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「……といった昔話だ。めでたしめでたし」
話を終えたミサカツキの主さんはそう言ってお菓子を口に放り込むと、お茶を飲みました。
「な、なにがめでたいんですか!!まさかその話、私の先祖がそうだったと言うんですか?!主さん!!」
普通に救いようのない話だったと思うのですが、めでたしめでたしで済まされると反応に困ってしまいます。男は女狐を殺したことを悔いたままですし、呪われちゃってますし。
「主さん?妙な呼び方をするんじゃない!」
「そ……な、なんとお呼びすれば?」
そこはどうでも良くないですか?とは思いましたが目上の方が相手ですから、大人しくしておきましょう。というかアートがここの主だとしか言わなかったので、この人の名前なんて知りませんし。
「そうだな……最近のアシュレイは私を先生と呼ぶ。お前たちもそう呼べ」
会ってからよくおっしゃるアシュレイって、知らない人の名前を何度も出されても困るんですが。11代目のエインズワース家当主様でアートのご先祖様、ということしか知りませんし。というか、なんの先生なんでしょう?
「は、はい。では先生。今の昔話は私の祖先の話で、だから私もそういった呪いにかかっているとおっしゃっているんですか?」
「話の流れ的にそれ以外にないだろう」
当たり前だろう、何言ってんだコイツって顔で言いますけど、そんなにすんなり信じられるような話ではありませんでした。だって……
「その理屈で行くと私や私の家族に狐の血が流れているわけじゃないですか?に、人間じゃないじゃないですか……」
もう、馬が喋ったりドアが勝手に開いたり、200歳越えて平然と生きてる人もいるこの非常識な世界に文句をつけるのはやめますが、私はごく普通のなんの変哲もない人間として生きてきたのです。それを18歳になった今更……と、思ってしまうのです。
「ロイス、それは……」
「人間でないものの血が流れていたらそれはもう人間ではないのだろうか?それは永遠の課題だが」
アートが何か言おうとしたのを、先生が止めました。
「私だって人間でない者の血が流れているが、人間のように人間とともに生きている。その女狐も人間として生き、人間を愛した。それはもう人間なのではないのか?」
そうなんでしょうか?でも長生きなのが人間じゃないからなら、そうなのかもしれないとも思えます。でも、そうは言われても、狐は狐じゃないかと思ってしまうのです。人間という概念は生きる心の形を言うものではなくて、生物としての種類のことでして。じゃあ、先生は人間以外に何の血が流れているというのでしょう?
「どうして家族はなんともないのに、私と祖父だけ呪われたんでしょうか……」
それは正直なところ、一番の疑問でした。だって私だけなんでしょう?よく考えれば私の家族が「一か月」とか言っていたのはこのことを知っていたからなのかもしれませんし。まあ呪いとは思ってないんでしょうが、病気扱いだったのかも?
「そりゃあ、お前やお前の祖父がその醜い男と同じだったからだろうよ」
「お、同じ?!私は髪が黒いだけで、特別周りから醜いと罵られたりは……」
そう、私は石を投げられるまではされてませんし。嫌がらせ程度でした。
「お前は自分が悪いことをしたとも思っていないくせに、人間から愛されないのを当然だと思っている。嫌われるのも自分が悪いと思っている。それなのに、人間から愛されることを望んでいる。アゼルと同じじゃないか」
「……そんなことは……」
なんで、なんで初対面の知らない人にそんなこと決めつけるみたいに言われなきゃいけないんですか、あなたに何が分かるんですか、なんでも分かってるような顔しちゃって!……と怒鳴り返したかったのです。でも、私はその言葉に異論を唱える気にはなりませんでした。だって、その通りだと思ってしまう部分があったからです。
「でも、私はその人みたいに純粋なわけでも心優しいわけでもありません」
そう、その男と私は違う。私は心の奥底では「自分がこんな目に遭うなんておかしい」と思っていたのです。そう思わないようにしていただけで。アートという自分を肯定してくれる人に出会ったから余計にです。アゼルは女狐と一緒に幸せになったって村人に対しての態度を変えたりしなかったでしょうが、私は次家族に会ったら今まで通りに接することが出来ないような気がしますし。
「だが女狐はそう思ったんだろうよ。それを判断するのは女狐の意思だ」
「……え?」
「その狐は生きているんですか?」
私の代わりにアートが質問しました。先生の口ぶりではまるで、女狐が今も生きていて呪う相手を決めて呪っているかのようだったからでした。呪いが薄まった、と言っていたので勝手にランダムに呪いは発生するのかも、と思っている節がありました。
「狐という生き物は特別だ。死んだ後も、あまりに力が強いと思念だけでこの世に残って相手を呪い続けることがある。その狐の場合は男の作った墓の下にそのままの形で焼かれず埋葬されていたから、そこに宿ってるんだろうな。元々人に化けられるほどの力を持った狐だったわけだし」
「宿る?」
なんだか意味がよく理解しきれずに私が首を傾げると、先生も首を傾げてしまいました。
「……なんというか、これは神霊的なアレというか……日本的な価値観の話だから……お前には納得いかないだろうな。うーん……」
なにやら私への説明に困っている様子の先生は、また新しくお菓子を口に放り込んでむしゃむしゃしています。私が困って申し訳なく思いながら黙っていると、先生はふと気づいたように私の前にお菓子の皿を滑らせて食べるように手で示してきました。いや、べつにお菓子がうらやましくて見ていたわけではないのですが。あ、おいしい。
「せ……先生、どうすればロイスにかかった呪いは解けるのでしょうか?私は彼女とこれからの人生で1ヵ月以上離れる気はないので問題ないのですが、彼女が親しい友人も作れないのは心苦しいのです」
アートは先生と呼ぶのに慣れないようですね。まあ、見ている限りアートも初対面のようなので仕方ありませんが。というか、この口ぶりだとこれから一生、私と継続的に一緒に居る気なんですかこの人?90日したら自分の家に帰るって置手紙してきたんですよね?
「惚気か?別に動機はどうだっていいが、そうだな……二つほどある。まず一つ目、過去に私とアシュレイがともに一国を滅ぼした時に使った手段なんだが……」
「国を滅ぼすレベルの話なんですか?!」
「いいや。狐の呪いによって成り立っていた国の狐の呪いを解いた結果、国が滅んだというだけのことなんだが。まあ、アシュレイは国が滅ぶだろうと分かった上でやっていたがな。勝手なやつだ」
公爵家って他国に赴いて破滅させる仕事なんですか?というか、アシュレイ様って女性じゃありませんでしたっけ。男性なら戦争で、とかあるかもしれませんが。
「方法としては、狐の遺体を取り出し、灰になるまで焼く。情念のこもるのは死後も基本的には肉体だからだ。まあ例外はあるが……男の建てた女狐の墓を探して死骸を掘り出し、それを焼くというシンプルなものだ」
「そ……そんなこと……狐は悪くないのに」
「ああ。この国では火葬は一般的ではないが、火で焼くということは歴史的に見ればそう残酷な事ではないんだぞ。日本では法律で定められていたんだがな。衛生的にも焼いたほうがいいし……しかしこのあたりの文化は西洋に習っているから……」
先生はなにやら説明の仕方に迷っているようで、ぶつぶつと言っております。まーたにほんの話ですか?何万年も前に滅んだ国の文化なんて私に理解できよう筈もないと思うのですが。火葬が一般的な世界って、恐ろしすぎます。肉体を火で焼かれるのは犯罪者や処刑される人間だけ。肉体が無いと最後の審判の日に復活できないじゃないですか?まあ、私も神様を完全に信じてるわけではないんですが……
いくら狐とはいえ、自分のご先祖様を燃やすのは気が引けてしまいます。ご先祖ということを完全に信じてるわけでもないのですが。
「方法が二つあるとおっしゃってましたが、もう一つというのは……?」
私が遠慮気味に聞くと、先生はああ、と思い出したように話はじめました。
「ラミスは思念体になっているとはいえ、意思をもって呪う相手を選別している。対話が可能なのであればそれをやめるよう、呪いを解くように説き伏せられればあるいは……まあ、どちらにせよ墓に行かなければならないのは同じだが。地図を印刷してやろう、大体の位置しか分からんが」
「あ、あの!」
「なんだ。もう他に方法はないぞ」
「いえ、あの……どうして先生は私の先祖についてとか、そんな昔のことまで全部分かってしまうんですか?この世のすべての人の過去についてご存じなんですか?」
「まさか。だが企業秘密だ。そこの……アシュレイの子孫、お前名前なんだったか」
「アーチボルトです……」
「そうアーチボルト。こいつと結婚すればアシュレイが教えてくれるかもしれないぞ。一生分からないかもしれないが」
「ええ?!」
アシュレイ様ってアートでさえ生きてることを知らなかったような人なんですよね?!会えるわけなくないですか?!というかまた結婚しないと内緒の話ですか?!と、私が騒ぎ出す前に先生は椅子から立ち上がってしまいました。アートも私の手を握って立ち上がります。
「あ、いやあともう一つだけいいですか?!」
「どうぞ」
必死で会話を続けようとする私に軽い感じで返事をしつつ、先生はお盆に空になったコップを乗せながら返事をします。
「ここに来た元の目的であるレオンさんの馬になる呪いの解き方を教えていただきたいんですが……」
「ああ。それなら……うん。だから一週間ここに居ろと言ったのだ。あの程度の呪いならこの神性の強い空間に一週間そこら過ごせば浄化できる、病気みたいなものだ。まあ、最悪の場合お前もここに居ればその間は記憶が飛ばないわけだが……ここに一生いるわけにもいくまい」
「そ、そうですね。でも、レオンさんがそんなに簡単に治るとは」
だからこれで説明は終了したのに一週間滞在しろとおっしゃったわけですね。建物などの様子に注意を向けすぎて他に気がいってなかったのですがここはやはり普通じゃない場所なのでしょう。
「あ、暇なら畑の収穫でもしておいてくれないか。ちょうど小松菜が……」
「こまつな?」
そんなこんなで私は、今度は発覚した自分の呪いを解くためにどうするかを考えるために頭を悩ませることになったのです。それに当然のごとく同行するつもりのアートと共に。
ああ、レオンさんにも話をしないと。
「コマツナってなんだろうな。私も知らないんだが」
「畑の収穫って言ってましたし野菜じゃないですか?」
なんだか妙に所帯じみた部分のあるこの場所は、空気が妙に澄んでいて少しばかり居心地が悪く。アートが隣にいないとなんとなく怖くなりそうなのです。だから私は今日ばかりはと思って、珍しくアートの手を少し握り返したのでした。




