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パッカパッカ。
ヒューイとルートくん、そしてレオンさんの、乾いた地面に足を置く音が心地よく響いていました。不服そうだったレオンさんも案外すぐ状況を受け入れたようで、上にアートを乗せたまま平然と歩いています。こうしていると完全にただの馬です。
「分かってらっしゃるとは思いますが、人前では引き続き喋らない方向でお願いしますね、レオンさん」
「当然だ。面倒ごとはごめんだからな」
あなたの存在が面倒ごとなんですけどね、とは言いません。気の毒ですからね。でも、これ以上の面倒ごとが起こることなんてそうそうないと思うんです。
例えば、今すぐに森から大量の山賊とかが出てきて、馬と金品を置いて立ち去れ!とか言って襲いかかってきたらそっちのほうが面倒ごとですけど、まず起こりませんし。
この国って意外と治安いいので、山賊とかは余程の山奥とか田舎じゃなきゃいないんですよね。そう考えると、私の住んでいた田舎町の田舎レベルなどまだまだです。50レベルの田舎というところでしょうか。え?最大で100レベルですよ。知りませんけど。
しかし、その点で行くとここらへんは結構栄えた街の端ですから、通行人が気付けば即通報。即騎士団が飛んできて即逮捕です。
逮捕されたら最低5年間、最大30年間ほどの強制労働に従事させられ、戦争や事故以外で意図的に人を殺した者なんかは即死刑です。あ、余程の理由があれば減刑の場合もありますけど。でも、そこまでのリスクを犯してまで盗賊やら山賊になる人なんて、まあまずほぼいないですよね。昔話の悪役とかにはよく出てくるんですけど。
「ロイス様はご家族とは不仲だったとおっしゃいましたけど、ご家族は本気で慌てているようでしたよ?」
あ、そういうところ突っ込んじゃいますかルドガーさん。家庭にはふかーい事情を持った人だっているんですよ。特に結婚間近に家出なんてする家の子どもなんかには。
「金蔓が逃げたから慌ててたんでは?」
自分で言ってて虚しくなりますね。悲しくはないんですけど……
「でも、なんか事情があってどうしても1ヶ月以内に戻って来させなきゃいけないんだって言ってましたよ。よくわかりませんけど」
「1ヶ月?なんかあったかなあ……だって私、本来なら今日アートの家に行く予定だったんですよ?今日までに、なら分かりますけど1ヶ月以内って。心あたりがありませんね」
「単純に娘だから帰って来てほしい……わけではないか。君を酷く扱う家族だ」
「アートは私のこと完全に信じるんですね。私の家族に会ってもいないのに」
「え?会ったぞ。結婚相手の両親に挨拶するのは常識……いや、この世界では常識ではないが礼儀だと思って。一応、娘さんをくださいと言いに行ったんだ」
「え!?」
私は驚きましたが、不思議なことでもありませんよね。ノーヒントで丘まで来るよりは、家に行って家族などに私の所在を尋ねるほうが、相手を確実に発見できますから。両親が私の普段の行動を把握しているとは思いませんが。
「姉のシャーロットにも会いました?」
「ああ。一応」
「かわいかったでしょう?」
あ、別に僻み根性とかではないんですよ。単純に不思議なんです。運命を感じたからみたいなフワフワした理由で私を選択したようですけど、普通なら愛想がよくてかわいい姉のほうがいいなあって思いそうなものじゃないか、と思っただけでした。実際に会ったのならばなおさら。
私の言葉に、アートは少し微妙な表情をしてから話をはじめました。馬に乗って歩きながらなので、声が微妙に揺れています。
「私は、普段周りからチヤホヤされてかわいいと言われまくっている生意気な年齢の子どもが〝お前も俺を可愛いと言え〟というような期待を向けてくる様子が嫌いなんだ」
「はい?なんの話ですか?」
「そうなると私はなんとなくむかつくので、その子どもを完全に無視する。そういった現象と似たイラつきを感じさせる姉だったな。君の身内に対して失礼を言ってすまないが。」
それ、あなたがイラついてるだけじゃないですか?現象っていいます?
「全然分からないですけど、とにかく気に入らなかったんですね。姉に好印象持たない人は珍しいんですけど……」
大抵の男性は姉にメロメロですからね。いえ、それは少し語弊があるかも?格下の貧乏な男爵家の令嬢なのに美人でかわいいから、手頃だからゲットしたい!!という男性が後をたたないのかもしれません。それでも姉がモテモテだということに変わりはありませんが。
「それだ。〝みんなそれを良いと言うのに〟というやつだ。私がそんな子ども全然可愛くないと思っていても、かわいいじゃないですか!人の心がないんですか?!というような扱いをしてくる者がいる。私はその子どもを全然可愛いと思わないのに。みんな本当はかわいいと思ってないんじゃないのか?嘘ついて子どもの親に媚を売ってるだけなんじゃないのか?」
「具体的すぎるでしょ!なにか子どもに嫌な思い出でもあるんですか?!……でも、私の家は貧乏なので、私とシャーロットの両親に媚を売っても一銭にもならないと思いますよ」
「じゃあなんでだろうな。ルドガーは会ったか?」
だから、普通にみんなシャーロットに恋するんですって。
「私は妻以外の女性をそういう目で見たことはないので。シャーロット様の顔は忘れましたが、別に感じ悪くはありませんでしたよ。よく覚えていませんが」
ルドガーさん、きっと奥さんとはラブラブなんでしょうね、微笑ましい限りです。奥さんがいるのにこんな旅に付き合わせてすみません、本当。それにしてもシャーロットがここまで相手にされないとは。ここにいる人には、ですが。
レオンさんは案外、見た目で気に入ったりするかもですけど。でも、私の見た目を気に入ったとか言ってたので気の強そうな女がタイプなのかも?私は気が強いわけじゃありませんが。
「ロイスの家族の話は振るなルドガー。ロイスも嫌な事を思い出す上に私はなんとなくムカつくから」
「そうなんですか。以後気をつけます」
そうそう、せっかくの平和な旅にわざわざ嫌な事を思い出したくないですからね。私の事情を知らないレオンさんもなんの話だろうって思っているのか黙ったままですし。
「ミサカツキっていう街の魔術師って、どこに住んでるとか、知り合いに居るとかいった心当たりはあるんですか?」
「ミサカツキは、大きい森にぐるりと囲まれた小さな街だ。街というより村と言ったほうが良いくらいかもしれない。いや、村よりも人数が少ないかもな。話によれば全体で十数人しか住んでいないらしい。同時に、ものすごく特殊な街でもある。」
「十数人しか住んでなくて森に囲まれてる時点で十分特殊な気もしますが……」
というかそれ、そもそも街って言えるんですか?大人数が森に住んでるというだけなのでは?土地の名前、ということなら分かるんですけど。
「ああ、いやオカルト方面に特殊な街なんだ」
「またそういうのですか」
でも、魔術師がいるからという目的で行くわけですから、そこは仕方ないところですよね。深く考えないことにしておきます。
「理由や用事がある者や、土地の魔術師たちに認められたものしか街の中には入ることが出来ない。」
「魔術師たち、って魔術師は複数人いるんですか?」
「話によればそうだ。魔術師たちに拒絶されれば、森に入ってもすぐに元の場所に戻ってしまったり、時には数日出てこられずに彷徨う者たちもいるらしい。好奇心だけや魔術師を利用して金儲けしようとする者なんかは絶対に入れないらしい。よって、ミサカツキは通称、迷いの森と呼ばれている。国もあえて手出しをせず、おおやけにもしない。」
「えー?!それ、私たち入れるんですか?!」
認められた者って、魔術師さんたちはどうにかして森に入る人を監視でもしてるんでしょうか?どうやって入れてあげたり追い出したりしているんでしょう?こう、やっぱ魔法とかで結界なんかを張っちゃえたりするんですかね?ファンタジーでワクワクしちゃいます。森から出られなくなったら怖いですけど。
「この馬が居れば魔術師はすぐ分かるんじゃないか?私もいるし」
「アートは何か入れてもらえるアテがあるんですか?」
「うちの家系は特殊だからな」
アートがにっこりと笑ってそう言いました。行ったことが無いのに入れる自信があるなんて、きっとなにかもっと明確な事前情報を持っているのかもしれませんね。なんだか聞いても理解できそうにないので質問せずにおきますけど。
「でも、今日は途中に泊まれるところに着けますかねえ。私のせいで公爵様を二日以上も野宿させるのはイヤなんですけど」
「遠征中なんかはテントや外で雑魚寝なんてこともありましたし、平気ですよ。」
「そうだぞロイス。私は君が野宿することのほうが嫌だ。私が居るから絶対安全ではあるものの、女性なのに」
「アハハ、絶対安全ならいいじゃないですか。とにかく急ぎましょう」
ミサカツキに着くまでは距離があるようなので、民家か軽い宿屋とか店の並ぶ場所くらいあると思います。お腹もすきましたし、非常食をそんなに消費したくないので、お店でご飯食べたいんですよね。というか、レオンさんには悪いんですけどルートくんのほうが乗りやすいのです。私は、ルートくんの綱を持って早く走ってもらうことにしました。
レオンさんだっていい馬だと思ったから選んだわけですけど、馬歴はまだ1か月ちょっとですし、本当の馬であるルートくんには敵いませんよね。レオンさん以外の馬は大体が本当の馬ですけど。プロには敵わないんですよ、やっぱりね。プロの馬ってなんだか分かりませんけど。
「あっまて!レオンお前とっとと走れ!」
ようやくアートがレオンさんを名前で呼びました。
「言われなくても走っている!!俺に命令するな!!」
「喧嘩しないでくださいよお二人とも、ロイス様いい加減めんどくさがってますよ」
言い争いながら慌てて皆さんがついて来るのですが、慌てなくても私がちょっと急いだ程度の速さなら、馬に乗り慣れたあなたちはすぐ追いつけると思いますよ。
風が顔をどんどん吹き抜けていく感覚が、感じたことが無いくらいに楽しくて不思議でした。
「楽しいか、ロイス?馬に乗るのがやっぱりうまいじゃないか!」
笑ったような慌てたような顔でそう言ってきたアートがなんだかおかしくって、私は自然と笑ってしまいます。
「あはは、楽しいです!アート、やっぱりあなたって変な人!」
「君も変だ!お似合いじゃないか?結婚するか!」
「しません!」
今日も私は、さりげないアートの求婚をお断りしてしまいました。
そうしてまた、ミサカツキへ向けて、私たちは馬に乗って駆けてゆくのでした。




