表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/97

45


気が付くと、真っ暗な空間にポツンと立っていました。


きょろきょろと首を動かしてあたりを見ましたが、何も見えず、自分の足元さえも見えません。不思議なことに〝ここがどこなのか?〟という疑問は浮かんでこず、ただ、漠然とした不安だけが私の心を支配していました。もしかしたら、一歩踏み出せば地面がなくって、どこまでも下へ下へ落ちてしまうかもしれない。


目の前は(いばら)の森かもしれない。


音が何も聞こえないから、人家や川の近くではないと思いました。森の騒めきも聞こえません。ここは不自然なほどに静かで、おまけにすごく寒いのです。上着を着ずに、冬の森に入った時みたいに。


「あ……」


あまりに音が無くて気が狂いそうだったので、私は声を出そうとしました。でもうまく喋れないのです。


ここで私は、これが夢なのだとぼんやり認識しました。夢から醒める様子がないのでそのまま突っ立っていると、今度は遠くから白い何かがこちらに移動してくるのが見えます。人のような、光のような。


「こっち」


なぜだか〝それ〟が私にそう言っている気がしました。私は安心できるような気がして、それの方向に向かって足を動かします。一歩一歩、次の地面を確かめるようにして。


「そう、あと少し」


もう少しで、顔が見えそうだったのです。でも、私がそれの正体を見ることはありませんでした。腕を掴んだ誰かの手の感触に驚いて、私が振り返ったからです。


「ロイス!!」


全身に弾かれたような衝撃があって、その声が頭に響いた途端に私の意識は一気に現実に連れ戻されました。気づけば私は、雪がうっすら積もる平原に立っていました。そして声の主、私の腕を掴んでいる人物は当然のように。アーチボルト=エインズワース公爵その人だったのです。


「……?」


私はアートの顔を呆然と見つめました。どんな顔をしたらいいか分からなかったのです。ただ驚いていたのです。


「どうしたんだ!返事もしないし、君、裸足(はだし)じゃないか!!」


「……あ!」


言われてようやく私は、自分が裸足だったことを思いだしました。冷たすぎて、少し痛いような。少し遠くの方に宿屋と、置いている荷馬車が見えます。アートが息切れしているのを見るに、たった今走って追いついてきたところなのでしょう。


「私から逃げ出したのかとも思ったが、荷物も持ってないし裸足だし、本当に……心配した」


あああ、なんということか。アートは泣きそうな顔をしていました。大の大人がそんな泣きそうな顔しないでください。こっちまで意味も分からないまま泣きそうになりますから。


「す……すみません」


まさか、私が夢遊病だったとは。……というのは冗談で、今までの人生でこんなことは一度もなかったので、私は本当に、とても驚いていました。色々あって精神が不安定になってるとか?それとも、呪いの影響かなにかとか?自分で言うのもなんですが、私は感情の起伏がそう激しくないほうなので呪いの影響というセンが有力だと思うんですよね。


「自分に夢遊病の気があるとは」


「やはり無意識か。足が寒いだろう」


「うわっ!!だ、大丈夫ですよ歩けます!ここまで歩いてきたんでしょうし」


アートは突如として私を抱えあげてお姫様抱っこしました。なんていうんでしょうね、なんとなく恥ずかしいというか。アートは照れてる様子ないので、私だけ照れてるのも恥ずかしいですし。


「ダメだ。大体、足の裏だって怪我してないのが奇跡だ。尖った岩なんか踏んだらどうする」


「……すみません」


おっしゃる通りですね。正直なところ雪のせいで足が限界に達していましたし。戻ってすぐに温めたとしても霜焼(しもや)け待ったなしです。運んでいただいて本当に助かります。


「君は謝ってばかりだな」


「じゃあ、ありがとうございます」


「じゃあって」


こんな状況で笑えるのがアートの凄いところですよね。私なら求婚してる相手が夢遊病の狂人だったらドン引き間違いなしですし。いや、求婚したことないので分かりませんが。


「アートはどうして私が居ないことに気づいたんですか?」


「前に言ったかもしれないが、私は君がどこにいるのか大体感じとれるんだ。家にいた間も、今は南の方にいるな、とか分かっていたし」


「それっ……そ、それはどういう……感覚なんでしょう?」


「今日は偶然、夜に目が覚めたら、君の気配が20メートル以上私から離れていたんだ」


「そんな明確な距離関係まで分かるんですか?!」


アートは謎の能力をいくつか持っているようでしたが、私がどこにいるか分かると前に言っていたのはそういう、現実の話だったんですね。なんというか、恐ろしいというか、どこに逃げても発見されるわけですよね。別に逃げないのでいいんですけど。そんな力が私にだけ適応されるのだとしたら、運命の人だって思っても仕方ないのかもしれません。というか、本当に運命の人ではあるのかも。……って、こうやって思っちゃうのもこの人の家の罠な気もするんですけど。


「なあ、今日は雪が降って曇っていたのに、もうスッキリ晴れて星がきらきらしているぞ」


「あなたの髪は月や星の明かりで透けて(きらめ)いて、綺麗ですね。泣きそう」


「なんでだ!!」


「……二人きりになれたの久しぶりだから、星を見ながらもう少し話してたいです」


「それは、プロポーズと受け取っていいのか?」


「なんでですか!!」


私が思った通りのことをペラペラ話してしまうのは、多分アートにだけでした。冗談を言い合えるのも、顔色を窺わなくていいのも、ただ一緒にいるだけで嬉しい気持ちになれるのも。


アートは私を抱えたまま、丁度よく座れそうな岩に腰かけました。


「重くないですか?」


「これはただの事実なんだが、私はこの国で一番の力持ちなんだ。君なんか50人抱えても羽レベルに軽い」


「えぇ、ほんとかなあ。」


「本当だとも」


アートはごく真面目な顔でそう返してきます。近くで見れば見るほど、この人、肌も元軍人と思えないレベルで陶器のようにすべすべですし綺麗な顔をしているんです。肌荒れとは無縁て感じでうらやましいですよ、ほんと。流石は神様の末裔なだけあります。アシュレイ様が嘘ついてるだけかもしれないし、アート本人が知ってるかどうかは分かりませんが。


「アートは、どんな幼少期を過ごしてきたんですか?」


「アバウトな質問だな……そうだな、下級貴族のデカい子どもにいじめられたりしてたな。」


「あれっ!あなたみたいな見るからに強そうな人でもいじめられたりするんですか?」


「昔はすごく身長が低かったんだ。10歳くらいの時にグーンと伸びてやり返したが」


「ああ、なるほど……でも、なんかあなたでも〝やり返そう〟とか思うことあるんですね」


「私はやられたことはやり返す人間だからな。ロイスは?」


「私ですか?」


どういう意味かな、と私は少し考え込みます。幼少期について聞いているのか、やり返したいと思わないのか、という質問なのか?


「家族や家の人間にやり返したいと思わないのか?」


「やり返すとは、具体的には?」


「うーん、殴ったり蹴ったり?」


「私、家族を殴ったり蹴ったりしても別にスッキリしないと思うんですよね。社会的制裁を加える、とか言っても元々貧乏な家なのであんまり……あの人たちはこれ以上落ちることはない、みたいな」


「それは困りものだな。なんでだろうな?私はなにか不快なことをされたら殺すなりしてスッキリするタイプなんだが」


「なかなか物騒なことを言いますね……」


綺麗な顔して恐ろしい人です。軍人として働いていたことがあるのなら、それも仕方ないことなのかもしれませんが。しかし、やり返す。あまり考えていなかったのですが、これは私が家族にも使用人たちにも大して興味や関心が無かったからなのでしょう。好きだったのに裏切られた、とかなら恨むところなんですが、私の家族は昔から一貫して私の敵だったので。


「もやもやしないのか?君に酷いことをしたやつらは、酷い目に遭わずにずっと平穏に暮らしていくかもしれないんだぞ?」


「うーん……そうですね……多分、今、復讐心が沸いてこないのは心に余裕があるからなんだと思うんです」


「心に余裕があるから?」


アートが首を傾げます。私は、考えていることを頭の中で整理しながら、アートに話し始めました。


「親のことは嫌いですよ。でも、なんていうか……アートは、人のために生きる人でしょう?」


「ん?」


「街の人たちの生活が悪かったらあなたは怒るし、自分の街の人たちも幸せにするって言ってたじゃないですか。でも、私は人のために出来ることがあっても、きっと、あなたのように人のために生きることが出来る人間じゃない。から、せめて私怨で誰かの不幸を願う人間にはなりたくないんです」


「でも私は復讐とか全然するぞ?」


「あなたは一人に復讐しても、きっと千人を幸せにできますから。」


こんなこと言って、私、心に余裕が無ければ家族に復讐とかしてたかもしれないですし。例えば旅先でスリに遭って無一文になってたりしたら、何でこんな目に!家族皆殺しにしてやる!とかなってたかも。極論ですけどね。それともめんどくさいからやっぱり何もしなかったかも。人間、実際そういう状況下になってみないとわからないものですからね。


「……君のことも幸せにできるかな?」


案外アートはしつこい反論はしてこず、ただなんだか困ったように微笑みました。


「私はあなたと一緒にいて幸せだからこそ、こんなことを考える心の余裕があるんですよって言いたかったんですが」


「そうなのか。すまないな、君の話聞いてたら君の家族が嫌いになってしまって」


「それは、ありがとうございます。私を大切に思ってくれて……い゛っきし!!!」


くしゃみが出てしまいました。もちろん顔は背けましたとも。真面目な話してるときにオッサンみたいなくしゃみしてお恥ずかしい。


「寒いな。そろそろ宿に戻ろう、明日は画材屋に行くんだろう?」


「……はい!」


アートはまた私を抱えて、宿まで歩きます。夜空がまだ綺麗で、寒くなければ永遠にここに二人で居たいくらいでした。また騒がしくなってしまうのが残念です、なんてとても言えませんけど。きっとこれから楽しいことばかりです。手始めは、明日の画材屋さん。それから、早く呪いを解いて、自分の考えをしっかりまとめましょう。


私はそれで、アートのお嫁さんになれるような人間かどうか、自分で判断するのです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ