけど」
「とりあえず朝食をとるか」
「ま、まあそうね。とりあえず座りましょ」
「私、昨日アートが食べてたやつにしようかなあ」
「呑気ねえアンタ」
私たちは、ルドガーさんたちの座っている隣の机に三人で座りました。
「おはようございますレオンさん、ルドガーさん」
「おはようございます」
「おはよう。……ロイス、その美しい女性は?」
レオンさんの口から衝撃的な発言が飛び出しました。ま、まあでも髭も綺麗に剃ってますし、見ようによっては女性に見えるのかも?それとも体は男でも心が女性ならそれでいいみたいな?
「え?あっセドリックさんです。アートのお母さんのご友人だそうで、デザイナーさんです」
「ねえ、美しい女性ってアタシに言ったの?馬鹿にしてる?」
「馬鹿に……?な、なにか失礼なことを言ったならすまない」
「……ふーん、本気で言ってたの?可愛いわねえ、くふふ……外国のコだから、好みが変わってるのかしら?」
「……」
なんとなくコメントし辛いところです。そうですね、というとなんだかセドリックさんの容姿を貶してる感じになるし、綺麗ですよと言うと馬鹿にしてる?って言われそうですし。体が大きくてガッシリしてるから男性にしか見えないんですが、身綺麗で清潔感があるので、「人間としては」美しい人だと言っていいと思うのです。レオンさん、ちょっと前まで私のこと好きって言ってましたけど、セドリックさんを見た時の驚いた顔を見るに、彼のほうが数倍好みのタイプのようですね。人間、好みは分からないものです。
席について食事が運ばれてきてからも、レオンさんはセドリックさんの方をちらちらと見ていました。余程好みの顔だったんですね。どうするんですか、これ。運命ですか?
「あ、そうそう。レオンさんが旅に加わった経緯について説明してたんですよ」
「呪いのことか?」
「あ、そうですそうです」
「呪いかあ。でも、アーサーも呪われてたって言ってたもんね。お嫁さんもだけど、エインズワース家の人間と出会う人には、結構そういう珍しい部分があるんでしょうね」
アートのお母さん呪われてたんですか?一体どんな呪いなんでしょう、エインズワース家呪われた一族すぎませんか?まあ、私はまだエインズワース家じゃありませんけど。
「ロイスも呪い解く旅をしてるんだもんな」
「あっちょっとレオンさん……言っちゃダメじゃないですか」
何がダメなのか分かりませんが、なんとなくアートの嫁が呪われてるのって縁起が悪そうじゃないですか。関係者に呪われバレするのはあまり良くないんじゃないのでしょうか。いや、別にいいんですけど。
「でも私の呪いのことは話したんだろう?」
「うーん、かえす言葉もない」
勝手に馬だったことを暴露したので、自分が呪われてることを暴露されてしまいました。
「ロイスちゃんは何に呪われてるわけ?」
セドリックさんは冷静な様子で、馬については深く言及せず聞いてきました。やはり関係者の方は、なんだかんだ言っても理解が早くていらっしゃいますね。なんでかペラペラ話してしまいます、この人には。ほとんど女性みたいな感覚なので話しやすいんでしょうか。
「じ、自分の祖先の狐です」
「は?ま……まあいいわ。どんな呪いなの?」
ツッコミたいところがあってもとりあえず全部聞く、見習いたい大人な姿勢です。
「一か月会ってない人の顔を忘れる呪いです」
「そんっ……地味!地味じゃない?!呪いなのそれは?!」
「地味に困るかもしれません」
「かもって、自分のことじゃない?でも……一か月かあ。うーん、呪いなのかどうかはさておき、それじゃ公爵夫人には不便よね。人付き合いとかあるし」
「そっ……そうですね」
「アタシみたいなド派手な見た目でも忘れるわけ?」
派手という自覚はあるんですね、セドリックさんならどんな人混みにいてもすぐ分かりそうですし。いや、変ではないんですけど、確かに頭に沁みつきそうな強烈な個性をお持ちですから、そう思うのも当然なのかもしれません。
「あなたほど特徴のある外見の方には会ったことがないので、わかりませんね……髪の色とかを書き留めておけばあるいは……」
同じ髪色の人なんて、まあ余程探さないといないでしょうし。でも、有名なデザイナーさんなら、憧れて真似してる人もいるかも?
「同じ髪色に染めてる人との判別は?」
「それは、つかないでしょうね……」
「困るわねえ、アーサーから、嫁のウエディングドレスのデザイン頼まれてるのに」
「それ、私のことですか?」
「他に誰が居るのよ」
「で、ですよね……」
「いや、私を見られても」
ついアートを見てしまい、困られてしまいました。でも、私のウエディングドレスを王侯貴族御用達のデザイナーさんが作るだなんて想像したこともありません。恐れ多いというか、息子の嫁のウエディングドレスのことをもう話してるなんて気が早い……いや、全然早くありませんでした。今頃もうアートの家に引っ越してる予定でしたからね。
「これからアンタたちどこ行くわけ?」
「私の先祖の狐の墓がある、レイアスのほうに向かう予定です」
地図を頭の中に思い浮かべながら、私はそう返答しました。セドリックさんは驚いたような嬉しそうなような表情になって、パンと一度手を叩きます。
「あらっ!!じゃ、途中までついて行っていい?!」
「えっ?セドリッ……セディはどこに向かってらっしゃるんですか?」
「アタシ、今は王都を避けて旅してんのよね。アーサーの新しいドレス作ってすぐにベルラを出発して、ロンドを通ってアカイルを通って、オークルド、クロクロッド、アニスときて、まあ……とにかく全部の街を経由して、今はベルラに戻ろうとしてるとこってわけ。アズライト帝国一周の旅、みたいな?」
帝国を全部回るなんて、すごいです。道に迷ったりスリにあったりしなかったのでしょうか。まあ、セドリックさんの財布を盗もうとするような猛者は居なそうですが……
「すごい!私、家出した当初はそんなふうに色んな街を回って働くとこ探そうとしてたんです!」
「あら、行動力の塊じゃない!!」
「行動力の塊じゃない?!」
どんな感想ですか。でも、確かに家出した時の自分の行動力には驚きを隠せません。今、家出の時と同じ状況下になっても同じように家出するかどうか分かりませんし。
「あんた真面目でつまんない女だと思ってたけど意外とハチャメチャで面白いじゃな~い!でもずっと地元から出たことなかった世間知らずが旅なんかしたらひどい目に遭うわよ」
「意外と現実主義者なんですね……」
そして、やたらはっきりとものをいう方です。つまんない女って!そうかもしれませんけど!
「そらそうよ。同行したいのだって、ハインからレイアスを越えるとこがめーっちゃ治安悪いからなのよね~」
「そうなんですか?」
「そうよ。アタシの弟子なんか前にハインの街境で追いはぎに遭って無一文になったし」
恐ろしいことをさらっとおっしゃいますが、普通にめちゃくちゃ怖い話じゃないですか。この街、めちゃくちゃ治安悪いじゃないですか。遠くても王都を経由していった方が安全だったのでは?
「えっ!そ、そんな……それ、お弟子さん、どうやって帰ったんですか?」
「レイアスで警察に行って金借りて帰ってきたわね。運よく身分証は無事だったからね」
「ひえ~、私身分証なんて持ってないからそんな目にあったらおしまいですよ」
「でしょ?アーチに感謝しときなさいね!」
「ありがとうアート」
「愛してるぞ」
「その返答はおかしいのでは?」
そんなとき、レオンが食事を終えたようでこちらのテーブルの前に立ち、セドリックさんの方を向きました。
「セドリックさん」
「え、あ、なに?レオンだっけ?」
「あなたのことは俺が守ります」
「はあ?」
絵面的にはむしろレオンさんが守られる側だと思うんですけど、まあ、お嫁さん候補をセドリックさんに絞ったのであれば頑張っていただきたいですね。女性と男性で問題ないですし。いや、心の問題です。
「く、くふふ、ほんとウケるわ。ありがとね。ていうか可愛いわね、なんなのこの子?馬鹿なの?」
「馬鹿っていうか馬だな」
セドリックさんは完全にレオンさんを子ども扱いしている様子でした。レオンさんはそれでもポーッとしていますが。うーん、魔性の女。これこそ一目ぼれ、及び運命の相手なんじゃないですか?恋愛相談乗りましょうか?レオンさん。
「あ、このあと画材屋さんに行くんだったわね。」
「は、はい!ぜひ」
「アタシも自分の馬車あるから、一緒に移動しましょ。あと弟子も一緒なんだけどいい?」
「えっ?!良いんですけど、見かけませんでしたね」
「なんか馬車の中で寝たいんですって。ずっと馬の傍にいるのよね」
「そうなんですか」
「男か?」
「女よ」
「ならいいが……」
「んも~めんどくさい男ね!アーチ!」
かくして、私たちは話が終わると半分冷めてしまった朝食を食べ、画材屋に向かうべく荷物をまとめて宿を出たのでした。




