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無事、私たちは途中にあった小さい街に寄ることができて、食事にありつくことができた。ロイスが馬に乗るのに慣れてきたようで、スピードアップしてくれたおかげだ。
アニスのはずれなので、ここで食べた昼食のサラダにも食用の花が入っていた。ロイスと一緒に前に食べたサンドイッチにも入っていた、少し辛い花だ。それと、固めのパンとかぼちゃのスープ。なかなか美味しくてそう言おうとロイスを見ると、いかにも美味しそうに顔をほころばせていた。食事している時の幸せそうなロイスが、私は好きだ。
レオンが自分は干草の方がいいと言ったので、外に置いて私とロイス、ルドガーだけで店に入った。気を遣ったのかルドガーは少し離れた席に座り、私はロイスと二人で座っている。気の利く部下を持って私は幸せ者だ。これでルドガーとレオンが各自の家に帰ってくれたら、さらに言うことないのだが。
レオンが干し草を食べると言った事には正直驚いたが、なんでも、馬になってから味覚が変わったらしく草や生の野菜しか食べる気がしないのだとか。でも、たしかに1ヶ月もなにも食べないわけにはいかないだろうし、体が馬なら草を食べたくなるのは自然なことなのか?とも思う。馬になってる時点で自然もなにもないのだが。
でも、まあ我が家の過去の記録にもそういった動物関連の呪いの話は読んだことがあるのでそうおかしいこととも思わない。ちょっと言えない事情、がエインズワース家には多いのである。
「あ、やっぱりこの赤い花、からい!アート、この前のサンドイッチの花よりもからいですよこれ!」
目をぎゅーっと閉じてそう言ったロイスを見て、私はつい心臓がきゅっとしてしまった。かわいすぎる、こんなにかわいいなんて本当に人間なのだろうか?初対面の時や、数日前に再会した時はそこまでかわいいとか、ものすごくいい子だとか思ってはいなかったのだが、日に日にロイスへの好意は膨らんでいくばかりである。
ただ、この女性は将来自分と結婚する相手であり、理解者となれる存在なのだとぼんやり思っていただけだった。顔が特別タイプだったとか、何か明確な理由があるとかではないのだが、見るたび話すたび、どんどん好きになってしまって困る。万が一ロイスが最後まで私と結婚してくれなかった場合、私は彼女を諦められるのだろうか?焦ってなにか、彼女に嫌われるようなことをしてしまわないだろうか。
「食事が終わったら、デザートにりんごのケーキを頼もうか。少しは辛いのがおさまるかも」
厳格な軍人のような男のほうがモテると思って、結構かしこまった感じで接していたのだが。つい、彼女と話していると素の砕けた話し方になってしまう。
「そうですね、あ、でもオレンジのケーキもある!うーん、どっちにしようか迷いますね」
「私も両方気になるな、半分ずつにしないか?」
「わあ、いいですね!人と何かを半分こするなんてはじめてです!」
うーん、ちょくちょくものすごく悲しいことを言ってくるロイスだが、その不憫な感じがなおかわいい。正直彼女の家族は殺してやりたいと思っているが、彼女をこの世に誕生させてくれただけでそれはもう感謝である。そう考えれば許せないこともなかった。
そうして、食事が終わった私たちはリンゴのケーキとオレンジのケーキをそれぞれ注文した。田舎なので、両方ともただ生地に果物を混ぜて焼いたようなシンプルなケーキだったが、ロイスは目を輝かせている。そんなに喜ぶなら、私の家に来ればもっとすごいものを食べさせてやれるのに、なんて思ってしまう。
「口を開けろロイス」
「え?!じ、自分で食べますから!」
「いいから開けろ。開けないと、今後君が道を間違えても教えないぞ」
「ええ?!なんですかその、普通に困る脅しは?!」
ロイスは慌てた様子で、しぶしぶ口を開ける。私はフォークに刺したオレンジのケーキをロイスに食べさせた。ロイスは嫌がっていた割にはケーキの味に感動したらしく、すぐに笑顔になる。
「すっごく美味しいです!あ、アートもリンゴのケーキをどうぞ」
そう言ってごく自然に私の前にもフォークに刺したリンゴのケーキを差し出してきた。私はこれ幸いとガッと食いつく。これ、もう付き合ってるのと同じなんじゃないだろうか?むしろ夫婦?
「うまいな。ロイスが食べさせてくれたから8倍美味い」
「もー、またそんなこと言って」
私は女性を口説くうまい言葉が考えつかないため、ロイスに対しては本音をペラペラ話すことに決めたのである。現にロイスはイヤそうではないし、多分これが正解だ。変に気取ったりお洒落な口説き文句を考えたりするよりは、素朴なロイスにはこれがいいのだ。
「ここからミサカツキまではどのくらいかかるんでしょうね。近くに宿屋がないならここらへんで一泊してから向かってもいい気がするんですが。」
「そうだな……明確な位置は把握できていないから、街の者に聞いてみると良いかもしれないな。ここはそこまで極度の田舎ではないから、交番もあるし。」
「宿屋には馬小屋ありますかね?」
「さあな。だが朝に比べて少し曇ってきているから、屋根のある馬の置き場は確保しておいた方がいい」
会話の中で、今日はこのあたりの宿屋に泊まることに決まった。ここは「もう二部屋しか空きがないんですよ」なんて展開を期待したいところだが、まあ二部屋なら私とルドガーが同室になりそうだし結局なんの得もない。これだから護衛付きの旅はイヤなのだ。まあ、田舎だから宿屋もガラガラだろうが。
「ルドガー、私たちは二人で少し歩くが街からは出ないからついて来るな」
「ええ?うーん……わかりました。でも逃げないでくださいよ」
「分かっている」
ロイスがそうなんですか?というような顔で私を見てくるが、私はロイスの手を引いて店から出た。ロイスは、手を繋ぐといつもかすかに手が震えている。人と手を繋ぐのに慣れていないのだろう。私だって別に慣れているわけではないのだが。
「わ、私の手汗ばんでませんか?」
「何ともない。仮にそうだとしても私は肌が乾燥しやすいからちょうどいい」
「その気の遣い方は微妙ですよ」
「そうか?」
難しいものだ。その後、しばらくの間私はまたロイスと二人でデートした。街を見て回ったり、風景を見たり。国について話したり、私の家の周りの特徴について話してみたり。ロイスは、いつも感心した様子で私の話を聞く。学校に行かせてもらえなかったから、色々と知らないことが多いのだそうだ。
宿屋を決めてミサカツキへの距離を尋ねると結構近くまで来れていたようだったが、やはり明日の朝早くに向かうこととなった。夜に行って万一、森に拒まれたらまた野宿することになってしまうからだ。未知の森に不用意にくらい時間に連れて行って、ロイスを危険な目に遭わせたくはないし。
「まだ少し早いですが、おやすみなさいアート」
「おやすみロイス」
ロイス、求婚を断るのならもっと不愛想な顔をしろ。楽しかった!というような笑顔が表面に漏れてしまっているぞ。私はロイスにつられて笑顔になってしまった。早く家に持って帰りたいものだが、何か彼女の根本にある精神的な問題を解決しない限り、それは難しそうである。今の私は化石を発掘する考古学者のように、少しずつ土を削ってロイスの心を丁寧に取り出しているのだ。
「アーチボルト様って結構な奥手ですよね」
「うるさいぞルドガー」
余計なことを言うんじゃない、全く。私は純粋な恋愛を楽しみたいタイプなのだ。
明日はどうなるかなあと考えながら、私は部屋の窓から下の馬小屋を見る。屋根で下は見えないが、なに、結構上等な馬小屋があってよかったじゃないか。ロイスに余計なことを言うのでレオンは気に入らないが、馬になってしまった人間ならばあまり動物扱いするのも気が引ける。背中に乗る時は平気で乗るが。
「あ」
ふとポケットに手を突っ込むと、ロイスがデート中にくれた飴玉の包み紙が入っていた。
……記念として畳んで、大切にとっておこう。収集癖も我が家の専売特許なのであった。
明確な理由はないのに、なぜか好きになってしまうこともある。というお話でした。
次から森に侵入です。




