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あたりはもう真っ暗、でも港町どころか民家すら見当たりません。私は段々と焦りながら、馬を一度止めて2人の方を振り返りました。


「く、暗くなってきちゃいましたね……すみません、私が遅いから……」


「大丈夫ですよ、こんな時のための護衛ですから」


ルドガーさんはそうフォローしてくれましたが、アートはなんだか納得いかない顔でこう言ってきました。


「待て。その謝罪はおかしい」


「なんでですか?」


さらに手で謝るのをやめろと制止してきたアートに、私は首を傾げます。だって馬に初めて乗った私が先頭じゃなければ、今頃は港か、少なくとも民家にはたどり着けていたはずなのです。知りませんけど多分そうです。だから私の謝罪がおかしいというのは納得いきません。


「以前も言ったが、私は逃げている君についてきているという体裁をとっているわけだから、君が遅れようが火山に登ろうが海に潜ろうが、夜歩こうが朝歩こうが、それは君の自由なわけだ。私はそれについて行って説得するだけで。よって、君の歩みが仮に遅かったとしても、私に気を遣う必要は全くない」


「そ、そうですか」


流石に火山に登ろうとしてたら止めてほしいんですが、言いたいことはまあ分かります。それでも申し訳ないとは思うんですが。だって、そもそも私はこの人との結婚をドタキャンしているも同然なんですから。


「ロイス様、心配しなくても簡易テントを持ち歩いていますから、いざとなればそこで寝てください」


ルドガーさん、やけに大荷物だと思ったらそういう非常時に備えた物をたくさん持ち歩いていたわけですね。まあ、公爵様の護衛だからそれが普通なのかもしれませんが。


「家出してるのに結婚相手の家からそんな補助を受けるのは、それこそおかしくないですか?矛盾してると思うんですが」


「まあまあ!深く考えなくてもいいじゃないですか、こちらは説得してる側なんですからびへつらって当然なんですよ」


媚びへつらうとか言われるとなんか嫌なんですけど……でも、まあそうなんでしょうね。というか、本来なら男爵家の私から頭下げて結婚してもらうような家柄の人が、私なんかに下手に出てくること自体おかしいんですけどね。なんでここまで紳士的なんだか。


「うーん、そういうものでしょうか。あれ?なんか……森が見えてきたんですけど……?」


「クライアドネスとの街境まちざかいには大きな森があるんだ。狼が出るから夜は通らないほうがいいぞ」


「そうなんですか?!」


そういうことは先に言ってください!!……って、怒るのも変なんですけど……


昨日見た地図には、地形図などは載っていなくて大体の立地しか分かりませんでした。だから私は、経路に森を挟むなどとは微塵も思っていなかったのです。


うっかりです。距離があるなら森くらい想定できるだろうと思われるかもしれませんが、私はつい4日前まで田舎の実家の街からほとんど出たことがなかったわけですから、そんなの分かりませんし、仕方ないのです。だから勉強します、旅しながら……


「……ど、どうしましょう。えっと……」


私は実際のところ、できればアート及びアートの部下にも頼りたくはないのです。恩が出来てしまうじゃないですか。彼らが居なければ多分私は森の入り口あたりにでも眠るんですけど、彼らはテントに入ることを勧めてくるでしょうし、断ると気まずいですし。


テントは多分一つしかないのでアートに寝てほしいんですけど、この空気だと女性だからという理由で私が寝ることになりかねません。しかも最悪の場合だとアートと二人でテントに入ることを勧められる羽目になります。それだけは気まずいので避けたいですよね。


「……」


「……」


「……」


いや!!なんですかこの沈黙は!私は他人との気まずい空気が、ゴキブリの次に嫌いなんですよ!


「わ、私は森の入り口の大きい木あたりに座って寝ることにしますね。ちょうど毛布も買ってありますし」


私はとりあえずにこやかに微笑みながらそう告げて森のほうに馬を引いて歩きだしました。笑顔でごまかしておけば、大抵の場合は誰もそれ以上話を広げようとはしてこないものなのです。そこまで親しくない間柄ならなおさらです。


「そ……そうか」


その声に少し振り向くと、なんだかアートがちょっと傷ついたような顔になってしまいました。別にアートに襲われるかも!とかは微塵(みじん)も心配してないんですけど、単純に異性がすぐ近くにいる状況で落ち着いて眠りにつけないのです。私がです。


男性慣れしてないというか、こんなに長く話した異性はアートがはじめてなくらいですし。父親とすらまともに会話したことがないのです。そう考えたら別に母親ともまともに話したことはないんですけど。


「あの、テントでアーチボルト様と一緒に寝られては?結構大きめのテントですし、私が火の番をしますし……」


はいはい、ルドガーさんはそう言いだしますよね。あなたこそデリカシーがないんじゃないんですかね、勘弁してください。まるで私がアートの近くで寝るのを嫌がっているみたいになるじゃないですか。ある意味間違ってはいないんですが。


「いえ!雨も降ってませんし、今日は星を見ながら寝たい気分なんです。万が一狼が出たら逃げるなり死ぬなりするので心配しないでください」


「死ぬんですか?!心配しますよ!!」


そう、今日はすっきりと晴れて夜空には満天の星がちかちか。星がよく見えるのは寒い地方だからこそ、なんて聞いたことがあるのですが、この点だけはこの国に生まれて良かったなあといつも思います。まったく、綺麗な星空です。


「そもそも狼って見たことないのでよくわからないんですよね。戦えば勝てるかもしれないじゃないですか?勝てなくても私が死ぬだけですし」


「なんで怒ってるんですかロイス様?!」


イラついてるのがバレましたか。でもあなたにしか怒ってないのであしからず。アートは無罪です。


「でもロイス……私は何もしないぞ。まず屋外だしな」


屋外とかいう問題なんですか?!というところは置いておいて、やはり勘違いをされていたようですね。


「違いますよ!そういう感じに解釈するのやめてください!あなたみたいな立派な人がそんなことするとか思ってませんし、一切心配してませんから!精神的疲弊を恐れて距離を置いているだけです!」


これはこれで失礼な気もしますが、そういった誤解をされて自意識過剰だとか思われるのは多少不愉快ですからね。こんなに親切にしてくれているアートに対してそんな風に思っていると思われるよりマシなのです。


「一切心配してないのか?!求婚してるのに?!少しは心配しろ!!」


「なにかする気なんですか?!」


「私はそんなことしない!!」


「じゃあいいじゃないですか!!」


「……」


「……じゃ、とにかく私は行きますね」


なんだか喧嘩してるみたいですごく嫌なんですが、仕方ありませんよね。それにこれ、仮に私が狼に殺されたとしても仕方ないと思うんです。家出にアートがついてこなければ多分私はここら辺に平気で野宿していたでしょうし。って、昼間なら狼大丈夫なのかって感じですけど。


「待て。私も森の入り口で寝る」


わーもう、この、わからずや!この人のことちょっと嫌いになれたかもです!


「それじゃあ意味ないじゃないですか!!あなたは大事な身分の方なんですから安全なテントの中で寝てくださいよ!」


「お前もそのうち公爵夫人だ!!どうしても心配なら俺の手足を縛ってもいいからお前もテントで寝ろ!!」


「そういう問題じゃないんですって!!」


この人、ムキになると一人称が俺になっちゃうんですよね。私に対しては初めてな気がします。って、そんなこと言ってる場合ではないんですが。そんなときでした。


「嫌がってるだろう、ロイスに絡むんじゃない」


その声に、私とアートとルドガーさんの時が止まりました。私はキョロキョロと見渡しましたが、私たち三人の他にはその場に誰も居ないのです。でも、その男の声は二人のどちらでもない(しぶ)い声をしていました。


「?!今のあなたが言ったんですか?!」


「いや私じゃない」


アートが首を横に振ります。そうですよね、あなたの声そんなに低くありませんもんね。


「俺だ」


私は、背中を何者かにドンと押されて驚いて振り返りました。いえ、正しくは何者でもなく、それは馬の鼻でした。私は馬のレオンに背中を押されたのです。文字通りに。


「……まさか。レオン?あなたじゃないですよね」


私がレオンに尋ねると、レオンはなんと口をパクパクさせながら言葉を発したのです。


「俺だ」


「ひえっ(こわ)!馬なのに喋らないでくださいよ!馬って喋るんですか?!」


それは驚くべきことでした。


非常に非現実的で奇妙で、浮世離れしていました。吸血鬼の噂のあるエインズワース家という存在もですけど、私はオカルトな存在というか、ファンタジーなものに縁があるようですね。いえ、もしかしたらアートにそれを引き寄せる運があるのかもしれませんが。ともかく馬が喋ったらそれは怖くて当たり前なのでした。


「普通は喋らないだろうな。だが本当の俺は馬ではない」


レオンは当たり前みたいにペラペラとそう喋りました。


「え?!馬じゃないんですか?!荷物持たせてすみませんでした!!」


私はパニックに(おちい)っていましたが、レオン、というか馬の人のほうは冷静そのもので、私をなだめるように言葉を返してきます。


「お前は何も知らずに俺を馬として購入したのだから仕方あるまい。謝らなくてもいい」


「こわっ!勝手に名前つけてすみませんでした!!」


何度も怖いとか言って申し訳ないです、でも馬が人間の言葉をペラペラ喋るのはかなり怖いので、あんまり喋らないで欲しいんですが。口が利けるのに今まで黙っていたのもなんか怖いし、そもそもそんなことあります?


「ロイス、その馬から離れろ。」


「は、はい」


大人しく私はアートの背後に隠れておきます。今のところなんの悪事もはたらいていない、むしろ荷物と私を文句も言わずに運んでくれた彼には申し訳ないんですが。正体が分からない相手はとりあえず警戒しておくのが無難なのです。


「何者だ。ロイスに近づくな。そしてロイスの荷物を置いて立ち去れ」


アートは案外冷静ですね、私は馬が居なくなると困るんですけど。


「ロイス、お前は俺の顔がタイプだと言ってたじゃないか」


聞いてたんですか?というか、そんなこと言いましたっけ?確かに顔はかっこいいと思うんですけど……


「馬の顔の中ではですよ、馬じゃないんでしょう?馬じゃない場合は馬を基準とした顔の好みを適用するのはおかしいと思うんです」


「なにを理屈っぽいことを言ってるんだ。それに今の俺は紛れもなく馬だ。呪いで馬にされている。私はここから南にある島国の王子だった」


「おとぎ話か!!!」


「落ち着けロイス、とりあえずこの馬の話を聞こうじゃないか」


非現実的かつ、ファンタジーな童話のような設定を披露してきた馬の人に私が全力でツッコミをいれるのを、アートが冷静に止めてきます。急に何ですか。


「あなたもさっき立ち去れとか言ってませんでした?」


「他国の王子なら外交に関わるかもしれないじゃないか」


「急にそんな冷静になられても困るんですけど……」


さすが公爵様というか?いえそもそも、この馬のことをそのまま信じていいものかってかんじなんですけど。アートはどう考えているんでしょう?確かに本当に王子様なら気遣わなきゃですけど。


そしてさっきからルドガーさんが一言も発さないと思ったら、馬の人を見たまままで固まっていました。まあそうですよね。私も半分気絶してるようなもんですし。いや、気絶してないですけど。


「なぜロイスには大人しく着いてきたんだ?」


「馬相手に話しかけてきたから、こいつなら話を聞くだろうと思った。あと見た目が好みだったからだな」


そう言いながら馬の人は私の方にのしのしと近づいてきて、鼻を鳴らしました。馬としての仕草が板についていますね。


ありがとう馬の人、私なんかの見た目を褒めてくれて。ああっ!でも、馬じゃないなら顔を舐めるのはやめてください。あーあ、ほら、アートが睨んでるじゃないですか。


それにしても、もしかしたら今は私の人生で1番モテる時期なのかもしれません。人間1人馬1頭ですが。悪い気分じゃないんですよ、意外とね。


「その馬、叩き斬る」


「なんで?!落ち着いてくださいよ!!」


「……とりあえず、ここにテントを構えましょうか」


ルドガーさんが疲れたように言いました。


そうして謎の喋る馬について、私とアート、ようやく正気を取り戻したルドガーさんは話し合いをはじめたのでした。





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