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レオンさんの体についた殻の撤去が終わったらしく、部屋の中からはシャワーのような音が聞こえてきました。各部屋にはシャワールームがついているので、そこで残った殻を洗い流しているのでしょう。それとともに、ガタガタバタバタと争う音が聞こえてきます。


「暴れるな馬!!」


「馬じゃない!!お前洗い方が雑なんだよ!ロイスにやってもらうから立ち去れ!!」


「ロイスにやらせるわけないだろうが!!背中にまだ殻がついてるんだよ!この私に手ずから洗ってもらえることをありがたく思え!!そして大人になれガキ!!」


「誰がガキだ!!王子だぞ俺は!お前の方がガキだろ!!いてえ!優しくしろ!」


「お前が暴れるからだろうが!!」


部屋の外に居てもはっきり聞こえてくるこの怒鳴り声。あーあ、また言い争いですか。でも、レオンさんのものらしき声がやけに普通の男の人になったような。馬の状態の時はやけにダンディな声色でしたからね。今聞こえてくる声はアートより少し高いくらいです。


またしばらく待っていると、ようやく騒ぎ声がおさまりました。次に足音が近づいてドアが開くと、そこには、目が覚めるような赤髪の美青年が立っていました。本当に、リンゴみたいに真っ赤です。綺麗で人間じゃないみたい、というか。赤毛って言うより本当に真っ赤なんですよね。


「ふう……さてロイス。どうだ?」


レオンさん、人間バージョンの背後には服がびしゃびしゃになって不機嫌そうなアートと、苦笑いのルドガーさんが立っています。どうやら暴れるレオンさんを洗っていて水びだしになったようですね。レオンさん本人は髪は濡れていても服もきっちり着ているし、余裕の笑顔です。自慢げですが、顔に自信がおありなんでしょうか?


服はどうやら誰かから借りたようですが、服も持ち物もナシで馬にされたということは今のレオンさんは無一文の人間。どうするんでしょうね、まったく。気の毒な話です。そしてそんな状況でもちっとも危機感を感じていなさそうな精神の強さがうらやましいというか。


「はあ。かっこいいですねレオンさん」


「本当に思ってるか?!無表情だが?!」


「馬の時のほうが好みの顔だったので……」


「どういう意味だそれは?!」


そのままの意味です。馬の時は好みのタイプでしたけど、人間としては綺麗な顔だけどタイプじゃないなってかんじでした。失礼ですね、すみませんレオンさん……濃ゆい美形って言うか、造形としてはスッキリしたかんじのアートのほうが好みです、ええ。南国の、というか異国の方ですからまた人種が違って顔も違うのは当然のことなのでしょう。


「美女と野獣で言うと、野獣と恋に落ちるも呪いが解けて王子に戻った時の顔がタイプじゃなかったみたいな話だな。ロイスは恋に落ちてないが」


「アートの例えはいつもよく分かりませんね」


それに恐ろしいことに同行者がこれで男三人になってしまいました。なんてむさくるしい。馬なら男としてカウントされませんが、求婚してきている人間の男が増えるのは冗談じゃないというか。まあ、王子様のお嫁さんなんてアートのお嫁さん以上にありえないわってかんじですし、迷う要素すらないんですけど。それにレオンさんの冗談だったかもしれませんしね。


「服はどうしたんですか?」


「風呂場の横の棚の引き出しに好きに使えと書き置きがしてあって、何着か入っていた」


「なるほど。どうりでなんだか変わった服なわけですね」


この国の服っぽくはありませんでした。でもレオンさんの髪と同じ赤い服です。先生はもしかして元のレオンさんの見た目が分かっていたりしたんでしょうか?それともたまたま選んだのでしょうか。うーん、ちょっと気になります。


「なんとなくチャイナ服っぽいな。髪も赤いしコスプレみたいだ」


「こすぷれ?よくわからんが、褒め言葉として受け取っておこう」


よくわからないなら褒め言葉として受け取らないでください。実際のところどういう意味なんですか?アートはこれといって反論も否定もせずにっこりと微笑んでいます。でも、ずぶぬれで機嫌は悪いんでしょうから、褒め言葉ではないと推測しておきましょう。


「ではロイス。これから一緒に俺の国に戻って結婚式を挙げよう」


「なんだと貴様!!」


「結婚式は当然のように挙げないのですが、それはさておき少し私側に用事ができてしまいまして。レオンさんを港まで送ってあげることができなさそうなんです。つきましては私のなけなしの所持金を4分の1ほど旅費としてお渡ししますので、ご自分で国まで戻っていただけますか?」


冷たいようですが、ここでお別れしようと思います。本来なら王子であるレオンさんには、レオンさんにかかった食費や旅費の諸々(もろもろ)を請求した挙句に代わりの馬も要求するつもりだったのですが、この状況ではしかたありません。不運な人に追い打ちをかけるようなことはしたくありませんからね。


「なんでだ?!どんな用事だ?!」


「それがですね……」


当然の疑問ですよね、言葉が分かるとはいえ知らない国で方角もよく分からないまま一人で旅をするのは不安で仕方ないに違いありません。ですが王子様であるレオンさんの帰国は一刻を争うでしょうし、私の方だって一か月たてばお友達や街の人たちを忘れてしまうのですから急がなくてはなりません。すでに家出をしてから二週間近くが経過しているのです。


事情を話せばわかってもらえるだろうと思ってレオンさんに私の呪いについての説明をしたところ、顔色が変わって急に私の手を両手で握ってきました。私が驚いて固まっていると、レオンさんは大まじめな顔でこう言い出しました。


「そんな重い呪いを抱えて今まで生きてきたんだなロイス、でもそんな呪いを解かなくても俺と一緒にずっと王宮で暮らせば悩む必要などないぞ。俺はお前から一か月も離れたりしない。」


「いや、抱えてないです。今まで呪われてることにすら気づいてなかったって言ったじゃないですか」


あーあ、アートみたいなこと言い出しましたよ。でもなんか、こういうこと言い出すんじゃないかとちょっとは察してましたし、驚きはしませんよ、ええ。あなたたち意外と似た者同士なのでは?


「そんなこと言わないで帰ってくださいよ、私そんなにお金ないですし、期間もどれくらいかかるかわかりませんし……」


ここは再び迷惑顔を(もち)いて帰りたくなるように誘導してみましょう。アートだって今はレオンさんを追い返したいという意思の上で私の味方のはずです。身分的には一番下でも、私の意見は今この場の主導権を握っているのでした。


「あ、金銭面の心配をする必要はない。ロイスにそんな男のための金を払わせる気はないからな。大金を所持している私が払おう」


え?!なんでそうなるんですか!!アートは馬鹿なのかもしれません。私が不平不満を唱えようとアートの顔を見ると、アートはこちらに気づいてにっこりと笑いました。


「いいんだ、気にしなくて。やつのことは嫌いだが君は心配なんだろう?私に任せておけ」


な、なんか勘違いしてませんかこの人?!親切心のつもりかもしれませんけど、かなーりズレてます。私はアートにそれは違うんじゃないか?と言いたかったのですが、とっさのことだったためぱくぱくと口を開けるばかりで否定する言葉が出てきませんでした。だって、確かにレオンさんは不運で気の毒な人ですし。全く心配でないと言えば嘘になるからです。


「そうだぞロイス、金はこの男が払うから心配するな」


レオンさんに言われて私はじとっとした目を向けます。あなたの言うことではないんですよ、あなたはアートにお礼を言わなくては。王族だから素で他人に貢がせるのかもしれませんが。


「お前が威張るな!働けヒモ野郎!!」


ほらアートが怒っちゃったじゃないですか。ひも野郎の意味は分かりませんが。


「なんだと!!なんでも金で気を引こうとしやがってこの成金!金持ちがそんなに偉いか!」


「王族が言うな!!大体我が家は何百年も前から続く由緒正しき公爵家だ!!成金の意味を辞書で調べてこいマヌケが!!」


「じしょだと?!意味の分からんことを言うな!!」


「うるさーーーい!!黙れ!!!」


「ロイス様落ち着いて!!」


これから度々(たびたび)こういった小競(こぜ)り合いが起こると思うとなんだか気が滅入ってきます。


その日のレオンさんの食事量は目を見張るものでした。ものすごい勢いで口の中に料理をかきこんでいく様子は、まるで飢えた獣のようです。でも一か月も干し草ばかり食べていた上にそれが呪いを解く段階で外に出て行ったわけですから仕方ないですよね。やせ細っていないのが不思議なくらいです。……と考えると、もしかして馬になる前のレオンさんってものすごく太っていたのかも?


「一週間滞在の予定だったが、あいつも元気そうだし早めに出るか?」


隣の部屋なのでアートと一緒に廊下を戻っている時、アートが言いました。


「いえ、まあ治ったばかりですし一日経過を見ましょう。レオンさんも元気そうではありますけど疲れてるでしょうし」


「優しいなロイス、好きだ。世界一愛してるから結婚してくれ」


「呪いが解けた後ですよ」


「どういう意味だ?!」


うーん、この頃はなんだかアートがかわいくて、迂闊に本音が漏れてしまいそうです。




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