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とある小さな国に、優しい王様がいました。


国王は若く、周囲の誰もが認める努力家。時に畑を耕し、民に寄り添い、植物をいつくしみ、民にとっての幸せを考え、あらゆる国民から好かれていました。国も素朴ながらも安定して、皆が腹をすかせて苦しむことは全くないように、貧富の差も少なく(さか)えて。


王様は別に美形なわけではなかったけれど、そんなだから女性にも結構モテたんです。そんな中、人間じゃないものまでもが王様に恋をした。そう、それが狐でした。


その狐はある時、うさぎを狩ろうとしていて人間のかけたネズミ用の罠に引っかかってしまったんです。それで足を怪我してしまったんですけど、偶然王様が見つけて手当てしてくれたんです。その時から狐は王様に恋をしてしまいます。まあ、(なか)ば一目ぼれと言ってもいいかも。助けてもらってポッとしちゃったんでしょうねえ。


人間がしかけた罠にかかったのに手当てされたからって人間に恋してしまうなんて、なんだかヘンな感じですけどね。まあ、王様が仕掛けたわけではないですから……


それから狐は怪我がすっかり治ると、人間の女に化けて、さっそく王様の元を訪ねて行きました。


「私は、あなたに先日助けていただいたおかげで命を取りとめた狐でございます。どうか私をあなたの妻にしてください。きっとお役に立ってみせます」


そう、はじめから狐だと明かしたもんだから王様はそれはもう戸惑ったとも。けれど、周りから狐が人間に化けられるなんて神様だ!って勝手に祭りあげちゃって、王様も周りに勧められるままに狐と結婚することに。結果的に言うとこれが良くなかったんですがね。


晴れて狐は女王様になったわけですけど、別に狐にとっては王座なんてどうでもいい。王様のそばにいたかっただけでしたからね。狐は時に不思議な力を使って王様の体調を治したり、雨が降らずに畑が枯れたりしたら雨を降らせたりしました。最初からある程度強い力を持った狐だったんでしょうね。


そうしてそのうち、国民たちはそんな健気(けなげ)な狐を本格的に〝神様として〟扱いはじめます。


最初はちょっと力が強い程度の狐だったんですけど、そうして多くの人々に信仰されるにつれて狐は段々と〝神様〟に近づいてしまった。神様って、そう、概念的な話なんですけど。呪いと同じですよ、まあ。


動物は人間の怨念や思念、欲望によってその存在が変容することがある。特に今のこの地球においてはそれが顕著です。まあ、狐は特にそうなんですが……え?ああ、地球ってその、この星のことですよ。


(うわさ)、というものは人々が思う以上に強大な力を持っている。


あそこに幽霊が出るぞ!と噂すれば幽霊が実際にこの世に存在するようになってしまうし、(ほこら)に神様を(まつ)っていると皆が思えば、その祠には元々居なかったはずの神様が存在するようになる。元々あったものの力を増幅させてしまう場合もありますけどね。


そんなふうに、思い込めば思い込んだ方向に現実が引き寄せられてしまう。それがこの世界なんです。誰がそれを信じようが疑おうが、それは紛れもない事実。狐は人々の思い込みによってどんどん力を強め、神様になってしまった……でもそこまではなんの不都合も無かったんですよ。国にとっても王様にとっても。狐も愛する王様の役にたてて幸せでしたし。


王様は別に狐のことを心の底から愛していたわけではなかったけれど、国民もおかげで幸せそうだったしその状況を快く受け入れていました。狐との間に子どもも作りました。王子様ですね。見た目は普通の人間の子でしたが、狐みたいな耳だけ生えてました。


そうして狐は普段からずっと人間の姿で生活していたから、次第に王妃が狐だったなんて噂話だったみたいになって、狐は人々の生活に馴染んでいくことになります。都市伝説みたいな。あの王妃、狐だって噂があるんだよ、みたいに。


そんなある日、今度は国民の間でこんな〝(うわさ)〟が流れるようになりました。


「王妃がウサギを捕まえて、(むさぼ)り食っていた」


「王妃は残酷な化け物だ」


……と。馬鹿な事ですよ、元々その王妃は野生の肉食動物なんですから。動物を食べても生き血をすすってもおかしくなんてない。ごく普通の狐としての行動だったんです。でも、見た目は人間だ。人間がウサギを生で食ってたら人々は化け物扱いする。まあそれは仕方ないことだったのかもしれませんね。


噂されるようになってからは狐は夜に隠れて動物を食べるようになったんですが、それがまあ更に化け物感を強めてしまった。見かけた神官が噂を広め、恐ろしい化け物だと皆が狐を責め立て、狐は王宮から一歩も出られないようにされてしまった。


狐の力の恩恵には授かりたいけど、化け物にうろつかれるのはたまったもんじゃないと。勝手ですよね、でも人間なんてそんなもんなのかもしれませんよね。自分たちの都合しか考えてないっていうか。


問題はそうした噂によって、狐への信仰や人々の印象が変わってしまったがために、本当に狐がそうなって言ってしまった事でした。


元々はただのちょっと人に化けられる狐だったものが人々の期待によって強くなっていたわけですから、もうその頃の狐の存在は人々の考え一つによって変容してしまうものになっていたんです。


結果としてその狐は、国民たちが「王妃は人間をも喰らう化け物だ」と噂をしたことによって本当に「人間を喰らう化け物」になってしまったんです。狐は手足に鉄の(かせ)をつけられ、王宮の奥に幽閉されてしまいました。


同時に狐と王様の子どもであった、ムスタファという名の王子様も小さい頃から手足に(かせ)をつけられるようになってしまいます。ムスタファは生まれてからほとんどを王宮の中に閉じ込められて過ごすことになるわけですが、まあ彼は人間の見た目でも狐の耳が生えていましたからね。狐と同じ部類だと思って周囲も恐れていたんでしょう。


化け物と化しはじめていた狐は、いつも涙ながらにムスタファに言いました。


「ムスタファ、神は人間の信仰により成り立つ存在。人々が変われば、私を恐れ嫌悪すれば、私は〝本当にそういう存在になってしまう〟のです。私は、私は、国が(よど)めば淀むほど人を襲うようになってしまう。自分が勝手に変わってゆくのが怖い」


神様に〝されてしまった〟かわいそうな狐。ただ人間の男に恋するなんて馬鹿な事をしてしまったから。


狐はいつも死にたいと思うようになってしまった。どうしても自分を制することができなかったから。神としての自分という大きすぎる存在に押しつぶされそうになってしまった。


「あなたはこんなところに生まれてきて不幸でしょうね、ムスタファ」


ムスタファには分かりませんでした。悲しそうな母を慰なぐさめるにはどうすればいいのかも、自分が不幸なのかどうかも。その頃のムスタファには、もう外に出たいだとか国をどうにかしたいという気持ちはなくなっていたそうで。生まれた時から少しでも外に出たいと言うと酷く怒鳴られていたから。そうやって育ってきたから。ただの「仕方のないこと」だったんでしょうね、彼にとっては。


王妃という神の権威に頼って政治はどんどん独裁的になり、ただでさえ狭い国土は金持ちの豪邸を作ることで更に狭くなっていきました。昔は裕福ではなくとも穏やかにそれぞれが幸せだったのにです。貧乏人が急に強い権力を手に入れるとろくなことが起きないんですよね、昔から。


領主が農民の作物を低価で買いたたくようになり、農業をやっていた平民たちは軒並みその土地を手放しました。唯一残った衣服や布の貿易や森の木を細工して作った模型などを売るだけで平民たちはギリギリ暮らし、利益のほとんどは貴族に流れるようになります。貴族なんてものも元々は無かったのに。王に近しい人々が欲のままに「王妃の祟りがあるぞ」だなんて言って人々に圧政を強いたんです。


ムスタファが王位を継いだ20の頃には、王様は歳以上に老け、狐は美しい白だった毛が真っ黒に染まり、口数も少なくなったそうです。狐が夜中にふらりと、口の周りに血をつけて帰ってくることも増えます。力の肥大化した狐のことは、もう手枷(てかせ)や足枷ごときでは縛れなかったんでしょう。


ムスタファはそれを見ても何も言わなかった。狐の表情が昔のように暗く悲しそうではなく、どこかニヤついた顔になって行ったのがただ、不気味だったそうです。自分の母がそんな風に変わっていってしまうのを黙って見ているのはどんな気持ちだったのやら。


ムスタファが王位を継いですぐ、先代王は死にました。干からびて、やつれたような顔になっていたのが印象的だったそうですよ。ムスタファはこれから自分が王になることに責任を感じましたが、同時に不安でもありました。父が死ぬと、母がほとんど宮殿に戻らなくなったからです。


狐を唯一繋ぎとめていたのは王様への恋心でした。でも死ぬまで結局、王様は狐を心から愛することはなかった。息子のムスタファすらも狐との子だなんて、と避けていましたし。救いようがないですよね、王様だって好きで結婚したんじゃないですし、押しかけ女房みたいなもんですから。でも国のために狐の恋心を利用していたのは確かで。王様は狐に好かれていたことも知っていたわけで。


そんなある日、ムスタファは神官や大臣たちに狐についての相談を受けるようになりました。


「村人が時々血まみれの死体になって見つかるのです。夜中に殺されることが多く、女王様がその時間帯、抜け出したのを見た者が居ると……」


「もはや我々の力ではあの恐ろしい女王様をどうにも……」


そう、ムスタファは暗に「母親を殺せ」と言われていたわけです。ムスタファは神様である狐と王様という人間との間に生まれた「半神」でしたから。お前ならあの化け物殺せるだろ、化け物。そういう提案をされてしまったわけですよ、残酷なことに。


21歳の誕生日の夜、ムスタファは狐を宮殿に呼び出しました。狐はその日だけはなぜかニヤついた不気味な表情ではなく、冷静な昔のような顔だったそうです。


『ムスタファ、誕生日おめでとう』


『ありがとうございます、母上。どうぞそこにお座りになってください』


『ありがとう』


言われるままに座った母の首を、ムスタファは後ろから一気に剣で切断しました。神様くらいになると簡単には死にませんから、首を切るくらい思い切らなきゃいけなかったんですよね。ムスタファは、その時生まれてはじめて涙を流したそうです。顔を悲しみにゆがませ、口を抑え、止まらない涙を流れるままに流して泣いたそうです。


『ありがとう、ムスタファ。私が消えてなくなる前に殺してくれて』


そんな狐の声が聞こえて、ムスタファは地面に落ちた母の首を慌てて抱き上げました。母は昔のような穏やかな顔をしていて、ムスタファは何も言えずにまた涙を流します。母が目を閉じたので机に首を置こうとすると、母はもう一度目を開け、今度は邪悪な、人を憎む感情に憑りつかれた顔をしていました。ムスタファは驚いて、首を机に投げ出して一歩下がります。


『よくも私を殺したな。この国も、お前も、皆呪い殺してやる。今よりもっと不幸にしてやる。神であるこの私を、お前は……』


『……』


狐は、再び目を閉じました。もう二度と目を開けることはありませんでしたが、その日から、国内で生まれた子供にはどこかしら体に欠陥が生じるようになっていたそうで。耳が獣、頭が獣、手足が獣。国民たちは狐の呪いだと騒ぎ、恐れ、生まれたばかりの子どもを不気味がって焼き殺しまでしていました。狐を殺せとムスタファに言ってきた高官たちは大慌てで神殿を建築し、そこにムスタファの母、狐の神を埋葬して祀りあげました。その神殿に狐の死骸が保管してあったんです。でも、そんなことで呪いが解けるはずもなく。


100年もすれば国民はほとんど獣人になり、元は普通の人間ばかりだったということすら忘れられていくことになります。これが過去に存在していた「獣人国家ミラゾワ」の成り立ちです。


なんとしかしその国は、獣人しか生まれないことを利用して奴隷産業で儲けるようになるんです。たくましいですよねえ、人間の欲望ってものは。珍しい獣人として他国に人身売買、ペット扱い。自分たちだって獣人なのにですよ?でもその頃にはムスタファはすでに全部がどうでも良くなっていたし、相変わらず王宮から外にも出られないしでなんの対策もとりませんでした。


そのまま400年以上、ムスタファ王の腐敗した政治は続くことになります。ええ、長いでしょう?実を言うと半神は歳をとらないんですよ。ミサキもそうです。あの人はもう何万年も生きてますから……え?アハハ、(こけ)なんて生えやしませんよ。歳をとらないだけで人間と一緒です。


……そんな時、私たちはミラゾワを国家間の貿易取引の関係で訪れることになり、それを知りました。色々あったんですが、最終的に保管されていた狐の遺体を焼き尽くすことで除霊みたいなことができました。その狐はもう自我がほとんどなくって怨霊みたいなものでしたから、対話が出来なかったんですよね。もう燃やすしかなかったっていうか、可哀想ですけど。


可哀想とか言ってますけどその時、思念体になった狐にお礼を言われたので悪いことをしたとはちっとも思ってなかったりします。ついでに私はこんなことも頼まれました。


「あの子をね、外に出してあげてほしいの。幸せにしてあげて。かわいそうに、私の宮殿が燃えたのを見てあの子、どうしたらいいか分からなくて宮殿の奥に閉じこもってしまったの。」


幸せにしろとかそんな責任とれませんよって言ったんですけど、まあ遺言ですからね。その時、いままで王宮から出てこられなかったムスタファを無理矢理引きずってアズライトに連れて帰ったんです。で、今もエインズワース邸で飼ってます。飼ってるとか言うと激怒するんですけど、普段は狐の姿なのでペットみたいなもんなんですよね。かわいいですよ。元王様だからプライドは高いんですけど。


そんなわけで遺体を燃やした後の私たちはぴゅーっと逃亡、400年以上奴隷産業だけで成り立っていたミラゾワは、呪いが解けて獣人が生まれなくなったことで商売ができなくなり勝手に自滅、我が(アズライト)の属国となって、奴隷制度は廃止されたわけです。アズライトには奴隷制度とか無いですからね。今は獣人なんていない普通の国ですよ。


ロイスの祖先の狐とはまた違った結末ですよね。王様を利用する気なんて全くなく、一方的に利用されて苦しめられても、最初から最後まで、ただ恋した人に近づきたかっただけなんですから……


あれ、ロイス。黙ってどうしたんです?空想じゃないですよ、だって私は……


また昔話でした

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