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主さんは私たちに係の者に案内させると言って、女の人を紹介しました。


見たことのない濃い緑色の短髪に、目から下には白い布のようなものを巻いています。その人もやはり白い服を着ていて、変わった風貌でしたが目元だけで美人さんなんだろうなあとわかるような雰囲気をしていました。ここに住む人たちはみんな魔術師なのかと思っていましたが、見た目だけだとなんだかお医者さんみたいです。


私たちを建物まで案内してくれたその女の人は会ってから今まで一言も喋らず、ただ目元だけでにっこりと笑って私の手を引きました。目の下に巻いた布が口を塞いで喋れないのかな?とも思いましたが、そしたら呼吸も苦しいですよね。やはり、単に喋れないだけなのかも。


ぐいぐいと手をさらに引かれ、私は我にかえります。どうやら建物の中に入れと言っているようでした。ルドガーさんもいつの間にかミサカツキの中に連れてこられていて、私たちと合流しています。


案内人さんが扉のすぐ前に出ると、ガラスの扉がウィーン……というような音を出しながら勝手に開きました。私は驚いて後ずさりそうになりましたが、案内人さんに手を強く掴まれているので後ろには下がれません。案内人さんに手を引かれてしぶしぶ扉をくぐった私に続き、ルドガーさんと馬たち、レオンさんも建物に入ります。


馬三頭がやすやす入れちゃう高さの入り口もすごいんですが、外から見たときの建物の感じより、建物内がめちゃくちゃに広いのが恐ろしい。物理的におかしいでしょう。どうなってるんですか?またまたオカルトでしょうか。


外から見たら高い建物ではあるものの、横幅からいえば5メートルくらいしかなかったのです。今は横幅が軽く20メートルくらい。奥行きは5メートルほど向こうにドア付きの壁があるので分かりませんが、かなーり広いように見えます。


「ど、どうなってるんでしょう?アート」


「四次元ポケットから出てきた道具を使った感じの建物だな。壁とかはコンクリートだが」


「何言ってるのか全然わかりません」


何言ってるのか全然分かりませんでしたが、アートは興味深げに壁をコンコン叩いてみたりしていました。あまり驚いていないようなので、エインズワース家にはよくあることなのでしょう。あってたまるもんですか。どんな世界観を生きてるんですかこの人は。


案内人さんは私の手に鍵の束を握らせると指で部屋を指し、押し付けるように建物案内図らしき紙を私に渡して建物から出て行ってしまいました。ちょっと、今の説明だったんですか?無言で立ち去らないでください!全然分からなかったんですが……!


「地図を。私が見よう」


「あ、はい。お願いします」


「全部日本語だな。私が読めなかったらどうする気だったんだか。」


結局アートが地図を全部読み解いてくれて、私たちは各部屋を割り当てて荷物を置きました。私はアートの隣の部屋です。ちょっと気恥ずかしいですけど、こんなわけのわからない場所にあっては、アートにすぐ近くにいて欲しいですからね。


ちなみに地図の通りに進むと馬専用のスペースまで用意されていました。至れり尽くせり、いや、申し訳ないです。ありがたい。


部屋から出て入り口あたりに戻ると、アートがもう立っていました。アートに声をかけようとしたとき、部屋の中で聞いたことがないような変な音が聞こえてきます。私がびっくりしてきょろきょろあたりを見渡し身構えていると、アートは入り口のカウンターあたりに置いてあった謎の機械に手を伸ばしました。


「電話だな。資料で見たことがある」


「でんわ?」


「はい、もしもし。はい。ええ。」


何やってるんですかこの人?機械に向かって。私はアートが持ち上げた機械に向かって喋りだしたのを呆然と見つめていました。アートはしばらくそうして話して機械をカウンターに下ろすと私の方を向きます。


「向こうの建物に私とロイスだけ来いとのことだ。ルドガーに言ってから行こう」


「え?!は、はい!」


誰に言われたんですか?!その機械ですか?!と私は聞きたかったのですが、言われたままにとりあえずアートについていくことにしました。心細い上に意味不明なこの状況下にあっては、アートしか頼れる人間がいないんですから。ルドガーさんに先ほどのことを伝えると、分かりましたとだけ言って部屋にまた入って行きました。うーん、今回はとことんノータッチですね。


私とアートは先ほどの勝手に開くガラスのドアを抜けて外に出ると、そのまま向こうの黒い屋根の建物へ向かいました。ここに来てからのアートはなんだかいつも緊張した面持ちで、あの主さんに対して畏敬の念を抱いているのかなあ、と思えます。そして、アートがびびっているような相手に私がビビらずにいられるわけがないのでした。


黒い屋根の建物の前に立つと、今度は重い岩でできたような扉がまた勝手に開きました。ゴゴゴゴっていうような音をたてながら。私はまたアートの背後に隠れつつ移動します。


「失礼します」


広い部屋には中央に大きなテーブルがあり、椅子が右側に二つ、左側に一つ。左側には主さんが座っていました。主さんは座ったままで手でひょいひょいと手招きをしてから、右側の椅子に座るように指示してきます。


「来たか。まあそこに座れ。茶でいいか?メロンソーダでも飲むか?」


「こ……子ども扱いしないでください」


アートがなんとなく居心地悪そうに言います。


「別に子ども扱いなわけじゃない。アシュレイは200歳超えてもメロンソーダが好きだぞ」


「そ、そうなんですか?」


めろんそーだってなんですか?と聞きたいところですが、私は黙って大人しくアートの隣の椅子に座っていました。主さんは私とアートの前に、どうやって作ったのか謎なくらいに綺麗な形のコップを置きます。中にはあたたかいお茶が入っていました。嗅いだことがない匂いのお茶でしたが、いい匂いです。きっと毒は入っていないでしょう。


「さて、本題に入るが。そっちのロイスの呪いの話だ。」


あ、やっぱりその話ですか。聞きたいような聞きたくないような。


「お前たちは、記憶というのはどこに記録されるか分かるか?言ってみろロイス」


あ、この人も回りくどい説明をするタイプの人っぽいですね。頭の悪い私にも分かりやすいよう、はじめのはじめから話しはじめるのです。


「あ……あたまでしょうか?」


私はようやく発言しました。なんとなく私だけ場違いな気がするのですが、話の主体は私のようなので仕方ありません。〝頭が悪い〟とか〝頭を使え〟とか言いますし、やっぱりなにかを考えたり覚えたりするのは頭なのではないでしょうか?私は思ったまま素直に答えました。


「まあ、そうだ。基本は記憶というものは、頭の中の脳に蓄えられる。そこに少し不具合があると、ものが記憶できなくなったり、認識できなくなったり。体がうまく動かせなくなったりもする。脳というのは体で最も重要な器官といっても過言ではない。少し頭を打ったせいで寝たきりになったり死ぬことだってある。」


「は、はあ」


「簡潔に言うと、お前がかかっている呪いは〝一定期間合わなかった人間の顔を忘れる〟という呪いだ。そういう病気はある。人の顔を記憶できない障がいもある。そういう風に脳が作られて生まれてくる人間はいる。だが、お前は脳とは隔離された部分で人の顔を勝手に消去されてしまうのだ。お前は病気があるわけでも障がいがあるわけでもないが、記憶が消えるという呪いにかかっている。」


結構あっさりと呪いの内容について教えていただけたのですが、急にそう言われてもそうですか、と納得できる内容ではなく。


「……そ、そんな。私、家族の顔覚えてますし、人の顔を忘れたことなんて……」


「祖父の顔は思い出せるか?祖母の顔は?過去に一度出会ったが、長期間会わずにいる人間で思い出せる顔はあるか?」


私はしばらく頭にそれらを思い浮かべようとして、全く思い出せないことに少し驚きました。でも、元々私は友人も知り合いも少ないですし。


「いえ、祖父は小さい頃に肖像画で顔を一度見たきり両親が黒く塗りつぶしてしまいましたし、祖母は私を嫌ってほとんど顔を見せませんでしたし……私、過去に親しくなった人はほとんどいませんし……覚えていなくたっておかしくないと思います」


「本当にそうか?全く1人も?たとえば、そう。小さい頃に出会った少年の顔だとか。その鞄についている小袋に入った色ガラスがついた櫛をくれた少年の髪の色は?」


「え?!な……いえ、あの……」


なんでそんなこと知ってるんですか?!と私は色々言いたい気持ちでいっぱいでしたが、たしかにその、私の初恋の少年の顔を私は思い出せませんでした。驚くべきことに、その少年が櫛をくれたということや少年が行商人の息子だったという事実は記憶しているのに、彼の顔も、親切にしてくれた彼の両親の顔も全く思い出せないのです。人種すらわかりません。


どうして今まで全く気づかなかったのか、不思議なくらいに。


「……お前の前の……多分祖父か?黒髪の男。それも呪われていた。そいつはお前よりもさらに重症だったようだな。お前は呪いが薄まっていると言ったが、それでも約1ヶ月で顔を忘れる。お前の祖父の呪われた男は、2週間程度で忘れるようだった。恋人だろうが友人だろうが。」


「あ、私……祖父と同じ黒髪だと言われて嫌われてきたので、祖父も黒髪でした。戦死しましたが……」


占い師さんみたいですね。どうして全部分かっちゃうんでしょう?まさか私の履歴とか全部分かってしまうんでしょうか。


「呪いのせいだろうな。戦争に行く兵ならば2週間などあっという間だ。帰ったら友人や家族はおろか妻の顔すら全くの他人に見えてしまうのだから、まともな生活は送れなかっただろうよ。信じられるか?帰ったら見たことのない赤の他人が家で自分の妻として暮らしている。だが妻の元の顔も思い出せない」


「そんな……」


本当のことなのでしょうか。そうだとしたら、そう考えたら辻褄があうことがいくつかある気がしてきます。


『お前はあの男と同じ黒い髪に、ああ、おぞましい……あの冷血なところまで引き継いでいる!お前はあの男と同じようにまた私を……』


また私を。


思い出せない祖母の顔。祖父に似ているから私を冷血だと言った両親。


アートに初めて会った時、こんな綺麗な顔の人、一度会ったら忘れないはずだと思っていました。でも、忘れていたのかもしれません。


私が顔を覚えていないだけで、私はアートと出会っていた?


「ロイス?大丈夫か」


「私、アート、どうしましょう……」


突きつけられた厄介な現実に、私は縋るような気持ちでアートを見つめるほかないのでした。


それ結構困るんじゃない?と思いながら書きました。今回も読んでくださってありがとうございます!!

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