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話を聞けば聞くだけ、私の頭にはこの人が誰なのか?という疑問の解答が浮かびあがってきました。アートは狐を飼っていると言っていました。先生は〝その人の名前〟を頻繁に出していましたし、狐の話についても〝どうして知っているのか?〟という部分を考えれば、案外簡単に推測は成り立ちました。ヒントはたくさんあったわけです。アートに出会ってから今までに得たヒントは。


そう、そもそもこの人は男の子ではなかったのです。アートにそっくりだし、背が高くて髪が短いからそう思ってしまっただけで。


だから、〝彼女〟が名乗る前に私は質問をしました。


「あなたは11代目エインズワース公爵の、アシュレイ様ですか?」


……と。


私の言葉に彼女はじわじわと口角を上げ、にいーっと笑う両掌を合わせてパン!と叩きました。


「正解!」


私がびっくりして一瞬目を閉じたところ、次に目を開けると目の前の机にどこからか、クッキーが山盛りの大きな皿が出現していました。突如としてです。アシュレイ様が無言で食えと言うように手で示してきたので、私は会釈(えしゃく)して無言でクッキーを一枚拝借します。お菓子を食べさせたがるところはさすが先生のお友達というかんじです。


「いいですよねえ、公爵って肩書きはなんとなくカッコいいし。もう一回くらいやってみたいんですけど、私もう死んだことになってますからね。うちにくれば私の部屋だった一室に私の顔面のでっかい肖像画があるから一発で分かると思いますよ。使用人が描いてくれた超大作、10メートル×10メートル!画家でもないのにすごい器用で。いやあ、もう私ったら各方面にしたわれすぎて困っちゃいますよね。知り合いみんなずっと前に寿命でお陀仏だぶつですけど、がはは!!」


笑うところですか?なんだか美しい顔面に似合わずやたら明るいというか、豪快というか。200歳超えたお婆さんとはとても思えません。それでもやっぱり男の子みたいなんですけど。なんとなくかわいいんですよね、年上に失礼ですけど。


「……で、なんでしたっけ。色々と言いたいことはあるんですけどね、あなたのご家族の黒髪は不吉信仰!ありゃ馬鹿ですよ。次なんか言われたら死ね馬鹿って言ってやりなさい。」


「あ、でも……田舎だとそういうのは多くて……」


コロコロと話題が変わりますね、というかこの人も先生と同じで当たり前みたいに私の家庭環境を把握してらっしゃいました。どうなってるんでしょう、もしかして気づかないうちに私は細かな身辺調査を行われていたのでしょうか?スパイみたいな人は見かけなかったんですけど。


「エインズワース家の嫁たる者、不当な扱いには徹底抗戦すべし!!大体、この私を見なさい!素晴らしく美しい上にあらゆる人民を守り助け、国に多大なる貢献をした天才美少女!その私が黒髪なんです。黒髪は史上稀にみる幸運を背負って生まれてきた最高の髪色なんですよ。ぶん殴ってでも黙らせてやりなさい。あ、でも丸腰の相手に武器は使っちゃダメですよ」


この人、顔はアートに似てるけど全然性格が違うので驚いてしまいます。なんというか、その、自己肯定感の塊というか。な、ナルシストっていうか。200年も生きて絶大な功績を残してきた人なので当然なのかもしれませんが、身近にこういう人は居なかったので気おされてしまいます。


「あ、あのでも私には何の才能も……」


「なに言ってんですか!男爵家の令嬢が!一目ぼれで公爵様に求婚されてるんですよ?加えてたまたま道なりに購入した馬が異国の王子様でそいつも求婚してきて!相手を好きかどうかは置いておいても相対的に見たら超絶ラッキーですよ、運も才能のうちです。その絶大なる強運でアートも幸せにしてやるか!って思いませんか?」


「思いません……」


確かに言われてみればめちゃくちゃにラッキーなことではあるんでしょうけど、そう簡単にもいかないというのが本音でした。アートと結婚しないのは自分に自信が無いだけではなくて家族のこともありますし。


「あ、あの……アートにはもう、お会いになったんですか?」


「まさか。決めてるんですよね、お嫁さんとかお婿さんは会っていいけど、直接の子孫には会わないって」


それなら歴代のお嫁さんお婿さんはこの人に出くわしているのに、直系の子孫さんは会ったことがないということなんでしょうか?アートのほうがこの人に会ってみたいでしょうに、なんだか気の毒です。


「ど、どうしてですか?アートはあなたのことを尊敬してて、話にもよく出てきたし……」


「私と夫は基本的に死んだことになってますからね。それにほら、不老不死とかバレると醜い人間の陰謀とかに巻き込まれたり不死の研究とかのために実験体にされたりとかしそうで嫌じゃないですか?まあそんな技術無いので魔女裁判にかけられて焼かれるかもしれませんけど。あ、焼かれたくらいじゃ死なないのでいいんですが」


「な、ならなんでお嫁さんやお婿さんには会うんですか?」


まあ私はお嫁さんではないのですが。外部から嫁いできた側のほうが口が軽そうじゃないですか。子孫なら秘密の重大さもわかりそうなものですけど、きっとこんな人に会ったら人に話したくなりますもん。私は話したいような相手が居ないからアレですけど。


「お口にチャックできるからね。現にロイスもアートにこの話をできない。そういうおまじないをかけちゃいましたから」


そう言ってアシュレイ様は手で口の端から端をなぞるような動作をしました。意図するところがよくわからないのですが、口を塞ぐということでしょうか?


「ま、また呪いですか?!というか、なら子孫の方達にはその、お口にチャックとかいうのが出来ないんですか?チャックってなんですか?」


「チャックってその、今はあんまりないけど服とかについてるジーってやつで……いや、それはいいや。実はそうなんですよね、やっぱ血を引いてるから抵抗する能力があるのかな?不思議だよね、私のひ孫にもお口にチャックできなかったんだよ。口の固い子だったから平気だったんですけど」


「血って……あの、さっきの話を聞いていてもしかしてって思ったんですけど、あなたって……」


半神は歳をとらないという話。その話はあまりにこの人に、いや、この人が本当にアシュレイ様なら当てはまることだと思ったのです。それに、お友達である先生も半神だと言っていましたし。


「……まあ、解釈はご自由に。内緒ということにしておきますが」


「貴方も半神なんですか?だから不老不死なんですか?」


「なかなかファンタジーな思想が身についてきたみたいですけど、まあ。そもそもこの国には神様が死ぬほどいますから。山の神様、水の神様、火の神様から靴の神様とかペンの神様とかショボい神様までぞろぞろと。人間よりは少ないですけど」


基本的に一神教のこの国において平気で複数の神様の存在を認めるのは容易な事ではありません。特に今の王様は一神教しか認めない方ですし。私は別に神様なんて大して信じちゃいなかったので多神教にも寛容ですが、絶対他では言わない方がいいのです、魔女扱いされちゃいますからね。


「なんか、実感わかないです。会ったことありませんし……」


大概のことは信じますけど、神様が死ぬほどいると言われて、はい、そうですかと信じられるほど私の頭の中はファンタジーではありませんでした。こんな状況下においては大概の話は信じられると思ってたんですけどね。


しかし、私の言葉に案外アシュレイ様は寛容でした。


「でしょうね。でもここはロイス、頭がおかしいんだろうなと思って流すところなんですよ。正直者は死にます」


「死ぬんですか?!」


「それでロイス。さっきの話から得られる結論とはなんだと思いますか?」


また急に話が変わりましたね。先生がアシュレイは勝手なやつだと言っていましたが本当に結構勝手な人なのかもしれません、この人。勝手に連れてきて勝手に救いようのない昔話をしてきますし。救いようがない話という点ではアゼルとラミスの話と同じですが。


「え、ええ?うーん……動物からの純粋な愛に人間は応えられない、みたいな話でしょうか?」


狐は結局王様にも愛されませんでしたし息子さんは今どうしてるのか知りませんが、本人は悪霊みたいになって焼かれちゃいましたし。まあ、実話ならって話なんですけど。


「ちがーーう!!違うでしょ!恋する乙女は突っ走りすぎて他のことが見えてないってことですよ!」


「それも違うんじゃ?!」


「ラミスは男を愛するあまり娘を食い殺して失敗、狐の王妃様は王様を愛するあまり人間にいいように利用されることすら受け入れて失敗。不幸になったわけですから。」


「そ、それはそうかもしれませんけど……」


身も蓋もないじゃないですか、昔話の前提部分を覆してしまっては。


「でもそれって仕方ないんです。どうしようもないんですよ。もう一回やり直しても狐は王様に恋するだろうし、ラミスは男に出会えば恋していたでしょう。でも自分の責任なんですよそれは。呪いなんかかけて、勝手に〝愛する権利〟を奪う権利なんて誰にもない!愚かしいことですよ。愛している間は幸せだったくせに!」


「で……でもその、私のご先祖様も私の幸せを思ってしてくれたことみたいですし、焼くのは……」


「ええ。対話の余地があるなら話し合いで済ませるのが一番良いでしょうね。だから言ってやんなさい、勝手に決めんなって。自分は自力で幸せになってやるから黙って見てろって」


「……私には、幸せになる自信もアートに釣り合える自信もありません。そんな人間が責任ある公爵家に嫁に行くなんて、駄目です。足手まといになってしまいます。それに、アートのことをもっと知っていて大好きな人だって他に居ると思いますし……」


「何言ってんですか!!どんな女がアートを愛していようとアートが愛してるのはロイス!あなたなんですよ!他の女なんかがケチ付けてきてもバーカ、負け犬が!って唾を吐きかけてやりなさい!」


「ええ?!」


この人、年齢の割に凶暴すぎじゃありませんか?温厚で他人との争いを好まない弱者の私には到底理解しかねます。


「エインズワース()家訓!相手のために死ねると思ったら全力で口説き落とすべし!最終的に決めるのはあなたですけど、アートはロイスのために死んでもいいって思うくらいロイスのことが好きなんですよ。それだけは分かっておいてください。アートがあなたを追いかけすぎて、狐の王妃様みたいな末路をたどらないようにね」


「そ、それってどういう……」


一瞬でした。その意味について彼女に尋ねようとする間もなく、私の意識は真っ暗に沈んでしまったのです。最後にアシュレイ様の目を見ていたので、ええ、たぶんまたなにかの〝おまじない〟をかけられてしまったのでしょう。勝手な人です、もっと聞かなきゃいけないことがたくさんあったというのに……


その後、次に私が目を覚ますと自分用の部屋のベッドに横たわっていて、しっかり肩まで毛布がかけてありました。ついでに言えば夜は明けていて、時計は午前7時を指していました。3時ごろから話していたはずなので、結局あんまり寝れなかったはずなのですが不思議と頭はすっきりしていて、半日以上寝てたんじゃないかって錯覚するほどだったのが不思議でした。


そして試しにアートにさっきの話をしようとすると、私の口は勝手に貝のように固く閉じてしまい、本当にアシュレイ様については一切を話せないようになっていたのです。呑気におはようと言ってきたアートに「あなたのご先祖様めちゃくちゃすぎですよ!」と言ってやりたかったのですが、駄目ですね。


でも不思議と「深く考えなくてもいいのかなあ」と思いはじめていたりして。


「ロイス、なんだか顔色が昨日より良いな」


やっぱり、この人の笑顔って最高なんですもの。





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