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がたん、ごとん。


相変わらずよく揺れる荷馬車の後ろ、何故だか私の隣には公爵様か腰かけています。


「あのお……どうなさるおつもりなんです?」


私は、隣に座った公爵様に情けなくも小さい声で語りかけます。


「どうとは?」


さすがに先程私に転ばされたのを怒っているかな?と思ったのですが、案外公爵様の機嫌はよろしいようで、優しげな笑顔の彼を見て私は言葉に詰まってしまいました。


彼は私と荷馬車のおじさんに公爵だと名乗ったあと、荷馬車に自分も乗せてほしいと言い出したのです。困惑する私を横目に、交通費として金貨を出そうとしだして、荷馬車のおじさんは慌てて「タダで良いですよ」と公爵様の同行を許可しました。なんでも金で解決しようとするのが金持ちの悪いところですよね。やだやだ。


彼はアーチボルト=エインズワースと名乗っただけでしたが、エインズワース家といえば国内で1、2を争う名家です。国内に知らない人はまずいないのです。


それとエインズワース公爵家の人は、寿命が長い事で有名でした。美形が多くて寿命が長いので、吸血鬼の一族なんじゃないか?なんて噂もあります。


噂では、何代か前に120歳まで生きた夫婦の死ぬ直前の見た目の年齢が、60歳程度にしか見えなかったのだとか。この国の平均的な寿命は、医療が比較的進歩した今も70から80くらいですから、120歳はかなりの長生きだと言えるでしょう。私みたいなのだって、80にもなればしわしわのおばあさんになってしまうに違いありません。


そんなわけで、このアーチボルトさんもかなりの美形でした。すごい血の力を感じますね。生まれながらにして美しい人にはとても敵いません。でも、結婚相手がすごく長生きなら自分の死に際を見送ってくれるから心強いかも?いえ、そんなことはどうでもいいのです。


王家との関わりの根強いエインズワース家の出身には王家の側近にもなる人も国軍の元帥や大将になる人もいますし、ともかく有名でした。この人だって公爵なのですから、国の政治に直接関わる事もあるでしょう。忙しいと思うのですが。


そんなとんでもない高位の家の人から求婚されたのに名前すら覚えていなかったなんて、私は本当に結婚に興味がなかったんだなあと思い知らされます。それ以前の問題かもしれませんが。


「公爵様はお忙しいのでは?私について来ても楽しくありませんよ?」


率直な質問です。見たところ公爵様は小さいカバン一つしか所持していませんし、金はあるんでしょうが万全の準備を期して来た私とは装備が全然違いました。一泊二日程度の旅行なら身軽でいいかもしれませんが、私のこの長くなりそうな旅にどこまでついてくるつもりなのでしょう。というか、公爵様なのに護衛とか居ないのでしょうか。


「絶対に連れて帰る、と言っただろう?」


「はあ。いえ、そうではなくて……」


要領を得ない解答に、私はまた少し言葉に困ってしまいます。


「連れて帰るというのなら、力づくでとかいうことだと思ったのですが、気長に私の家出についてくるんですか?」


暇なのかもしれません、この人。


「君が家出するなんて、何かわけがあるはずだ。結婚をするにあたって、互いが互いを尊敬し、理解しあって愛を育むべきだろう?力づくで君を連れて帰れば君は仕方なしに私と結婚するかもしれないが、君の私への信用や信頼ははじめから地の底に落ちてしまう。嫌われたくはないしな」


何かわけがあるはずだなんて言われても、あなたが来たから反射的に、という側面が強いのです。そもそも知り合いでもないのに、どうして私の性格からそう推測するほど私を知った気になっているんでしょう?謎は深まるばかりです。


こういった場合の時は、私が覚えていないだけですでに私は彼に出会ったことがあって、何か私が彼に恩を売っていた、なんて展開が王道だと思うのですが。でも、こんなに綺麗な顔の人、一回見かけたら忘れないと思うんです。


「私とあなたは初対面ですよね?貴族の家同士のお見合い結婚なんて、仕方なしに、というのが大半なのでは?」


「私はお前を知っている。その話はまた今度しよう」


話の流れだし今さっさと話してください、とは言いませんでした。相手は公爵様ですからね。


この国でも一時期は恋愛結婚が主流とされていたようなのですが、新しい王様が即位してからは貴族のガッチリした縦社会が重視されるようになりました。なので今のこの国では、結婚相手を選ぶのも将来の身の振り方を考えるのも親や家の意向、というパターンが最も多いのです。


結婚に対して愛情だの信頼だの理解だのを求める人は少ないし、求めるにしても結婚してから作っていけばいいかな、というのが一般的な考え方なのでした。この公爵様は、公爵なのに変わり者のようです。


「具体的に私を説得して連れて帰ることができる算段はあるんですか?」


「さあな」


「では、私が一生あなたと結婚する気にならない場合、どうするんですか?」


「人生相談だ。カウンセリングだ。最終的にどうなるかなど考えてはいない。とにもかくにも互いの話をたくさん話し合い、相互理解を深めていくつもりだ。ロイス、君は結婚とはどんなものだと思う?どうすれば人は結婚するのだと思う?貴族は?平民は?」


大真面目な顔でなにを言い出すのでしょう、この公爵様は。真面目すぎるのか、変わり者すぎるのか。いずれにしろなんだか……そう、面倒くさい。


荷馬車は私の憂鬱を乗せたまま、なおも隣町に向かって進みます。


「貴族はお互いの家の発展のため、平民は……結婚しない人も居るみたいですし、するとしたら好きな人と一緒にいるため、でしょうか?」


「エインズワース家ではな、昔から相手のためになら自分は死んでもいい、と思えたときに結婚の意思を相手に伝えろとの家訓があるんだ」


「家訓ですか……」


急に重い話になってきました。その理屈で行くと、公爵様は私のためなら死ねると思っているということなのでしょうか?初対面なのに愛が重すぎて怖くなってきますから、思ってても言わないでもらいたかったですね。


「結婚にメリットがあるかないか、それも当然大切なことだ。でも、相手が平民だろうが獣人だろうが奴隷だろうが貴族だろうが王族だろうが、本気で相手を愛したなら絶対にそちらを選ぶ。それが我々だ」


「……なんというか、結構感情的なんですね。公爵家というとより権力を一番気にしそうなのに、個人の気持ちが尊重されてるというか」


「そうだな。それでも我が家は続いてきた。いや、命をかけてでも守りたい相手が居るからこそ、ここまで続いてきたのかもしれないな」


いい話風ですが、私については好かれる動機が思い当たらないので、その言い分は却下です。荷馬車の後ろでなんでこんな会話をペラペラ喋っているんでしょうね、私。


しばらく話した感じ公爵様は決して悪い人だとは思えないのですが、結婚する気にならないのも事実。家に帰りたくないのも事実。今帰ったら何を言われて何をされるか分かったものじゃありません。一度動き出した歩みは止めることができないのです。


「次はロイスの話を聞かせてくれ。できれば恋愛観について」


にっこりと微笑んだ公爵様に、私は小さくため息をついて話しはじめました。


「これは、私がまだ5歳ほどの頃の話なのですが……」



冒険開始、ついてくる公爵様。優しいけどどこかズレている……?

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