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いくつもの目が、こちらを見ている気がしました。同時に、酷く息苦しい感覚も。


正しくはそれは目というよりも、ただ「視線」だと言ったほうがいいのかもしれませんでした。それらが私を責め立てるように、何かをしかりつけるように、いつも私を見ているのです。顔は覚えていませんでした。誰の目なのかは分かりませんが、それらは等しく私を憎しみに満ちた視線を向けてくるのです。


なにか罪を犯した覚えはないというのに、その視線に慣れ過ぎて、いつしか私は自分が悪い人間なのだと認識するようになっていったのです。だから、少しでもマシな人間になろうと、少しでも人に好かれるような人間になろうと思った時期もありました。


でも、どうやったってみんながみんな私を嫌うのです。私はこの世に一人きりなんじゃないかって思えるくらいに孤独を感じていました。でもそれも、冬に窓が段々凍っていくみたいに気づかないうちに、自分の中で普通のことになってしまっていたのです。


お母さまが私を嫌うのは当たり前。髪が黒い私が悪い。

お父様が私を罵るのは当たり前。怒らせないようにもっと気をつけない私が悪い。

お姉さまが私を見下すのは当たり前。みんなに馬鹿にされる私が悪い。

使用人が私の服をゴミ箱に突っ込むのも当たり前。管理していない自分が悪い。


服屋の娘さんのアイリは私の唯一のお友達でした。大好きで、大切な人です。


でも、当然アイリにとっての私は唯一の友達じゃない。アイリにはほかにもたくさん友達がいました。明るくていい子だから、私と違っていくらでも友達ができるのです。


私は誰の一番にもなれないし、それが当たり前でした。誰かに自分を特別に思ってもらえる日が来るなんて、思ってもみなかったのです。それも、その相手が自分が覚えてもいない小さい頃に会ったきりの男の人だなんて。


でも、優しくされて幸せに思えば思うほど、私を嫌う、憎む、軽蔑する視線が毎晩どんどん強くなっていくのです。これは、きっと私が自分にかけてしまった心の呪い。


アートの言った通り、呪いは存在するのです。


ああ、どうか、どうか、そんな目で私のことを……


……


……


「ロイス?ロイス、起きろ」


「……?あ、ああ、アート」


私は、アートに肩を揺さぶられて目が覚めました。結局アートはそのまま私の寝ていた近くの木に寄りかかって寝たようで、髪に少し木の皮がくっついてしまっています。私はそれをぼんやりと眺めながら、アートはどうして私を起こしたんだろう、もう7時を過ぎてしまったのかな、なんて考えていました。


「酷くうなされていたぞ」


「……あ。すみません、ありがとうございます」


もしかしたら、私の寝言がうるさくて起きてしまったのでしょうか?だとしたら申し訳ないです。


「君が心配だ。大丈夫か?」


「……いえ、あのちょっと悪夢を見て」


心の底から心配してくれているのでしょうね、この人は。こんなことを言うのは変ですが、目を見ればそれが分かる、という感覚なのです。この人は、本当に間違いなく私を心配している。そう思うのです。


「よく眠れなかったなら、もう少し休んで昼から出るか?」


アート。あなたのせいなのです、きっと。あなたが私をそんなに優しい目で見つめるから。自分が、本当はあんな風に扱われるような人間じゃなかったんだって、特別な人間なんだって錯覚してしまいそうになるのです。あなたが、私を大切で仕方ない、みたいに扱うから。私のために死ねるなんて言うから。


「……あの、私は大丈夫なので!どうします?予定通りにクライアドネスへ向かうか、えっと……この国にも魔術師や呪術師が居ると言っていましたよね。そういう人が住むところへ……」


私が慌てて起き上がってそう言うと、アートは私の手をとってまた心配げに私の顔をのぞきこみました。この人は話をするときにいちいち手を握ってくるので、ボディータッチに慣れない私は人間の体温に動揺して

より一層言葉が出てこなくなってしまうのです。まだまだ慣れませんとも。


「ロイス。顔色が悪い、どんな悪夢だったんだ?」


ああ、ちょっと勘弁してください。顔が近いですって。なんかいい匂いするし。お花の香りみたいな。香水とかつけてるんですかね?分かりませんけど、あ、なんかごく自然に体臭を()いでしまってすみません。


そんなふうにしてアートに迫られて困っている私を見かねたレオンさんは、鼻っ先でアートの体を押しました。でもアート、一ミリも動きません。馬って結構力が強いと思うんですけど、レオンさんに続けて頭で思いっきり押されてもやはりアートはその場から微塵も動かされませんでした。すごい、しゃがんだ地面についている二本の足の裏が地面に引っ付いてるみたいです。レオンさんは動かないアートに少し動揺したような顔をしてから押すのをやめ、言葉で説得する姿勢に入りました。


「お、おい。本人が大丈夫と言ってるんだから余計な気遣いはやめろ。手を離してやれ」


「馬は黙っていろ」


「なんだと!!」


「お二人とも、ロイス様がより一層疲れてしまいますから言い争いはやめてくださいよ」


ありがとうございますルドガーさん。苦労人体質というか、バランスよく人間関係を取り持ってくれるかんじの人なんですよね、ルドガーさんは。アートだってつい最近まではものすごく真面目でいい人で立派だと思っていたのですが。きっと、ルドガーさんという身近な人が一緒に居ることで気分がリラックスして甘えてしまってるんですよね。レオンさんには異常に喧嘩腰な気がしますし。


「手を繋いでいるのはわけもなくやっているわけじゃない。ロイスの疲れを吸収してるんだ」


「そんな馬鹿な言い訳があるか」


「そうですよ……ってあれ?」


なんだかめちゃくちゃ体調がよくなってきたような?心なしか心も軽くなった気が?いや、気のせいですよね?でも眠気もすっと消えましたし、この人、なんか常人離れしたなにかを持ってる気がしますし、本当に疲れを吸収できるんでしょうか?そんな馬鹿な。そんなことを考えているうち、アートがふうーっと息を吐いて私の手を離しました。


「よし。顔色が回復してきたな」


「ちょっと待ってくださいよ、本当に疲れを吸収できるんですか?すうーっと心が軽くなったんですけど」


「それが恋だ、覚えておけロイス」


絶対違うと思うんですけど……なんかもっとこう、物理的な。


「アーチボルト様の特技ですもんね、手を握った相手をなぜか元気にさせるという。戦争中も軽傷の兵はすぐ治ったり」


「そうなんですか?!なんですかそれ?!」


非科学的な現象起こりすぎ、というかアートの存在がどんどんファンタジーになっていきます。


「相手の怪我を吸収してるだけだから、重傷のものは治せない」


へーそりゃ不便ですね、私の疲れも今吸収したなら疲れちゃいましたかね?って、そんな話じゃないでしょう!!


「やっぱ超能力者じゃないですか!!普通なんですか?!そういう能力ある人って!!」


「まさか。エインズワース家は王家にも認められた〝不思議一家〟ですから。」


「どういう扱いなんですかそれは?!」


吸血鬼とかとはまた違った謎の種族じゃないですか。いや、何かが目に見えて変わったわけじゃないので疲れが取れたというのも私の主観ですし、あくまで気は心みたいなことなのかもしれませんけど。でも、なんだかアートの顔色が悪くなった気もしますし。


「大丈夫ですかアート?顔色が」


「なんだか悲しい感じがする。ロイスが悲しかったからか?」


「え?私は別に悲しくないですよ……」


「おい、なにずっとグダグダ話しているんだ。目的地が決まったらロイスは俺に乗れ」


「レオンさんてなんで上からなんですか?助けてもらってる側ですよね?」


「ロイス様、無表情でそういうことを言うと角が立ちますよ」


「待て」


私がレオンさんに近づこうとすると、アートが私の肩をつかんで止めました。


「ああ、そうですよね。目的地どうします?」


「目的地は魔術師が住むというここから西の街、ミサカツキだ。この森は通らない。ここをずっと西に行くとまた森があるから、そこの向こうだ。」


「西というと……あっちですか?」


私が森に対して左側を指さすと、アートが私の手首を掴んでそのまま右側に向けました。


「いや、あっちだ。」


あ、そうですか。なんか恥ずかしいですね、ハハ。


「問題はそこじゃない。馬王子には私が乗る」


「いいですけど、なんか仲悪そうじゃないですか」


何を言い出すのかと思ったら。でも、レオンさん嫌がるんじゃないかなあ。私は乗っていいって言われたからいいんですけど。


「馬とはいえ人間の男だった者の上に女性である君が乗るのは倫理的にナシな気がしてきた。君は私が買った馬に乗れ」


なんか想像しちゃうから嫌なこと言わないでくださいよ……と言いたいところですが、言われてみればそんな気もします。大体、ここに来るまではそれを知らずに乗ってたわけですしね。


「なんだと?俺はお前など乗せないぞ」


「なら私はロイスとルートに二人乗りしていく。お前は荷物を持て」


あ、黒いお馬さんに名前を付けたんですか。ルートくんですね。いいじゃないですか、二人乗りは恥ずかしいですけど人間(うま)に乗っていくよりはいいような気もします。


「なんだと?くっ……仕方ない、さっさと乗れ」


あはは、なんですかなんですかレオンさん。そんなに私が好きですか、苦しゅうないですわよ、オホホ。馬だけど。


そんなこんなで、そこからの旅路は私がルートくんに乗り、アートがレオンさんに乗っていくことになったのでした。二人が言い争っている間も黙々(もくもく)とテントや寝袋を片付けて火の後始末をするルドガーさんは、なんだか冷静そのものでお母さんみたいです。あ、私のお母さんは物の片づけなんてしませんでしたけど。イメージです。


「わあ、すごい!いい天気ですね」


「そうだな」


「そうだな」


「そうですね」


私たちはそんなこんなで、ここから西、ミサカツキという街へ向かうこととなったのでした。




ほとんど何も進んでない回でした。次から呪い解く旅編です。仲間もどんどん増える予定です、多分。

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