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アートは追加で注文したサンドイッチのようなものを、なぜかヤケになったように無言で咀嚼しています。やはりセドリックさんのことが苦手なのでしょうか。


「それで、途中で公爵様の護衛のルドガーさんも合流し、旅をしているというわけです」


私はかなりかいつまんで、ついでに呪いのことも伏せて、この旅に至る経緯をセドリックさんに解説させてもらいました。公爵様呼びは久しぶりですね。アートのお母さんの友達、しかも国内で有名なデザイナーさんの前ですから仕方ありません。ルドガーさんはアートの部下だから、指定された「アート」という呼び名を聞かれても困らないんですが。


なんで話さなきゃいけないのかは分かりませんが、話さないと解放してもらえなさそうでしたし。それに話して減るもんでもないですしね。要約すると私の家出に婚約者だったアートが付いてきた、というだけの話なんですが。家出の理由については「家族に対し鬱憤が溜まっていた」とだけ話しました。初対面の相手にご家庭の闇を暴露するのもどうかと思いましたので。


セドリックさんは、私の話をうんうんと頷きながら興味深げに聞いていました。ちなみにセドリックさんは、私たちの机の横に椅子を持ってきて座っています。長時間私たちの前に居座る気満々ですね。アートはなんだか嫌そう、というかめんどくさそうにしています。


「結婚を期に家出してた割に仲良さげだけど、心境に変化はあったわけ?」


「心境の変化ですか……そうですね……公爵様はすごく良い人ですし、素敵だし、尊敬できる人物だなぁと思うようになりましたよ」


無難な回答をしておきました。別に公爵との結婚が嫌で逃げたわけではない気もするのですが、たしかにきっかけはこの人でしたからね。


「そうじゃなくて!結婚したくなったとか、好きとか愛してるとか思うようになったとか、そういうことよ。恋愛感情はあるのかってこと!」


言われずとも分かってるんですよね、そんなことは。答えにくいから濁したんじゃないですか。心が女なら察してくださいよ、ほんと。このいじらしい乙女心を。……いや、察していてなおも聞いてきたのかもしれませんが。


「……私、異性を好きになったことが今までになかったもので、自分の気持ちがそもそも恋愛感情なのかどうかも分からないんです。でも、好きですよ。彼のことは、世界で一番」


異性どころか同性ですら、本気で好きになったことがあるのか?と言われると微妙なところです。その人以外仲良くしてくれる人がいなかったから、仕方なく友達として大切に思っていたのかもしれませんし。アイリのことは、自分では大好きなんだと思っているのですが。


「そう……って!!え?!世界で一番好きなの?!」


セドリックさんが驚愕した顔で身を乗り出してきます。うーん、でもこれも当然の反応なのかも。世界一好き、なら結婚なんて平気でできちゃいますもんね、普通。


「恋愛感情なのか単なる人間としての好意なのか分かりませんけど、公爵様のことが一番に好きですよ」


すると、セドリックさんはニコ〜〜っと嬉しそうな笑顔になって、椅子に座り直すと両手で頬杖をつきました。なんだか、ほんとに普通の女の人みたいです。めちゃくちゃ身長が大きいですし派手なのでちょっと怖かったのですが、怖い人ではなさそうですし。ヒゲも剃ってますし。髪色は、イメージするところの南国の鳥みたいでスゴいですけど。


「へ〜!ふ〜ん!クソ真面目なアーチがアンタみたいな意味分かんないけど実直な女の子選ぶなんてね。てっきり〝ゆるふわ系の守ってあげたくなっちゃう女の子〟とかにころっと騙されて結婚すると思ってたのに……やだ、アーチ!アンタそんなカワイイ顔できたの?顔真っ赤じゃない!」


セドリックさんの言葉を聞いてアートの顔を見ると、確かに真っ赤になっていました。アーチって、アートの呼び名でしょうか。それぞれ別の呼び方なんですね。ニックネームが複数あるのって、なんだか友達が多い人ってかんじがして憧れます。


……で、アートは、赤面に加えて口の端がヒクヒクと引きつっていました。どういう感情なのでしょう、読みきれませんね。喜んでいるのか、困惑しているのか怒っているのか。怒られる意味はわからないので怒っちゃいないんだとは思うのですが。でも、喜んでいるような気もしますし、怒っているようにも見えます。ともかくおかしな顔です。


「もう一回言ってくれないか?よく聞こえなかったんだが」


「嘘つくんじゃないわよ!」


「言いませんよ」


嬉しかったようです。でも、2度目はありません。


「もう、とりあえずで結婚しちゃえばいいのに。公爵家なんて老後まで安泰じゃな〜い?」


それはそうかもしれませんけど。


「結婚は……私、そもそも文字が少し読める程度の教養しかないんです。公爵家のお嫁さんになるならもっと勉強して、人との関わりも上手にならなきゃいけません。そんな自信が私にはないんです。尊敬するようになればなるほど、公爵様の隣に立てる人間になれる気がしないというか」


「まあ、確かにねえ。公爵に突然求婚されても、社交界デビューとか色々めんどくさいわよね。アーサーなんか男爵家どころか平民の出だったけど、元々バリバリ建設設計とかしてる勉強できまくりの女だったし……男爵家だったのに急に言われてもってとこはあるわよね〜」


「ハハ……」


めんどくさいというか、うーん。めんどくさいわけじゃないんですけど、怖いというかなんというか。私にできるかな、と思ってしまうんです。そう考えたら、家出せずになんとなくで奥さんになっていたらどうなっていたことやら、恐ろしくなります。


アートのことが大切じゃなければ、人付き合いもすべき仕事もなあなあで済ませて適当に生活してればいいのかもしれませんけど。好きになったからこそ、半端なことはできませんよね。アートの隣に立つ人は、ちゃんとした人じゃなきゃ。


「いやっ待て!結婚後のロイスは家にいて動物と遊んだり編み物したり、好きなことをしてもらいたい。暖かい部屋で外敵にさらされず真綿に包むように大切にする予定だから、勉強なんてしなくていいし人付き合いなんてしなくていいぞ。私以外と会話する必要なんて全然ないんだぞ」


「気持ち悪っ!アーチ、アンタそんなだから結婚してもらえないんじゃないの?」


「何が気持ち悪い!!」


気持ち悪いというか、なんかそこまでくると人間扱いな感じがしませんよね。別に敵と戦いたいわけではないんですが、公爵夫人がそうやって遊んでばかりだと、外野から「奥さん聞きました?あそこの公爵夫人、家のこともロクにできないそうですわよ!公爵は女を見る目がありませんわねえ!」なんて言われかねません。それはアートが可哀想ですよね。


「好きなことですか……確かに、好きなことってのはあったほうがいいですよね。なんにしろ。考えておきます」


「好きなことって趣味とかでしょ?何もないの?」


「ないですね。編み物も暇だから何も考えたくない時にやってるだけですし、勉強はできる環境がありませんでしたし」


「勉強したいの?学校行ってて文句ばっかのアタシの妹に聞かせてやりたいわ〜」


「妹さんがいらっしゃるんですか?」


「そ。アタシと一緒で体は男だけど」


「さ、左様さようですか」


複雑な家庭のような。そこまでくると、ご両親とかそのご両親とか、全てが気になってきてしまいますね。このご時世にそういった心の性の多様性を認めているあたり、理解のあるご家庭なのでしょうし。私の家庭なら、きっと即座にやめろと言われてぶたれるでしょう。メイリー家には息子がいなかったのでその心配はありませんでしたが。


「絵はどうだ?前に、好きだと言ってなかったか」


「アハハ、なんか、アニスとかでも絵を売ってるの見かけましたけどすっごくうまいし、自分の描いてるのなんて下手で恥ずかしくなっちゃって」


「そんなこと気にしなくても……」


「馬鹿ねっ!!芸術なんて上手い下手ではかれるもんじゃないの!描きたいから描く、書きたいから書く、歌いたいから歌う、作りたいから作る!!そこの壁に彫られてる子どもがいたずらしたであろう人型の傷だって、芸術と言えば芸術なのよ!!絵は心なの!売るために描いてる絵と自分の好きで描いたものを比べるんじゃないわよ!!」


「はっはひ……」


あまりの剣幕に情けない声が出てしまいましたが、なんだか芸術関係の巨匠に言われると説得力がある気がしますね。私は思えば、祖父の描いた絵が好きだったし、外で絵を描くのも好きだったのです。道具を捨てられたり絵を破かれたり馬鹿にされたからやめただけで、続けたら楽しかったのかもしれません。


人に言われてすぐにこう、コロッと意見が変わるのは私の悪い癖だと思うのですが。


「じゃ、明日スケッチブック買いに行きましょうよ!この街はいけすかないけど、ちょっと人家を離れたとこにポツンと一件だけ、スッゴく良い画材店があるの!」


「明日ですか?あ……アート、いい、かな?」


正直、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけワクワクしていました。アートに出会った時もそうですが、なにかをはじめる時はいつもワクワクしてしまいます。道具を買いに行く、というだけでも。形から入るタイプなんでしょうか、私。


「……当然じゃないか。行こう。画材店だろうが火の海だろうが溶岩の滝だろうが君にどこまでもついていくよ」


「クッサ!どこの三文小説から引用したのよ!」


そもそもこの冬の大地においてその謎に熱いシチュエーションをチョイスするのが謎なんですが、ともかくアートの了承も得られ、私はセドリックさんと明日の朝待ち合わせて、都合よく目的地と方向が同じだった画材店に行くことになったのです。


……そしてこの時の私は、セドリックさんにあの、目立つ赤髪のレオンさんについて説明することを完全に忘却していたのでした。





明けましておめでとうございます!今年もよろしくお願い致します

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