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どれだけ待てば、この寒い寒い旅路は終わりを迎えるのだろうか。レオンは、毛布を頭から被って寒さを耐え忍んでいた。エリゾアには冬がほとんどない。寒い日があっても、そんな日は王族のレオンが外に出るようなことは無かった。レオンは自分がどれだけ外のことを知らなかったのか、旅を続けるごとに自覚していた。
レオン。馬になってた王子様。
レオン=ムルエル=エリゾア1世。正しくは、1世になる「予定」の王子だ。
レオンがロイスたちに「自分は王になってもならなくても構わないと思っている」と言ったのは嘘だ。レオンは自分が次の国王になるとの確信があったからこそ、そう名乗った。そして、1世と名乗ったことにアーチボルトだけは違和感を感じていた。その場では特に指摘しなかったが。1世、というのは王に即位した者の肩書きだからだ。
レオンは、自国に新しい時代を築くつもりなのだ。1世になろうとしているのだ。
レオンは時折、自分の母の言葉を思い出す。
「あの人は、お父様は決して悪い人ではないのよ。私はあの人を大切に思ってるわ、いつか分かってくれる。あなたも理解しなさい」
冗談じゃない。虫酸が走る。恋に溺れるのは勝手だが、それに自分を巻き込むなんて。こんな酷い扱いを、自分の立場を納得して受け入れろだなんて。母は結局若くして死ぬこととなったが、気の毒とは思えなかった。父に意見を唱えるのを妨げる母は、レオンにとって、父と同等に敵だった。国には自分の直属の部下以外に味方はいない。自分の国に、居場所なんてない。
レオンは兄なんかより何倍も努力して何倍も働いてきたと自分でも思っていたし、実際にすべきことをしっかりとこなして生きてきた。国に貢献してきたし、どんなに否定されても耐えてきた。どんなに耐えてきたか……レオンは、それでも国を変えたいと思い続けた。レオンは、生まれながらにして国を治める王としての意思を持っていたのだ。
それでもずっと王族貴族たちには、理解なんかされなかった。どんなに努力しようと報われることは一生ないし、兄は病気と嘘をついて一日中寝ていても咎められることはない。兄のアリアが病弱だなんて嘘だ、とレオンは知っていた。目が悪いのも、勉強や仕事をしたくないための言い訳だと知っていた。でもアリアだけが同情されて、レオンは評価されることも関心を寄せられることもない。
アリアはいつも、会うたびレオンの髪色に嫌味を言った。病弱ぶってるくせに態度と図体だけはデカくて気が強い。無能のくせに口だけ達者。毒を盛られて寝たきりになったのは本当のことらしいが、そんなことレオンには関係なかった。
憎い。憎い。憎い。
王も兄も、余計な貴族たちみんなを殺して、無理矢理にでも王座につきたいとも思った。皆が自分を見る目が嫌いだった。好奇の目、嫌悪の目、憐憫の目。レオンは、同情されるのも汚物扱いされるのも嫌いだった。王族としての誇りがそんな扱いを許せない。だが、周りはそうした目でしかレオンを見なかった。
そんな自分の周りの人間たちがみんなそうだったから、白い髪の毛なんか大嫌いだった。母の灰色の髪も、自分の赤毛も大嫌いだった。
そんな時、アリアが王に向いていない、と皆に言われ始めた。同時に他の貴族たちはレオン派とアリア派に分かれ、レオン派の支持がアリア派を上回るほどになった。はじめて自分が評価された。レオンは、今まで見向きもしなかった連中が自分を利用しようとしているのだと分かった上でも達成感を感じていた。
父の専属の呪術師に「王は本当はあなたの努力を見てきて評価している、手伝いがしたいから話をさせてくれ」と呼び出されたとき。嬉しくなって行ってしまったというのが、本当の流れだった。迂闊だった。また、急に大勢に評価されたことで浮ついていたのかもしれない。レオンには心のどこかで「父が自分を認めてくれるかもしれない」といった期待があったのだ。本人はそんな自覚は無かったが、両親を敵と思って生きてきたレオンにとって、父の関係者からの評価の言葉はなにより「効いた」。結果、騙されただけだったわけだが。
馬にされてこの国に来て、金色の髪の人間をたくさん見た。茶髪もたくさん見た。アズライト帝国には白い髪の人間なんていないし、灰色も、赤もいない。結果的に、それがある意味居心地良かった。自分の国のことを正直、考えていたくなかったのだ。現実逃避と言ってもいい。浮かれて馬鹿みたいに騙された自分が恥ずかしくて、自分のような間抜けな人間は王になどなるべきではないのではないかと。
この国に来て、一番レオンが興味をひかれたのは真っ黒なロイスの髪だ。エリゾアには黒髪の人間はいなかった。この国に来てからも見かけたのはロイスだけだった。珍しいだけで、探せば何十人かは居るのだが、人口的には本当に稀なのだ。
馬屋に並んでいた時、ロイスは真っ直ぐにレオンの方に歩いてきた。レオンは、こんなに真っ黒な髪は見たことがなかったのでかなり驚いた。ロイスに選ばれた時、本当にこれは「運命なのだ」と感じた。名前をレオンと付けられたときなんかは、もう本当に、間違いないと。自分はロイスと出会うためにこんな目に遭ってまで国を出ることになったのだと確信した。
「なあ、ロイスはあの男が好きなのか?俺のことを魅力的だと思わないのか?」
ルドガーはその場にいるが、アーチボルトだけ席を外した時にレオンはそう質問した。ロイスは暇つぶしにしていた編み物から目を離さないまま、呑気なかんじで返事を返す。
「あなたが私を好きと言ってくれるのならそれを否定する気はないですし、不快だとかでは決してないんですけどね。偶然ってのは運命とはまた別のことだと思うんです」
なんともそっけない、興味なさげな物言いにレオンは少しむっとする。正直、アーチボルトと比べたら自分のほうが良い男だとレオンは自分で思っていたからだ。まあ、ロイスはアーチボルトになにか言われた時もそんなに動揺しているわけではないので差はないのかもしれないが。
「お前は俺の名前を言い当てた上に、俺と同じように珍しい髪色で差別を受けて生きてきたんだろう?俺とお前は同じだ。共に生きるために出会ったに違いない」
「うーん、まあでも黒髪差別なんて私の家庭内だけですし、街の人たちは気にせず接してくれましたよ。そんなに過酷じゃないかも」
「俺だって王族は皆身内のようなものだ。民衆が自分の髪色をどう思っているかなど知らないし、問題は自分の家族にあたる者に虐げられることだろう」
「そうですかね……それに、仮に私とあなたが同じ境遇だったとして、共感が必ずしも恋愛感情につながるとは私は思わないんですよ。あなたと私が出会ったのは運命かもしれませんけど、友達になる運命なのかもしれませんよ。」
「……」
「あれっ怒らないでくださいよ」
ようやくロイスが編み物から視線を外してレオンを見た。レオンが黙ったので怒ったと思ったのだ。
「えっ?!なんで泣いてるんですか!!」
が、レオンは怒ったのではなく泣いていた。
「友達?」
「じゃ、じゃあ親友とか」
「……」
「こ、この世で一番の親友になれるかも!」
「一番?」
「そうですよ」
友人などレオンには居なかった。でも、同時にもしも。もしも、ロイスが男で、同じで会い方をしていたならばと思うと。レオンは、自分をただ受け入れてくれたことが嬉しかった。それも、もしかしたら友達になる「運命」なのかもしれないとロイスが認めてくれたことが。
「ロイス様、成人男性を泣かせないでくださいよ」
「私のせいですか?!」
ルドガーに言われてロイスが慌ててレオンにハンカチを差し出す。横に回って背中をさすり、めそめそと泣く情けない自分より年上の男をあやす。本当はレオンは、もっと早く、誰かにこうしてただ慰められたかっただけなのかもしれなかった。レオンは自分が思っている程強い人間ではなかったのだ。
「早く泣き止まないとアートが戻ってきて見られちゃうかもしれませんよ」
「!」
「こわっ!!一瞬で泣き止まないでくださいよ!!」
「そこの従者、お前の主人に余計なことを言うなよ」
「はあ……別にアーチボルト様はあなたが泣いていようと馬鹿にしないと思いますが」
「男の意地だ。大体ロイス、まだお前を完全にあきらめたわけじゃないからな」
「そうですか……」
なんとなく調子が狂うのに、不思議とちっとも居心地が悪くなくて。この前知り合ったばかりの赤の他人ばかりなのに、レオンは人生で一番自分がストレスを感じていないことに気が付いていた。ロイスは相変わらず表情をあまり変化させずにそのまま元の座っていた切り株に座りなおし、編み物を再開した。
ロイスの人生について、この旅をはじめた理由について。レオンは、たくさん聞きたいことがあった。今まで他人に興味を持ったことは無かったが、もしかしたらだからうまくいかなかったのかもしれない。気を張りすぎて、「不必要だけど大事な会話」を誰かとするのが足りていなかったのかも。
そして、それを自分はこの旅で獲得できるのかもしれない。
レオンは、そんな予感を感じていた。
今回も読んでくださってありがとうございました!




