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人の親が死んだ話は、なんだか私が聞いちゃっていいのかなあと不安になります。だって、私は自分の両親にさしたる思い入れがないのですから。大好きだったお母さんを失った話とか、幸せな家族に起きた悲劇とか、私には共感する能力が足りないのです。だから聞いても上手く言葉が返せるかどうか?
「魔術師であった俺の母は、俺が15の時に死んだ。正しくは、王の手の者に暗殺されたんだ」
「自分で側室にしたのにですか?」
だって、小さい島だしそんなに懐古趣味の王様なら、他国の人を積極的に嫁にとりそうにないのに。そんなに血統にこだわるなら、自国の女の人とばかり結婚すればいいんじゃないでしょうか?
「そうとも。俺の髪が赤かったから、という理由だ。」
髪の色ってそんなに重要でしょうかねえ、まあ、私に言えたことじゃありませんけど。
「生まれた時から髪は赤かったんですか?」
「ああ」
「じゃあ、なんであなたが15歳になってから殺されたんですか?」
髪色に腹をたてるなら、生まれた時とか、髪が生え出した時とかにもう殺してしまいそうなもんじゃないですか。というか、赤毛の子どもを産んだから殺すってだけでもめちゃくちゃな話ですけどね。なんとも前時代的というか、いえ、めちゃくちゃ古代みたいな。
「王はいつも俺とアリアを差別していた。アリアの誕生日は国をあげて祝い、私の時には祝うどころか祝辞すら述べなかったほどだ。俺の15の誕生日、母は王に、俺を酷く扱うのはやめてくれと言った。」
「王様がそれに腹を立てて?」
「さあな。だが、母の死体は俺の寝室で見つかった。何者かに刃物でめった刺しにされて」
そんな、めちゃくちゃハードな話をされると困ってしまいます。もっとマシな殺し方なかったんですかね?怖いし。王様はレオンさんのお母さんが嫌いだったんでしょうか。
「あなたが魔術師のお母さんからその加護とかいうのを受けたのはいつなんですか?死ぬ前?」
「誕生日に日付が変わったばかりの時、母は俺に、おそらく母は今日死ぬだろうと予告してきた。そして、俺の右腕に深く、魔術を込めた刺青をいれた。それはもうすごい激痛だったが、そのおかげでいま生きていられる」
「じゃああなたのお母さんは、死ぬ覚悟で王様にあなたの状況改善を言い渡したんですか?」
要するに、これからお前の待遇を改善するように王に進言する、それによって自分は死ぬと告げたわけですね。お母さんが、15歳の息子に。
「そうだ。実際、その頃の俺は貴族たちにも髪色で遠ざけられていたからな。アリアの弱さが露呈するたび、王族や貴族たちの俺を見る目も変わっていったが」
魔術師で息子に守りを授けられるくらいなら、自分の身も守れそうなものだと私は思うのですが。
「死ぬ直前に息子に守りを……そういった話は本か何かで読んだことがあるな、たしかハリーポッ……」
「空想の話と比較するな。俺の母は本当に殺されたんだ」
そうですよアート。あなたがレオンさんを気に入らないのは分かりますし、たしかに非現実的な話ではありますが、レオンさんの話が本当なら気の毒なことです。
「お母さんは自分の身は守れなかったんですか?」
「母は、王や王の命の者に殺されるならそれが運命だろうと言っていた。なにより、母はそれでも王を愛していたからだ」
「自分の子どもがそんな扱いを受けているのに?」
自分の子どもが人から罪もないのに酷いことを言われて酷い扱いを受けているのに。それが、子を愛すべき父親であるのに。他人のことながら、そんなのはおかしいと思いました。自分の両親にはそんなふうに思ったことがなかったのですが、人の話だとなんだか腹が立ってしまいますね。レオンさんの母親、自分に酔いすぎ、恋に溺れすぎじゃないかとか思ってしまいます。
「恋とはそういうものだ。どうにもならないことだってある」
「……そんなもんでしょうか」
「そんなものだ」
「あなたはお母さんが殺されるのを止めようと思わなかったんですか?」
まだ18の私が言うのもなんですが、15歳といえば、まだまだ精神的にも子どもだったと思います。お母さんに死んでほしくないとか、助けようとか思わなかったのでしょうか?
それにレオンさんが今何歳なのかは知りませんが、なぜレオンさんのお母さんはそんなタイミングで王様に物申したのでしょう?誕生日が母親の命日だなんて、かわいそうです。なんだか、身勝手に感じてしまいます。
「思わなかったな。母が自分で考えて自分で決めたことだ。そうなる運命は変えられない」
でも私は王族でもなんでもないので、お金持ちの高貴な人たちの考えることなんてわかるはずもないのかもしれませんね。
「お前も、お前の母親も愚かだ」
「そうかもな」
レオンさん、アートの辛口発言にも案外寛容ですね。でも、私もここはアートに賛成です。愚かかどうかは分かりませんが、私なら同じ行動はとらないでしょうね。きっとアートでも。
「お前が国に戻って、アリアとやらよりも上手く国を治められるのか疑問だな」
「アリアさんは寝たきりなんですよね?ならアリアさんよりは上手くいくんじゃないですか?アート、感じ悪いですよ」
と、私はレオンさんをいじめるアートにちょっと噛みついてみます。
「……ロイスはこいつの味方か?」
「いやいやいや!子どもですか!この人、普通に気の毒じゃないですか!」
アートが謎の嫉妬を発症して私にじとっとした目を向けてきます。でも、弁解するのもおかしくないですか?私はこの人のプロポーズを断ってここにいるわけですし。嫌いだとは確かに言ってませんけど!逆ギレってもんですよ、それは!
「気の毒だと?俺の生い立ちについて同情なんかをしているのか!ロイス!!」
レオンさんが少し怒り気味に立ち上がったので、私は少しビビりながら後ずさります。まあ、馬に蹴られると最悪の場合死にますからね。すかさずアートとルドガーさんが剣と槍で私の前にバッテンの壁を作りました。めちゃくちゃ守ろうとしてくれて嬉しいことは嬉しいんですが、怒ってたとしても何もしないと思いますよ、この人。まず間に焚火を挟んでますしね。
「生い立ちじゃなくて馬にされたことに同情してるんですけど……」
「これだけの話を聞いておいてそこなのか?!そこに同情したのか?!」
「同情されたいのかされたくないのかはっきりしろお前は」
お母様についてとか後継問題とか、そういうのは他国の貧乏男爵令嬢には無関係ですからね。なんだか遠い話すぎて実感も沸きませんし、なんというか、冷たいようですけれど、おとぎ話を聞いているような感覚なのです。レオンさんもレオンさんのお母さんも私とは全く違った感性をお持ちのようなので、共感もそんなにしませんし。悲しい話だとは思うんですけど。
「腐っても俺は王子。同情心からの協力者などに手を貸してもらう気はない」
あらあら、めんどくさいこと言いだしましたよこの人。腐るどころか馬になってるじゃないですか。というか、今の話で同情以外に手を貸す理由ってあります?なんて悪い呪術師だ!一緒に復讐してやる!ってなると思ったんでしょうか?無理ですよ、私、無気力な一般人ですし。戦えませんし。
「あなたは協力者を選り好み出来る状況なんですか?一か月待ってようやく私に決めて話したんでしょう、運命がどうこう言ってたじゃないですか。私は馬を本物の馬と変えてもらうため、あなたは人間に戻って国に帰るためにお互い協力しあいましょうよ。」
レオンさんには主に馬を買う金を出すという〝協力〟をお願いし、私は彼が人間に戻れるよう最大限のお手伝いを心掛けようと思います。協力する話になったらですけど。
そう、私はにとっては馬が馬じゃなかったことが1番の問題でした。相手が馬の人であった場合、物を持ってもらうにも上に乗るにもいちいち気をつかってしまいますし、王子様に荷物を持たせている事実にも疲れます。加えて彼が居るとアートがなんとなく不機嫌ですし、とはいえ私は全財産の6分の1ほどをこの馬の人に使ってしまったわけで。
「ふん。俺は王子だ。相手くらい選り好みする。」
あなた、さっき「俺が人間に戻ったら嫁に貰ってやる」とかいうようなこと言ってませんでした?
「自尊心が高いのか知りませんけど、そこの木に無理矢理あなたを括りつけて立ち去ることだってできるんですよ。」
面倒になって私が普通の脅しをすると、レオンさんの表情が心なしか不安そうになってしまいました。でもまあ馬なので、表情の機微は読み取れないんですけどね。
「……や、やはり俺が選んだ女なだけあるな。気に入った、俺に協力しろ!よろしくロイス」
「お前はそれでいいのか……」
あっさりと意思を覆したレオンさんに、アートが少し呆れたように言いました。レオンさんが良いと言ったんですからもう掘り返さないでください、争う時間は無駄なのです。
「ロイス様は優しいようで冷たいですよね」
「なに言ってるんですがルドガーさん。そんなことないですよ」
私は常温なのです。冷たくも温かくもなく、冷血ではなく人並みの同情心はある、ごくごく普通の年頃の女の子なのでした。でも、私だって突然馬にされて見知らぬ土地に放り出されたら不安だと思います。レオンさんだって意地張ってても不安で怖くてたまらないに違いないんです。知りませんけど。
「そうと決まればとにかく、ロイスは俺が守るからお前は離れて寝ろ。」
「なんだと?馬ごときに愛する者を守れるものか」
馬ごときに愛する者を守れるものかって、すごい言葉が出ましたね。一般的な日常会話では発生しませんよ、そのセリフ。
「というか、お二人とも何と戦おうとしてるんですか?」
結果的にもうルドガーさんがテント近くに寝袋のようなものを敷いて準備してくれたので、今夜はありがたくそこで寝ることになりました。だから狼なんて寄ってきません。よって守ってもらう必要もありません。アートにはテントで寝るように再三言ったのですが聞く耳持たないため、誰にも入ってもらえないテントはただ寂しげにそこに立っています。私が寝てもいいんですけど、なんだかそれもアートを外に寝かせてると思うと嫌というか。
「私、ルドガーさんの横に寝ます」
「なんでだ!!」
アートはそう突っ込み、レオンさんはヒヒーン!!と鳴きました。もうこれ完全に馬じゃないですか。
「皆さんもうかなり暗いですから眠ってくださいよ、どこで寝てもいいですから」
時刻はもう10時を回っていました。夜早めに寝て朝早く起きたほうがきっと得策ですし健康にも良いですよね。私は寝袋をルドガーさんが座っている横あたりに引きずって入ると、ルドガーさんに背を向けて眠ることにしました。アートは文句を言いながらも私のすぐ近くの木に寄りかかって眠る体勢に入りました。
レオンさんは私の2メートル向こうくらいに座って目を閉じています。なんだか圧迫感があってあまり寝心地が良くないですけど、野宿なんて人生初で正直わくわくしていました。ルドガーさんはいつ寝るんでしょうね、見張りって言っても。途中で起きれたら見張りを交代して差し上げようと思います。
「おやすみなさい」
「おやすみ、ロイス」
「おやすみなさい、ロイス様」
「ブルル」
おやすみに一人、馬が混じっていたのでした。
読んでくださってありがとうございます!なんかランキングに載ってて驚きました!スゴい!




