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私とアートは、今日は屋台で買った大きなサンドイッチを一つずつ買いました。それからそれを持って森の方へ行って、昼ご飯を食べました。私が森に行きたいと言ったら、アートはすぐに賛成してくれたのです。


綺麗な空気、綺麗な風景。美味しいサンドイッチ。優しい旅の同行者。これほど恵まれたことが、ほかにあるでしょうか。私の知る限りではありません。


「この街の食べ物は美味しいものばかりですね、家の隣町じゃなければここにずっと住みたいくらいです」


私は彼にそう言ってみます。この街にいつまでも居ては、すぐに家の関係の者かアートの家の人に見つかってしまうでしょう。アートの家の人が追ってこないのは不思議ですが、彼の両親も結婚するまでに結構かかっているみたいだし、求婚に手間をかけることには寛容な家なのかもしれません。


「ここより美味いものだって、他にもたくさんある。綺麗な風景だってこれからいくらでも見られるし、楽しいことだってたくさん起こる」


「例えば?」


「君の誕生日は街をあげて祝おう。派手にパレードなんか開いたりして」


「ええ?」


嫌ですよ、そんなの。目立つじゃないですか。公爵家の奥様にはみんなそうなんでしょうか?田舎娘なのでそういう祝い事の規模が想像つきません。アートはこういう感覚が少しズレている感じがします。そういう天然なところ、嫌いではないんですけど。


「職権乱用じゃないですか?それに、私はささやかなのが好きなんです」


「うーん……じゃあ、馬や動物をたくさん飼おう。ロイスは動物が好きなんだろう?」


「動物……たしかに、好きかもしれません。」


「かも?」


私のどっちつかずの回答に、アートが首を傾げました。


「馬とか牛とか羊とか、そういう動物しか知らないので」


私は生まれてこのかた、家畜として育てられている動物しか見たことがないのです。リスとか、ネズミとか犬や猫も見たことがありません。ヤギは見たことありますが。


「私の家には白いキツネがいるぞ。それに焦茶色の犬もいる」


「犬って、あのワンワン吠える?珍しいですね!寒いからなかなか飼育が難しいと聞くのに」


「海外に旅行に行った祖父母が連れて帰ってきたんだ。遠くの、ここよりもっと寒い国の犬なんだそうだ。結構歳なんだが、凛々しい顔立ちの賢い犬だよ」


「お名前は?」


「ドロス。歩くのが遅いんだ」


そう言ってアートは少し嬉しそうに笑います。私もつられて少し顔がにやけてしまいました。


「キツネはどんな生き物なんですか?」


「なんというか、少し犬と似てるんだが顔や体の形なんかが微妙に違って、とにかく尻尾とか、ふわふわしている。犬と違って気難しくて、滅多に触らせてくれないんだ。でも、私が生まれるずっと前から家に居るそうだから、かなりの長生きだな」


「わあ、いいなあ」


余裕で20年以上生きている動物って、珍しい気がします。亀、とかいう動物は長生きだと聞いたことがあるんですが、キツネに関してはあまり知りませんでした。しかしふわふわした動物はかわいいものだと相場が決まっていますので、ええ、羨ましいです。


動物につられてアートの家に行ってみたくなってしまいます。でも、そんなわけにもいきませんよね。


「あ、このサンドイッチ赤い花が入ってますよ」


「私のにも入ってたぞ、ちょっと辛いから気をつけろ」


「わ、ほんとだ」


舌が少しピリピリします。赤い食べ物は辛い率が高いイメージがありますが、花はそのまま咲いてるものだしと舐めていました。でも、トウガラシだって赤いですもんね。


「大丈夫か?」


「はい、ちょっと辛かっただけですから」


心配性というか、過保護なんですよね、この人は。ものすごく優しいんです。


「ロイスは昔から森が好きなのか?」


アートが突然、私にそんな質問をしてきました。私は少し考えてから頷きます。


「はい、多分。家の近くにこんな綺麗な森がなかったのもありますけど、ほら、ファンタジーっぽくてわくわくするじゃないですか?」


「そんなものか?」


「そんなものです」


深い理由はないのです。ただ、森は空気が澄んでいて居心地がいいのは確かでした。それに、こんな綺麗な風景の中にこんなに綺麗な男の人。絵本に出てくる王子様みたいな素敵な感覚がするのです。


結婚する気がない分、今夢を見ておこうかな、なんて浅ましい気持ちがあるのでした。


「ロイスは私のことが嫌いか?」


なんですか、またそういう方向に話を持っていく!もちろんこれは結婚しようという説得の元の旅なのですから仕方ないのは分かりますが、脈絡がなさすぎます。やっぱりこの人は話題を振るのが上手じゃないのかもしれません。


「まさか。嫌いだったらもっと全力で逃げ出しています。結婚する気はありませんが、あなたは真面目で立派な人ですから、出来ればお互いに納得して別れを迎えたいと思うんです」


「別れを迎えることは前提なのか?」


「はい」


心でどう思っているかは置いておいて、ここは即答しておきます。どうしようもないことなのです。


「私が君を諦めたら君はどこかで出会った誰か、どこの馬の骨とも知れない男と付き合っていつか結婚するのか?」


「いえ、まあ……そうなるのかも知れませんね。良いご縁があったら」


「ダメだ」


「ええ?」


「君が結婚するなら私より頭が良くて私より金持ちで、私より優しくて私より君を幸せにできる人間でなければ許さない。私が心から負けたと思うような人物でなければ。そうじゃなきゃ、公爵だからって理由でフラれるのは納得がいかない」


「そうは言われましても……」


そんな好条件のひと居るわけないじゃないですか。結婚するなってことですか?まあ、私なんかを好きになる物好きは彼くらいな気もするのですが。


「私、頑張ってあなたを嫌いになろうとしているんです。でも、あなたって嫌いにさせるような隙がないから」


「そうか。ということは君は今グラグラと心が揺れているわけだな。」


「それはどうでしょうか」


図星ですが、パンにかじりついて誤魔化しておきます。


「……ともかく私と君は、もっとたくさんの話をしなければならない。君の悩み、君の行動理由、君の納得のいくように……君自身を変える方法。私はそれを、見つけなければならないのだから」


「難しく考えますねえ、諦めてしまったら楽なのでは?」


「駄目だ。君こそ頑張って私に嫌われてみろ」


「うーん、どうしましょう……」


穏便に諦めてもらいたいのに、嫌われたくはないんですよね。わがままなんですよ、私は。


「それでは質問だ。君の最も古い記憶はなんだ?ちなみに私の一番古い記憶は、3歳くらいの時に庭で蛇に噛まれた記憶だ」


アートからの謎の質問に、私は少し考え込みました。


「私の一番古い記憶は……」



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