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話を聞いているに、どうやら女言葉の派手な男性のほうが何かの注文を女性から受けて、それを断っているという状況のようでした。具体的に何が欲しいのかは分かりませんが、なにかの職人さんなのでしょうか。


「アタシは王族相手は慣例だから無条件で仕事するけど、基本的には自分が見てインスピレーションを感じた時しか仕事しないの!まあアンタが一億ヴァル出せるって言うなら引き受けてあげてもいいけど?」


明らかにありえない額を提示するのが子どもみたいで私は笑いそうになりましたが、他人の言い合いを聞いて笑うのもアレなので真顔で耐えておきます。一億ヴァルって、私の故郷が軽く10回くらい買えちゃいますよ。


「そんなに持ってるわけないでしょ?!大体、芸術家のくせに金目当て?!王族相手に仕事が出来てるからって調子に乗ってると、評判が落ちて仕事がなくなるわよ!そもそも男のくせになんなの?気持ち悪い喋り方して!」


喋り方が気持ち悪いとか、もはや「ならなんで話しかけたの?」と思ってしまうような返し。というか、男の人の方はあんなに体が大きいわりに、女言葉が似合っているというか。不思議ではありましたが気持ち悪い、とは感じませんでした。


芸術家、ということは絵描きさんとかなのでしょうか?やりたくないことをやりたくないと言っただけで評判が落ちると脅すなんて、気持ちのいいやり方ではないように思えます。大体、そこまでして作ってもらっても、嫌々作られた芸術作品なんて欲しいと思いませんし。まあ、この女性はそれでも欲しいから意地張ってるんでしょうが。


「初対面の相手にそんな失礼な事言う女だから心が汚いのよ」


「なんですって?!本当に嫌味な男!信じられない、品位を疑うわ」


またまた女性がヒートアップしてきました。逆に、男性のほうはだんだん落ち着いた様子になってきているように見えます。私は先ほどカウンターで受け取ったパスタを何口か食べて、少し喉に詰まったので水で流し込みました。併設の宿屋のカウンターのおばさんは不愛想でしたが、レストランの店員さんは親切だし、料理も綺麗に盛り付けられていました。どこに行って何を食べても今のところ美味しいものばかりなので、それだけでもこの旅は私にとって有意義なものだと言えるでしょう。


「このトマトパスタ、トマトが黄色いですよ。ちょっと酸っぱいけど美味しいです。アートのそれはなんですか?」


だから、珍しい旅先の料理を楽しむのも忘れてはいけません。アートの言うところの娯楽、美味しいご飯は人生に幸せを運んで来てくれますからね。アートは少しメニューを見てから、メニューの名前を指さしながら言いました。魚の揚げ物と書いてあります。セットで何か白いスープのようなものがついていたようですが。


「何かの魚の揚げ物と、チーズのおかゆだな。」


「ああ、お粥ですか!おいしそう」


聞いただけで美味しそうです。私はチーズが好きなのだと、この旅をしていて思いました。今まで固くて変な味のするチーズしか食べたことがなかったので、気づかなかったのです。明日の朝食には同じものを注文しようかなあと私は思いました。


「私は猫舌だからなかなか食べ進められないんだが、結構うまいぞ」


「ねこ舌?」


また知らない単語です。舌、べろですよね、べろ。


「熱いものが苦手って意味だ。動物の猫の舌はザラザラしてるんだが、熱いものが苦手でそこから来ているらしい……たしか。」


「そうなんですか!へ〜。じゃあ私も猫舌かも。私の街は昔、猫が大量発生して問題になって、一匹残らず駆除しちゃったらしいんですよね。本の絵とかでしか見たことないです」


タカムは家畜以外に動物もいない寂しい街です。街の人たちは優しかったですし、いい街だとは思うのですが。本に出てくる動物には昔からよく憧れたものです。鹿とか、熊とか。熊は怖い動物らしいですが。あと、きりんとか。


当然両親が私に本なんか買ってくれるわけはないので、姉のための教本を読んで文字を勉強して、友達の家や本屋さんで読んだものばかりです。でもこれからは、欲しければ本を自分で買って集めることだってできるし、それを捨てられる心配もない。これからの人生は良いことばかりなのかもしれません。


「私の家の周りの街には結構いるぞ。猫。うちは犬派だから飼ってないんだが、かわいいんだよ」


「あはは、何ですか犬派って。でも、それは見に行かないとですね」


犬派だから、っていうことは猫派、もあるんでしょうか。狐も飼ってると言ってたのに、狐派ってのはないんですかね。犬と狐は並行して飼えるのに猫はダメって、なにか理由があるのでしょうか。猫が犬を食べちゃうとか、犬が猫を食べちゃうとか。


「まだ言うの?!わっかんない子ねー!!アタシは気ままな旅行中なの!しつこいってのよ!!」


そこらへんでふと、また言い合いの声がして私は振り向きます。喧嘩を観戦していたのを、完全に忘却していました。そういえば野次馬してたんでしたね。アートと話してると、楽しくて色々頭から抜け落ちてしまいます。


「まだ言い争ってますね」


「あれ知り合いなんだよな」


「えっ?!」


衝撃の発言です。なんで今まで黙ってたんだか。嫌な予感がする、と言っていたのは知り合いだったからなのかもしれません。もしかして苦手な相手なのでしょうか。あ、でも男の人の方と知り合いなのか女の人のほうと知り合いなのかもまだ分かりませんが。もしかしたら女の人の方かも。


「小さい頃から、母のドレスを作りに来ているのを見たことがあった。」


あ、じゃあ多分男の人のほうなんですね。作るってことは、芸術家の仕事ですから。王家だけでなく公爵家の人のドレスも作るとは。やっぱ一億ヴァルとかは冗談で、そこそこの家柄なら仕事を引き受けるのでしょうか。


「ドレス……服屋さんですか?」


「そんなようなものだ。アクセサリーなんかも作るらしいが」


王族御用達おうぞくごようたしのドレス職人、兼、アクセサリー職人、兼デザイナーさんですか。アートの家、公爵家にも出入りしてたってことは、いつもかなりの金持ち相手の仕事が多いのでしょうね。


そりゃ、そんな人ならファッションに敏感な若い女性はドレスを作ってもらいたがるのも仕方ないのかもしれません。私のような服装に無頓着な貧乏人には無縁の職業ですが。


「でも、そんな有名な人がなぜこんなところに?」


「多分旅行中だろう。彼は春ごろに王都を訪れて、あとは国中を旅して自分の創作意欲を刺激してくるようなモデルを探している。……らしい」


「へ〜」


「あら?アンタ、アーサーんとこの子どもじゃないの?!」


あーあ、知り合いだったらそりゃ、当然のごとくこうなりますよね。


男の人は女性を置き去りにしてこちらのテーブルの方へずかずかと歩いてきました。私は口に入っていたパスタをまたゴクッと飲みこみます。ここは様子を大人しく伺うことにしましょう。アートの表情にはこれといった変化はありませんでしたから、苦手、というかんじでもありませんし。


「久しぶりだな」


「やだー!相変わらず固くってつまんない男!」


あ、あれ?この人、公爵相手にやけに砕けた態度ですね。というかつまんない男って……なんだかアートも苦笑いしてますけど。


「アナタ、この子の彼女?アタシはセドリック=ルドルフ=マートランドよ。よろしくね」


「よろしくお願いします。セドリックさん、あの、あちらの女性はいいんですか?」


「いーのいーの!あそこまでしつこいのはなかなかいないけど、結構こういうことってあるし!いちいち相手してらんないわよ。あと、アタシのことはセディって呼べばいいわよ。」


「そ、そうですか。」


置き去りにされた女性がソースのついた食事用のナイフを握りしめるようにして、半ばヤケのようにがつがつ食事をし始めました。これでいいんでしょうかね、諦めたならそれでいいのかもしれませんが。


「私をファンを巻く口実に利用するな」


「そういうとこがつまんないってのよ!アーサーの息子とは思えないわねほんと!」


「公爵はあんな性格じゃやっていけないんだよ」


あれ、アーサーってお父さんじゃないんでしょうか?だって、「公爵はあんな性格じゃやっていけない」ってことは元、でも公爵様じゃなさそうですもんね。アーサーってお母さんのことなのでしょうか。


「あの、アート……アーサーって?」


「私の母のニックネームだ」


男の人の名前みたいですが、なるほど。ドレスも任せていたようですし、セドリックさんは、アートのお母さんと仲が良いんでしょうね。


「で、そんな公爵様がなんでこんなとこに居るのかすっごく興味あるわね。話すまで逃がさないわよ」


「え」


そうしてなんと、今度は私たちが捕まることとなってしまったのです。



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