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カッポカッポ。なんとなく耳心地いい三頭ぶんの馬の足音が頭の中に響いてきて、楽しい気分でした。私とアートは横並びに馬で歩いて、ルドガーさんは自前の白い馬に乗っています。
「そういえばアートは、エインズワース邸から私の家まではどうやってきたんですか?馬は置いてきちゃったんですか?」
「馬車を乗り継いできた。家の者にバレないようにな」
「なんではじめから家の人に隠そうとしてるんですか?!家出を予知してたんですか?!」
かなりの距離があるでしょうに、馬車を乗り継いでまであのボロ家に来る物好きな公爵はこの人くらいのものでしょう。後ろのルドガーさんもその話題を出すとなんだか険しい顔でアートのほうを睨んでいますし。
でも、大体は私のせいなのでその人を責めないであげてください。いや、アートのせいでもあるのかも?というか自業自得?
「そういえばこの馬、名前はレオンにしようと思うんです」
私は話題をまるっと関係ない方に持っていくことにしました。スルースキルというやつです。
それに、馬はこれからの旅の相棒。名前がなくては困りますもんね。馬というのは良いものです。重かった荷物も手で持たなくていいし、自分で歩くよりも早く移動出来ますし。
「いいんじゃないか?私の馬はどうしようかな」
「黒いからかっこいい名前がいいですね」
「なんだ、黒い毛は嫌いじゃないんじゃないか。黒髪もかっこいいぞ」
「人間と馬は別ですよ、黒い馬が差別されるなんて聞いたことないですし」
そう、それとこれとは話が別なのです。馬はかっこいいからいいのです。
「王都の方では黒髪差別なんてまあほぼ無いんだがな。外交も発展してるから黒髪人口も以前よりは増えてきたし」
「まあ、私の地元は田舎街ですしね」
そもそも私の家族が黒髪を嫌うのは祖父も黒髪だったからとかいう理由で……なんて1から全部説明する気にもならないので、私はとりあえず流しておきます。それに、話すといっても祖父に関する詳しいことは知りませんしね。
「ルドガーさんの馬はなんという名前なんですか?」
ずっと無言で背後からついて来られるのも気まずいので、話題をとりあえずふっておきます。
「私のこの白い馬は、ヒューイと言います。私の父が名づけました」
ルドガーさんは私にはやたらとにこやかに接してきます。アートに出会うまであらゆる人に険悪な態度や腫れ物に触るような態度で接されてきた私には、ルドガーさんの友好的な態度だって慣れない対応なのでした。
公爵様の未来の花嫁認定されてるんだから当たり前なのかもしれませんが、そうだとしたらなんとなく後ろめたいです。結婚する気がないので。
「なんだか脚が速そうな名前ですね」
風の音みたいな名前だな、と思っただけだったのですが。なんだか子どもみたいな感想を言ってしまいましたね。いえ、でもこれといって知り合いにいるわけでも有名人にいるわけでもない名前について具体的な感想を述べるのは難しいですし、妥当な返答であったと自分では思っています。きっとそうです。
「ええ。国の大会では2位を取ったほどですから」
ルドガーさんが得意げに言いました。
「すごい!国で2位のすごい馬がこんな目的でこんなところまで!」
「感心どころはそこなんですね……」
そこですとも。でも、国で2番目の馬が普通にいるなんて公爵家ってすごいです。何を基準とした2番目なのかよくわかりませんが。
「ちなみに1番の馬は?」
「アーチボルト様の愛馬が本来は1番だったんですけど、まあ所詮は忖度というか、八百長で第一王子の馬が勝ちましたよ。本気で走ってませんでしたもん、この人。まあ、王子の馬も立派ではあったんですけど……」
八百長ですか。わざと負けたと?ということは、その大会というのは馬のレースなんですね。ゴールまでの速さを競うアレです。
でも、確かにアートってそんな競争ごととかには興味なさそうですもんね。マイペースというか、全体の利益についてだけ考えてそうというか。
まだ若いのに意地っ張りなところとかが少ないんですよね。3日と少し過ごしてなんとなくですがそんな風に思っていました。基本的に変わってるんです。
「余計なことを言うなルドガー。馬の大会で勝って王子に睨まれるのと、大会に負けて王子をいい気分にさせて持ち上げておくのだったら後者の方が得だろう」
あ、やっぱりですか。でも私はまずその王子に睨まれるとかいう前提がおかしいと思うんですよね。
「馬の大会で負けたくらいでいじけるような王子なんですか?」
だって王族ですよ?公爵様でこんなに懐が広くって立派なのに、王族ともなればさらに教養があって立派なんじゃないかなって思っちゃうじゃないですか。思いませんか、そうですか。
「まあな。王子はあまり頭がよろしくないんだ。24歳児というか。」
えっ!王子ってアートよりも歳上なんですか。24歳が馬のレースに負けていじけるかもって、なんだかカッコ悪いですね。24歳児という単語はなんだか奇妙ですが。
「今の王子はめちゃくちゃなんですよね。先代まではそんなことなかったんですけど。一人息子だからと甘やかされて育ってしまって……まあ、後継はあの人しかいないからどうしようもないんですけど」
言われてみれば、そんな感じで滅ぶ国の話を本なんかで読んだことがある気がします。ありがちですよね、そういうのって。ダメじゃないですか。
「じゃあ、その人が国王を継いだら大変ですね」
この発言、不敬罪とか言われませんよね?この人たちも悪口言ってますし……
「そんな時の公爵家ですよ。国が傾かないように全力で尻拭いやら後始末やらサポートやらをしなければなりません」
それらの三つは大体同じ意味な気もしますが、私の知らないところでこの国は大変な時代を迎えようとしているのかもしれませんでした。ああ、怖い怖い。
「それに、勝って何かいいことがあるわけでもないしな。今の国王は音楽だの演劇だのにしか興味がない。体育会系の競争ごとなんか開催しても大した予算が下りないんだ。軍もガタガタ」
「国王もダメじゃないですか」
「ダメだな」
「まあ、確かに優勝景品も王女からのキスかいう誰も求めてない代物でしたし、2番目も馬の餌3年分とかでしたもんね」
「3年分もですか?それは結構良くないですか?」
王女からのキスという景品について深くはノーコメントですが、だとしたら王子に王女がキスしたんでしょうか?兄妹、いえ姉弟?美人なら嬉しいかも?でも、馬の餌3年分は結構資金が節約できていい景品な気がします。
「餌って自分で配合してちゃんと決めて与えてるからこそ馬が良くなるわけでして。国から指定された干草を大量にもらったって食べさせる気無いから、仕方ないんですよね。まあ、もらった干草は肥料にしてますけど」
ああ、餌もオリジナルなんですね。なら3年分使わない餌もらっても仕方ないかも。他の馬にあげればいい気もするんですけど、そこはこだわりがあるんでしょうね。
「ルドガーさんは、アートに負けておいていい気分にさせておこうとかは無いんですか?」
だって上司ですもんね、一応。二番目がルドガーさんだということは、アートは三番目以降になってしまいますよね。
「アーチボルト様はそういうのすぐ気づきますし、本気で戦えば俺が普通に負けますから。まあ、全力でやりますよ俺は」
「私がルドガーに負けるように見えるのか?」
「分かりませんよ、まだ会って4日目ですし」
どうやらルドガーさんは手を抜かない人のようです。いいことなんですよねきっと、それもね。アートは私の分かりませんよ発言でちょっとだけ不機嫌そうです。でも実際にアートが戦ってるところなんて見たことありませんし、いじけられても困ります。こういうところは子どもっぽいんですよね、この人。
「それにしてもこの馬、全然暴れませんね。いい子だね、レオン」
歩きながらレオンの体を撫でると、鼻を鳴らしてまた得意げにしています。かわいいですし、この馬に丁度出会えたのはある種これこそ運命的であったと言えるかもしれません。
「ロイスは動物に好かれやすいのかもな」
アートが言ってきました。心当たりはあまりないのですが、レオンにはとりあえず気に入られたようなので良かったです。
「あはは、そうなんでしょうか?人間には好かれないんですけどね」
「私に好かれてるじゃないか」
「あなたはなんというか、イレギュラーじゃないですか。」
恋愛感情の好きと人間として好きなのって違うじゃないですか。まあ、恋愛感情を向けられたのもアートが初めてですけども。
「ルドガーさんは奥さんとか居るんですか?」
私はアートと私についての話に進みそうな空気を断ち切り、また関係ない話をしようとルドガーさんに話しかけました。アートはまた少しむっとした様子です。さっきから不機嫌にさせるようなことばかり言ってすみません、でも仕方ないじゃないですか。
「ええ、居ますよ。妻は公爵家でメイドをやっています。子供は2歳の息子が1人……あ、私もあなたと同じで男爵家なんですよ。」
ルドガーさんはまたにこやかに答えます。
「そうなんですか。アートとはどこで知り合ったんですか?公爵家と男爵家ってなんだか身分的に遠い感じがしちゃって」
「私は軍にいた時に。アーチボルト様の部下だったんですが、遠征から帰ってきたらそのまま雇われました。」
きっと実力を買われたんですね、アートは真面目ですから、情にほだされて人を雇うようにも見えませんし。強いんです、きっと。知りませんけど。
「ちなみにアートは強いんですか?」
「そりゃもう。海軍の大将でしたし。」
「わあ!海軍ですか、かっこいい」
大将っていうと多分きっとすごい役職なんですよね。確か、軍で一番偉いのが元帥で、その次が大将だったと思います。そう考えれば当たり前のように強いんでしょうね。まあでも日常生活において戦闘が行われる機会なんてほぼないと言って良いでしょうから、私がそれを目撃することもないのでしょう。
「本当にかっこいいと思ってるのか?結婚するか?」
「しません」
さりげない求婚がまた飛んできましたが、お断りしました。ルドガーさんはなんだか困ったような顔で笑っています。すみません、気まずいですよねこの状況。私も心苦しいのですがどうしようもないんですよ、ついて来るなら覚悟していただかないと。
「ロイス、港の方は冷えるから、街についてすぐ上着でも買った方がいいぞ」
「そうなんですか。海の方は冷えそうですもんね」
行った事が無いので分かりませんが、本で読んだことがある気がします。こういう時に上着を買ってやるぞ、とか物品を買うことで恩を売ろうとしてこないのがこの人の良いところです。私は人にものを買ってもらうのは基本的に好きではないのです。貸し借りと言うか。
「この国は元々が冬の国だが、今の時期は特に寒いしな」
「もうすぐ秋ですもんね、結婚式は春に予定してたんですっけ」
「そうだったな。結婚するか?」
「しません」
冗談はそこそこに、昼を過ぎるころには民家がなくなってきて、岩がゴロゴロ転がる乾いた草原だけが広がってきました。ここら辺はあんまり人の手によって整備されていないみたいで、泊まるにしてももっと先まで進まないと野宿する羽目になりかねません。私はまだしも、公爵様やその部下に野宿させるわけにはいきませんよね。
「ちょっと急ぎましょうか、レオン」
そう言うと、レオンは早足で走り始めました。なんと、人間の言葉が分かるんですか?
「ロイス!落ちないように気をつけろ!」
「はーい!!」
とか言いながらしっかり馬のスピードについてきているアートとルドガーさんは流石です。夜間にレオンに乗って逃げだしても多分、すぐに追いつかれてしまうでしょうね。
結婚から逃げての旅なのに、どんどん流れていく見たことの無い風景や土の香りを吸い込んでいると、心の高揚を感じてしまいます。本で読んだような景色、憧れていた知らない世界。加えて、私を見て微笑むアート。
なんなんでしょう、この気持ち。




