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レオンさんの手を握ってからずっとずっと時間が経って、私はふとお腹がすいたなあと思いました。でも、きっと間違いなくレオンさんのほうがお腹がすいているに違いないので、レオンさんが食べれるようになってから一緒に食べようと、私はそう思ったのです。


レオンさんはといえば時間が経つごとにどんどんと体を黒い殻に包まれてしまって、顔どころか手足も、私の左手もついでに見えなくなってしまいました。


その頃にはもう、もがくこともできないようになっていて、完全に石像みたいになってしまいました。グロテスクではなくなりましたけど、生物感がゼロです。


そんな様子の午前7時半、ドアがノックされて部屋にアートと先生が入ってきました。


「あ、お帰りになっていたんですね。お疲れ様です先生」


私が慌てて頭を下げて挨拶すると、先生はなんだか呆れたような顔をしました。


「いや、何やってるんだ?もうそいつには意識がない、放っておけばいいだろう」


「手を握っててほしいと頼まれましたし、私はここに居ると言ったので」


「ふむ……まあ約束したなら仕方あるまいな」


案外すぐ納得してくれるものですね。さすが何万年も生きているだけあって物分かりがいいというか。ところで昨日からアートに会っていなかったのでアートにも挨拶することにしました。


「アート、おはようございます」


「疲れてないかロイス?……って、そ、その腕!!飲み込まれてるじゃないか!いくら握っててくれと言われたからって!」


昨日は寝てしまいましたが、起きた時に私の上にアートの青い上着がかけてあったので、この部屋に来てはいたようなのです。毛布とかではなくて上着をかけてくるあたりに「俺昨日来たぜ」的なアピールを感じて微笑ましくなってしまいますね。


「うーん……でも、ここで手を離すともうどこが手なのか分からなくなってしまいますし、そもそもこれ、もう固まってびくともしないんですよね。仕方ないからレオンさんが治るまでここにいますよ」


「そんな馬鹿な!食事は?!風呂は?!」


「レオンさんもなにも出来ないんですし、私は苦しいわけじゃないですから平気ですよ」


私が言うと、アートは何か言いたいけど言い返す言葉が浮かばない、って顔で見つめてきました。いいんですよ、私のことはお気になさらなくても。


「頑固者だな。仕方ない、時短の技術を見せてやろう」


「え?!早くできるんですか?」


そうですよ、アートの言う通りです。出来るなら早く言ってくださいよ。……って、助けてもらってる側が言うのも失礼ですけど。レオンさんだってさっさと苦しみから解き放たれたいと思っているに違いありません。私の黒い泥に飲み込まれて固まってしまった腕もどうなってるか分かったもんじゃありませんし。まあ最悪の場合、左手なので良いんですが。私は右利きなのです。


「ここにドライヤーとハンマーがある。ドライヤーで乾かして表面がカチカチになったらハンマーで叩きまくって割れ。一日乾かしたほうが剥がしやすいと思ったんだが、乾けば同じことだしな」


「どらいやーですか?」


私が聞くと、先生はどこから取り出したのか、変な形の何かの機械をゴトッと部屋の端の机に置きました。それからハンマーもです。


「私がやると本体の人間もろとも破壊してしまうのでお前たちでやれ。手本として少しだけやると……」


先生は変な機械とハンマーを持って私の横に座ると、カチッと機械のスイッチを入れました。するとなんと、その機械からすごい勢いの温風が流れてきたのです。先生は温風を数分間無言で私の手元に当ててから、ハンマーを取り出して突如として泥の塊を殴りました。塊はガコッという小気味のいい音をたてて砕け散り、私の左手が自由になったのと、レオンさんのものらしき「人間の手」が出現したのです。


「うわっ!」


白い手です。南国の王子様だから勝手に褐色の肌とかを想像していたのですが、めちゃくちゃに真っ白な肌をしていました。黒い殻の破片が付着しているので、白と黒の対比になっていて余計にそう見えます。


「ロイス大丈夫か?!」


「大丈夫だ。取れたな、あとで手を洗えば残りも取れるだろう。では若者たちよ、発掘作業に従事すると良い。私はまた出かけるから今日はカップ麺でも食べてくれ」


「かっぷめん?」


「わかりました。ありがとうございます」


よくわかりませんが分かりました。というわけで、ここから私とアートは黙々と、どらいやーでレオンさんの表面を乾かして叩き割るという作業をすることになったのです。殻は思ったよりも分厚く、何度も何度も割らないと地肌が一向に見えてきませんでした。さっき先生が一回で手を取り出せたのは、先生の言っていた通りレオンさん本体を破壊しかねないくらいに力が強いからだったのかもしれません。


「この機械、風呂あがりとかに髪を乾かすのとかにも使えるかもしれませんね」


「いや、そもそもそのために作られたものだと思うが……」


例によってアートはこの機械についてもご存じのようで驚いた様子はありませんでした。うーん、あるいは王都とかでは普及している一般家庭のものなんでしょうか?だとしたら田舎者を露呈してしまったみたいでなんとなく恥ずかしいような。


「そうなんですか?でも、アートまで手伝わせてすみません。レオンさんと仲悪そうなのに」


「別にいい、君の購入した馬だし」


「あっ!また馬呼ばわりしてる」


「……でも、一晩中手を繋いでいてやるなんて、君はこいつのことが好きなのか?」


作業が単調で暇だからって、急に拗ねたようなことを言い出したアートに私は少し迷惑顔を向けます。言葉と共に表情で迷惑であるということを主張していく所存です。なんでも恋愛に繋げるのは良くないですよ。


「なんでそうなるんですか。会ってから一週間も経ってない上に馬だったんですよ?好きとか嫌いとかいう次元の話じゃないでしょう」


「じゃあ私が同じように手を繋いでくれと言っていたら一晩中傍で手を繋いでいてくれるのか?」


「まあ状況によりますけど、ここまで酷い状態だったら一も二もなくお引き受けしますよ」


「ほ、本当か。ハハ、そ、そうか……」


「そうですよ」


喜ぶポイントなんですかそこは?うーん、なんだかアートの喜びポイントはいまいち分かりません。だって今の私の答えだと、レオンさんもアートも同じくらいの扱いじゃないですか。アートのほうが付き合い長いのに。……といっても数日ですが。


「ここら辺が頭っぽいな」


「そうですね」


アートがコツコツと、大きく丸みがかったところを叩いて言いました。こっちに手があったんですし、そっちは頭でしょうね、という位置です。


「頭は慎重に行った方がいいですよね、打ちどころが悪いと死にますし」


「そうだな。頭残して他を全部取り除いてから、頭は掴んで引きはがしたほうが頭に衝撃がなくていいかもな。……ところで気づいたかロイス?」


「……この人服着てませんね」


「問題だな」


「問題ですね」


馬になる呪いをかけられた時に流されたんでしょうか?あるいは服の布面積が異常に少ない民族の島なのかもしれません。でも全裸という可能性もありますからね。問題でした。


「ルドガーを呼んできてくれるかロイス?」


「はい」


レオンさん、ずっと傍にいると言ったのに本当にすみません。ですが私、嫁入り前ですので。男性の全裸を見るのは問題があると思うんですよね。悪気はないですし、やむを得ないことなので許していただきたいところです。


そんなわけで、私は部屋を出てルドガーさんを呼びに行き、事情を説明して交代してもらうことになったのでした。図らずも部屋を出ることになった私は、平然とシャワーを浴びて食事をとりました。というより部屋に戻ったら先生の助手さんの一人が用意してくださっていたのですが。食べたことのない味でしたが、なかなか美味しかったですよ。


……すみませんレオンさん、痛みに寄り添いたいとは思ったんですけど、やっぱり相手が苦しんでるからって自分も苦しむのは無意味ですよね。私は健康でいようと思います。


レオンさんが全裸だったからというくだらない理由で、私は自己犠牲の精神を忘れてのひらを返してしまったのでした。でもこう、アートとルドガーさんに助けられることによってレオンさんがアートに恩を感じて、今後は仲良くしてくれるかもしれませんよね。そうなれば結果オーライですよね。なりそうにないですけど。


そうして午前9時、軽い食事を済ませた私はレオンさんの部屋のドアの前に座り、二人分のどらいやーの音を聞いているのでした。






誤字報告や感想ありがとうございます!!誤字報告ものすごく助かります!感想死ぬほど嬉しいです!なんちゃってラブコメドタバタ謎ファンタジーをこれからもよろしくお願いします!

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