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エインズワース公爵家の邸宅は、王都のすぐ近くの栄えた街、ベルラの近くに建っています。ベルラももちろんエインズワース家の直轄の領地で、それもまた有名な話でした。とは言っても私は以前、貴族の令嬢がほとんど呼ばれた王宮での舞踏会に行った時にはじめて知ったのですが。


姉はよく王都やほかの貴族の家のパーティに積極的に出向いていたので、それも知っていたようでした。そんなことも知らないのね、とも言われましたが、両親や馬番が、私の外出のために馬車を出してくれるわけもないんですよね。


家事もしっかりしていたのに使用人にまで嫌われているなんて、やっぱり私って、ものすごく嫌な人間なのかもしれません。


「逃げないんだな」


「捕まえようとされているわけではないのなら、逃げる必要はないと思います」


「それはそうだが……」


公爵様がなんとなく納得いかない、という顔をします。これは、私と公爵様の根比べなのです。公爵様が私への説得に飽きて立ち去るか、先に私が公爵様に恋をしてしまってついて行ってしまうのか。でも公爵様は忙しいでしょうから、結局のところ勝機は私にあるのでした。


それは置いておいて、この街の話をしましょう。私が住んでいた家は田舎の小さい街、タカムにありました。地図にも載ってない時があるような、ものすごい田舎街です。公爵様がわざわざ訪ねてくるようなところでもなければ、エインズワース公爵家からはかなり離れたところでした。


たった今到着した、タカムの隣町に当たる花の都アニスは、エインズワース家や王都からはさらに離れた場所にあります。だからこそ、公爵様はこんな離れた場所まで勢いのまま来てしまって良かったのかな?と私は不思議でした。


「公爵様、大丈夫ですか?こんな離れたところまでついてきてしまって……」


私は思ったままに質問してみました。すると公爵様はにっこりと笑って言います。


「大丈夫だ。家には一週間から3ヶ月ほど家を空けると置き手紙をしてきた」


「幅広すぎませんか?!」


7日から約90日、いつ帰ってくるかも分からないこの人につかえる使用人さんは、きっと大変に違いありません。なんという無鉄砲さ。公爵という地位にいながら、こんなに自由でいいものなんでしょうか。


「でもまあ、そのうち護衛が探しにやってくるかもしれないな。今のところ気にするな。」


「そうですか……」


気になりますが、気にしてないことにしておきます。公爵様の命令ですものね。


「……」


「どうした?」


「綺麗な街ですね、お花がいっぱい……家にも、お店にも」


私は街を二人でとぼとぼ歩きながら、あまりに街並みが綺麗なので見入ってしまいました。この風景を切り取って、ポケットしまいこんでおきたいくらいです。


煉瓦れんが造りの街並みに、窓はみんな色々な色の透明の板でできています。がらす窓、というものでしょうか。


私が少年にもらった櫛についていた石もがらす、と言っていましたし同じ素材なのかもしれません。田舎の私の家は貴族の家とは思えないような木造建築で、窓なんかは木の板で出来ていて、開けなきゃ外は全く見えませんでしたから実に新鮮に感じてしまいます。


建物は煉瓦と石と、瓦や土でできているようで可愛らしい色合いでした。なにより、同じ作りの建物がずらりと並んで立っている様子が綺麗で、夢のようです。


それらの建物の綺麗な窓には、中にも外にも綺麗な細工の花瓶がずらりと並んでいて、赤や黄色や、青や薄いピンク、白、様々な種類の花がこれでもかと飾ってありました。街に花が溢れていて、空にもたまに花びらが散っているみたいでした。


もちろんお花を売っているお店もありました。私の住んでいた街で果物や野菜を売っていたみたいに、沢山の花が箱に積み上げられて並んでいます。


その様子が、何もない日なのに、お祭りのようで心奪われてしまいました。


「そうだな、綺麗だ。アニスは、花の都とか花の街と呼ばれているからな。ここの領主のメイスフィールド公爵家とエインズワース家は昔から親交が深くて、10代前以上からの友好関係なんだそうだ。私も今のメイスフィールド公爵の息子と仲がいいよ。離れているから、会うことは少ないんだが。学校が同じだったんだ」


学校、なんだか羨ましい響きです。姉は行っていたけれど、私は行かせてもらえませんでしたから。勉強なんて楽しくないから代わりにやれと言われて問題集だのはやらされましたが、学校に行けば友達もたくさんできたかもしれないし、楽しかったかもしれません。


「ここは花が名産なんですよね。布や鍛治や、食料品も普通の街のようにはあるようですが、お花の貿易で街がほとんど成り立ってしまうなんて、すごいことだと思います。」


「そうだな。花は食べられるわけでもないし、まあ薬草なんかはあるが……いずれ枯れるし、何かに使えるわけでもない。それなのに花だけで成り立つのは、人間が娯楽を大切にしているからだな。」


「娯楽ですか?」


「そうだ。人間は、生活に必要なものだけを必要な分だけ使って、なんの楽しみもなくただ生きているだけではいけない。ロイス、君もだ」


なんだか、そんなことを言われると心に刺さってしまいます。公爵様が私自身ロイスもだと言ってきたのが更に、見透かされてるみたいでどうしようもない気持ちになってしまいました。私は今まで楽しみもなく、ただ生きているだけという言葉に当てはまっているように思えたからです。


「ただ生きているだけ……楽しみって、例えばどんなことですか?」


「そうだな……祭りに大量の花を撒いたりするだろう?趣味でボール遊びをする者もいるし、古書を集めることを生きがいとするものもいる。それらは、どうしてもそうしなければ生きていられない、というものではないだろう?」


「そうですね……」


「人から見て不必要でも本人にとって心動かされる何かが、自分の心が欲するものが、人には必要だ。直接の利益やら金になることでなくても、好きだと思ってそれに力を注ぐことは、人間の一番大切なところだと私は思う」


この人はやっぱり、素敵ないい人に違いありません。公爵様なのに傲慢でもないし、街のことだって詳しく知っていて、私なんかにも分かりやすいように、ゆっくり丁寧に喋ってくれました。こんな人からの求婚を私なんかが断っていることが、申し訳なくなってきてしまいます。それでもやはり、旅をして地味に暮らしたいという私の気持ちは揺らがないのですが。


「……その考え方は、なんだか素敵ですね」


私が思ったままに言うと、公爵様は少し照れたように目をそらしました。


「そうか?ああ、それとこの街の名前。昔は違う名前だったんだそうだが、最もこの街を栄させた代のメイスフィールド公爵、ロイズ=メイスフィールドの愛した妻の名前のアニタ、から来ているのだそうだ。恋人の名前から街の名前をつけてしまうなんて、変わっているけどな」


ここで照れ隠しに豆知識を挟んできました。でも、街の名前にも、当然由来はあるんですよね。いろんな街がありますが考えたこともありませんでした。やはり公爵家の方ともなれば博識です、素直に感心してしまいますね。


「奥さんの名前だなんて、人の嗜好品しこうひんを売って成り立つ、綺麗なこの街にあっている気がします。公爵様はこの街にお詳しいんですね」


「ああ、いや……この話は、ロイズという名前がお前に似ていたから偶然覚えていたんだ。恥ずかしいけど」


そう言って微笑んだ公爵様を見て、全然恥ずかしそうじゃないし確信犯ですね、と言いそうになったけれど言わないでおきます。


馬車が止まる前に私が聞いた、なぜ私に求婚したのか?という質問はあのままうやむやになってしまいましたが、一度言って答えが返ってこなかったことを何度も聞くのは何となくはばかられました。


だって、なんだか私が彼に私を好きだと言わせたいみたいじゃないですか。実際は、なぜ私を好きになったのか?くらいの意味なのですが。公爵様の考えは想像もつきません。


二人で並んでそんな風に話しながら綺麗な街の中をゆっくりと歩くのはなんとなく、くすぐったいような気持ちでした。でも、嫌ではないような。


今日の宿、この人はどうするんだろう?なんて私は呑気に考えるのでした。




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