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また何時間かの荷馬車での移動をして、あたりはだんだんと薄暗くなっていきます。弱くはなりましたが、雪は相変わらず降りつづけていました。だから昼間なのに元々少し暗かったのです。それがより暗くなっていました。まだ時刻は5時くらいなのですが、もうすぐ夜なんじゃないかな?と思うほどです。


相変わらずルドガーさんには一人で馬車を動かしていただいて、なんだか申し訳ないというか。ルドガーさんは頭にうっすら雪が積もっているというのにちっとも動じていません。きっと荷馬車の上にも雪が積もってしまっていることでしょう。フードでも被れば良いのに、と言ったのですがフードを被ると聴覚が鈍るから出来る限り被らないのだとか。一体何をそんなに警戒してるんでしょうね、何と戦ってるんです?


寒くないのでしょうか、と聞いてみるとアート(いわ)く、極寒の地への遠征もあったからこの程度のことで軍人の体にはこたえないとのことで。でも、寒いもんは寒いと思うんですよね。寒いですもん。


ということで私は寒いので、狭い荷馬車の中で毛布にくるまって、手を頬にくっつけたりして寒さを誤魔化していました。買い出しで結構色々買ってしまったため、荷物が荷馬車内を圧迫しているんですよね。主に水とか食料とか、毛布とか。だから全員、膝を抱えるか木箱に座るかして、馬車内に陣取る範囲を最小限にしていました。あんまり近くても気まずいですからね。寒いからって身を寄せ合うような仲でもありませんし。


アニスでの買い出しで得たものは特に毛布が多くて、アートが女性は「冷えやすいらしいから」とか言って押し付けてきたのです。でも、男女で冷えやすいとかに差があるっていうのは聞いたことがありませんでした。私が知らないだけで、ひょっとして一般的な事なのでしょうか?あまり考えたことはなかったのですが、確かにアートやルドガーさんは寒がっている様子がありませんでしたし。


レオンさんは私のように寒がっていたので女の子なのかもしれません。……というのは冗談で、南国の方だからなんでしょうね。


少し雪の積もった、のどかな畑ばかりの風景がしばらく続いていました。が、ものすごく遠くに小さく街のようなものが見えてきました。暗めの視界の中に、街明かりが飛び込んできます。あんなに明るい街ってあまり見たことがありませんでした。タカムなんか夜は真っ暗、アニスでは、タカムよりは明るくとも街灯が点々とあるくらいしか明かりはありません。照明器具が発展してる街、とかなのでしょうか。


「ここはもうハインという街の領地内なんですよね?どんな街なんでしょうか」


「ハインは光の街と呼ばれ、観光地として有名だ。そのほか、金属細工の装飾品で有名だな。金属を加工して作った蝋燭立ての中に蝋燭を入れて火をつけ、街中に飾られている。だから光の街とか呼ばれてるんだが……結婚指輪なんか、()ったものを選ぶならここで買うといいかもな」


あーあ、チラチラこっち見てきますけど、そわそわしないでくださいよ。なんかどさくさに紛れて結婚に話を持っていこうとしてますけど、駄目ですよ。というか結婚するにしても気が早すぎます。婚約してたのに気が早いもなにもないかもしれませんけど。


「結婚指輪とはなんだ?結婚と関係のある指輪なのか?」


レオンさんがなんだかきょとんとした顔で聞きました。アートの言葉にある含みなんか気づいてないみたいですね、まあ、日常会話ではありますから。


「レオンさんの国では結婚指輪がないんですか?結婚したら、夫婦が同じ指輪を右手の中指につけるんですよ」


「ああ、なるほどな。アクセサリーを婚姻の証に使っているのか」


レオンさんだって王族なんですから、結婚ともなればやっぱり証書とかもいるでしょうし、儀式的なものとか装飾品もありそうなものだと思うのですが。納得してらっしゃるみたいなので似たようなものはあるのかもしれません。


「私の国では結婚をしたら左腕に、夫婦で同じ模様の黒い刺青(いれずみ)をするんだ。指輪やなんかだと、盗まれたり無くしたりしそうじゃないか?」


えー、刺青ってあのゴロツキとかがよく入れてるあれですよね?確か聞くところによると、皮膚に直接針とか刺して色付けるんでしょう?痛そうじゃないですか!結婚したからってなんでそんな痛い目に遭わなきゃいけないのか……と、思うのはやはり文化の違いなんでしょうね。たしかに無くすかもってのは確かですし。


「エインズワース家では左手の薬指だがな。まあ、刺青は痛そうだしよくない」


「えーっ結婚指輪なのにですか?」


「ロイスはどうして結婚指輪が右手の中指にはめるものだと思うんだ?」


「そりゃ、みんなそうしてるからですよ。結婚指輪は右手の中指、決まり事で理由なんか必要ありません」


生まれた時からそういう習わしでしたし、知り合いの夫婦たちはみんなそうでした。両親も二人とも右手の中指に結婚指輪をはめています。そう決まっている縁起物なんですから、どうしてもなにもないと思うのですが。


「必要あるぞ。縁起物や決まり事、昔からの風習には必ずなんらかの意味や由来、理由がある。そうでなければその行動は、みんなしているから、というだけの全くの無意味のものとなってしまうからだ。」


あれ、またなんか話してくれるんでしょうか。寒いし暇なので真面目に傾聴することに致しましょう。


「ではあなたの家でしている左手の薬指に結婚指輪をはめる風習はどういった理由からなんですか?」


「昔の……何万年も昔の人類は、左手の薬指の血管が心臓に繋がっていると信じていた。人体について理解の浅かったほどの時代だ。解剖学的にもそうだと思われていたんだ。そして同時に、人間の心は心臓にあるのだと考えられていた。愛とは心だ。だから、愛につながる心臓の指、左手の薬指が結婚指輪をはめる場所とされていた」


「実際に薬指は心臓に繋がってるんですか?」


「繋がってないさ」


「ええ!!じゃあ理由にならないじゃないですか?!」


迷信を信じてそのまま風習になってしまうなんて、なんだか動機というにはいい加減な感じがしてしまいます。実際にそうではないと分かった時点で馬鹿馬鹿しくなって取りやめそうなものじゃないですか?


「いいや。ところがそれは理由になる」


「どうしてだ?薬指が別に特別でないのなら、中指だろうが小指だろうが親指だろうがどこだって良いじゃないか」


そうですよ、レオンさんの言う通りです。だったら普通にこの国の風習の、右手中指でも同じ話じゃないですか。


「昔の人たちは、左手の薬指を心の証として決めていたわけだ。はじめは心臓に繋がっているから、という理由だったがそれは時代によって変化していく。それはな、つまりは習慣だ。人々が信じきっていたことが、理由を置き去りにして習慣としてのみ残っている」


「残ってないから右手の中指が一般的になったんじゃないのか?」


「私の家には残ってる。私はな、そういうのロマンチックだと思うんだがロイス。」


「どのへんがロマンチックなんですか?」


「心臓と薬指を信じていた人々は心の証として、結婚指輪を薬指にはめることで本気で相手を愛する覚悟をしたんだ。理由に覚悟があったことが、ロマンチックだと思う。彼らの覚悟を知った上で私が君の左手の薬指に指輪をはめるということは、一生君を大事に愛することを誓う覚悟なんだよ」


「なにを結婚できる前提で話してるんだこの理屈馬鹿フワフワ頭」


流れるように悪態をつくレオンさんですが、アートは動じません。うーん、この人のこの、恥ずかしいかんじのことを照れずに言えるところはすごいと思うんですよね。


「……でもたしかに、みんながそうしてるからって理由よりはそのほうがロマンチックなのかもしれませんね」


正直理解しきれない部分もありましたが、なんとなくアートの言いたいことはわかる気がしました。つまり、アートは「その行動に至るまでの道のりが大切である」というようなことを言っているのでしょう。なんだか、今までの人生を適当に過ごしてきた私には結構こたえます。


「この国ではなんで中指になったんでしょうね?一応理由があるんでしょうか」


「この国の一番はじめの国王が、敵との争いで左腕を失った。その後国王が女王と結婚した時に作らせた指輪が、薬指では大きく親指には小さいサイズで。仕方なく中指にはめると、二人ともちょうどよかったというのが由来だな」


「えー?!なんですかそのダサい理由!事前にはめて確かめろっていうか、作り直せば良かったじゃないですか!」


それが本当だとすると、みんな左腕の薬指に結婚指輪はめ直したほうが良いですよ!と思ってしまいます。そんな理由で習慣化した風習よりはアートの家の薬指の由来のほうが確かにロマンチックですよね。


「左腕を失った国王は戦争に負けたんだ。その時の国にはちっとも金もなく、贅沢はほぼできない。国王は敵に左腕を落とされたことで、周囲の召使いたちにも舐められていた。」


「今もこんな大きな帝国なのに?」


「それはだな、4代目の国王がものすごい有能で、国を1代にして建て直し、復活させたからだ。出来た当時のアズライト帝国はかなり荒れていたらしいし、そもそももっと多くの国が領地を奪い合っていたらしいしな。4代目がこの島国の中を天下統一したというわけだ」


「じゃあ、色んな国が1つになったんですか?元々は陸続きの別の国がたくさんあったのを、全部アズライト帝国としてまとめたと?」


アズライト帝国は、隣接するネフライト王国を除けばほぼ島国です。1つの島がその2つの国に、地図で言うと上と下に分かれています。下がアズライト帝国で、色々な街がありますが全てアズライト帝国下の領地内。街が元は国だったのかも、とか考えるとなんだか楽しいです。だから言葉になまりがあったり習慣が違ったりするんでしょうか。


「なんか、すごいかんじがするだろう?」


「すごいですね!」


知りませんけどすごい感じがするので同意しておきます。なんかアート、急に子供みたいな顔で楽しげな顔するのは、可愛いのでやめてくれませんかね?


「……この国の敷地はどのくらいなんだ?」


レオンさんは会話を眉間にしわ寄せて真剣に聞いていましたが、ようやくそう口を開きました。って、なんですかその質問は。


「お前の国の敷地、約14個分だ」


「……」


レオンさんの国ちっさ!……いのか、アズライト帝国が大きいのか?微妙なところですが、レオンさんがなんだか落ち込んでしまった様子なので背中をポンポン叩いておきます。


「ロイス、お前は俺のことをなんだか子供扱いしてないか?」


「馬扱いですよ」


「怒るぞ」


「怒りませんよ」


そう返すと、レオンさんがぷうーっと頰を膨らませてそっぽを向きます。いや、子どもか!と突っ込みたいところですが、神経を逆撫でしてしまいそうなのでやめておきましょう。


「みなさん、あと40分くらいで着きそうですよ。今後の予定立てておいてくださいね」


そんな時、馬を走らせていたルドガーさんがそう言って操縦席の方から顔を出しました。アートは地図と手帳を取り出します。


「雪が強くなる恐れがあるから、少し早めの夕食をとるとともにこの街でも、もう少し防寒具を買おうと思う。」


またですか?!と毛布の山を横目に呆れそうになりましたが、アートのことですから何か理由があるのでしょう。多分きっと。


「女性は冷え性だと聞くからな」


……多分。







結婚指輪問答回でした。次回から新しい街、新しい出会い、新しい仲間が増えるかも、増えないかも?!


多忙期ちょっと抜けたのでじわじわまた更新していけると思います!ブクマ、感想、誤字報告等ありがたいです!本当にありがとうございます!

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