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少し日も落ちはじめて、空がじわじわと赤くなってきた気がします。


公爵様の金色の髪の毛が赤い光できらきら光って、とても綺麗でした。いえ、公爵様の髪はいつでも基本的にきらきらしていて綺麗なのですが。光が反射しても色が変わらない真っ黒な髪の私は、それがとても羨ましいのです。


しばらく歩いたので、宿に戻るのに時間がかかりそうで私は少し不安でした。公爵様と一緒なのでまあ大丈夫だとは思うのですが、丘を越えて森の方まで来てしまったので。


そんな時、そろそろ戻ろうか、と公爵様が言い出しました。ほんとこの人、私の心を全部読んでるんじゃないかと疑いたくなる察しの良さです。私が公爵様について歩いて家出をエスコートしてもらっているのも、考えてみれば変な話なんですが。


はじめは私に公爵様が付いてきてた筈じゃないですか?主導権が完全に公爵様に移ってしまっています。これじゃ、私が公爵様の家出についてきてるみたいじゃないですか。


「あなたはまだ20代なのに公爵様で、珍しい感じがしますね。公爵様というと基本的に40代とか、50代とかのイメージがありますから……それに、エインズワース家は寿命が他よりかなり長い、みたいな噂も聞きました」


二人で並んで来た道を戻りながら、私は世間話でもしようとそんなことを公爵様に言いました。公爵様は頷くと、エインズワース公爵家について説明してくれます。


「たしかにそこは我が家の異質な部分だな。基本的に我が家の当主は20歳で公爵になって、息子が20歳になったら当主交代なんだ。私の父なんかはまだ40歳だしな。まあつまり、早く子供を作れば早く引退できるというわけだ」


「ええ?!そんな早く引退して、今は何してるんですか?!」


子どもが20歳になったら当主交代なんて、そんな話聞いたこともありません。大抵の公爵様は公爵のくらいを失いたくありませんから、年老いて社交界に出てこられなくなる年齢まで粘る方が大半と聞いています。それが大体60歳から70歳。公爵を継いだ人は、大体公爵になった時点で30歳や40歳で当たり前なのです。30歳でも若いくらいなんですよ。


でも、この人を見ていると無欲な一族なのかなあ……となんとなく納得してしまいそうになります。悟ってるというか、必死に何かにすがりそうにないというか。


「私の両親は普段は二人で旅行に出ている。


祖父は64歳、家にいるので多分、私の代わりにどうしても必要な仕事をしてくれているだろう。


曽祖父そうそふは86歳、曽祖母と一緒に国の西側の別荘で優雅に暮らしている。


曽曽祖父は107歳。東の湖の横に邸宅を構えて、魚釣りが趣味だ。そして曽曽祖母はその魚を料理するのが趣味だと言っていた。


曽曽曽祖父は126歳。曽曽曽祖母と共に王都のはずれの小屋で趣味で畑を耕して暮らしている。


いずれも余生を夫婦で楽しみながらご健在だ。早めに仕事を切り上げて、残りの人生は楽しく趣味に生きてるからストレスなく長生きできるのかもな」


公爵様が指折り数えて思い出すようにしながら1組ずつ説明してくれました。色々と突っ込みどころしかありませんが、もと公爵と公爵夫人たちが例外なくあまりに素朴そうな老後を送っているので驚いてしまいます。


「……って、126歳?!ストレスがないと言っても長生きすぎませんか?!」


曽曽曽祖父なんて聞いたこともありません。成人男性のひいひいひいお爺さんですよ、生きてることあります?私なんか祖父ですら死んでますし。この人の家族、噂通りものすごいご長寿のようです。120歳越えてるなんて、それはもうすでに世界で一番長生きなんじゃないのでしょうか?本当に人間なのかすら怪しいところです。


そもそも彼の一族が長生きなんだとしても、嫁入りしてきた奥さんは元は他人なんですから、長生きな体質なわけではないはずです。たまたまものすごい長生きの奥さんばかりを選ばれたということでしょうか?そうなるとたしかにある意味運命かもしれませんが。


「そうだな。だが不思議なことに、私の一族と夫婦になるとエインズワース家側の配偶者が死ぬまで、婿入り嫁入りして来たものも一緒に健康で長生きするらしい。なにかの影響を受けるんだろうな。それで、配偶者が死ぬときに一緒に死ぬ。ちなみに126歳の曽曽曽祖父の妻である曽曽曽祖母も今124歳で生きている。どうだ?私と結婚すると長生きできるし、死ぬときは同時だから寂しくないぞ」


そんな馬鹿な。結婚にご長寿特典がついてるということですか?そんなこと求婚の時の売りにします?新しすぎませんか?なにか、食事が健康的とか特殊な運動をしているとか、独特の健康法があるのでしょうか。


でも死ぬ時も同時って、まるで結婚すると相手から不死の呪いでもかけられて、本人が死ぬと呪いが解けて死ぬみたいな、そんな本の設定みたいで怖いんですけど。一心同体と言いかえればロマンチックな気もしますが。


「もうオカルトのいきですね……吸血鬼一族とか呼ばれてる理由がわかった気がします。あ、別に吸血鬼とは思ってませんけど」


相手の影響を受けて長生きするだの、前にも「見た途端に相手が運命の人だと分かる」とか言っていましたし、やっぱりこの人の家、普通じゃないというか非科学的な、何か超常現象的な側面を持っている気がします。スピリチュアルで非現実的な感じです。


でもこの人、人が生きてる死んでるなんて嘘はつきそうに無いですし。ひょっとしたら、本当に吸血鬼一族なのでしょうか。


「加えて言えば、さっき話した道路整備を考案した11代目のアシュレイ様は、60歳の時に配偶者のアルドヘルムと共に行方をくらましたままで死体は確認されてないのだそうだ。噂ではアシュレイ様もアルドヘルムも60近くになっても20代の頃と姿が変わらなかったために人間じゃないのではと騒がれはじめ、面倒になって失踪したと言われている。まだ生きているかもと。だが曽曽曽祖父の父親は110歳で寿命が来たし、そこは個人差があるようだな。」


周りから騒がれるレベルで若いままの容姿だと、同年代の友達とかと見た目が離れていってしまったり、自分と旦那さん以外の知り合いがみんな先に死んじゃったりするのでしょうか。それ、かなりさみしいんじゃないのかなあ、なんて私は思いました。


「そのアシュレイ様って人、見た目が20代から変わらないのに60歳になるまで騒がれてなかったことも驚きなんですけど……というか、万が一生きてたら何歳くらいなんですか?」


「少なくとも200歳は超えているだろうな。でもそうだな……まあ、古い記録だから半分フィクションみたいなものだ。だが長生きは本当だぞ、お得だろう」


「半分は実話なんですか?」


「126歳の曽曽曽祖父に今度会うと良い、見た目は60くらいにしか見えないぞ。極端に老けない体質なんだ、ちなみに配偶者もそうなる。まあ、死ぬときは寝ていて起きたら死んでるから寿命はあるんだが」


「やっぱりオカルトじゃないですか!」


実話だとすると完全にオカルトだし吸血鬼ですが、この人の冗談、分かりにくいからこれが冗談なのか本気なのかは本当にまったく分かりません。でも、死ぬときに好きな人と本当にまったく同時に死ねるなら、寂しくなくて良いですよね、よくないですか?そうですか。


「でも、エインズワース家が長寿体質になったのは記録ではアシュレイ様の代からだから、やはりアシュレイ様が何か特殊な体質の持ち主だったのかもな。他の星から来た人とかな」


「星?あの、空に光ってる星ですか?」


空が暗くなりはじめて一番星を見つけた私は、月の隣のそれを指さしました。公爵様は頷くと、今言ったことの意味を話しはじめます。


「これは我が家の中でも機密な保管庫に入っている本に載っている情報なんだが、この世界は、はるか空の上から見たら球状になっているそうなんだ。ボールみたいにな。あそこに浮かぶ月のように。それが、宇宙という真っ暗な空間に浮かんでいる」


「宇宙?」


聞いたこともない言葉や、想像もつかないような説明をされて私はきょとんとします。オカルト一族の機密な保管庫に入っている世界の真実、胡散臭いですが正直ちょっとわくわくしちゃいますよね。そういうのは意外と好きなんです。


「夜になると空が暗くて星が見えるだろう?真っ暗で、キラキラしている。あれが宇宙だ。宇宙は無限に広がっていて、常に拡大を続けている。昼間は太陽の光が当たって明るいが、この世界は気づかないうちにゆっくりと回っていて、太陽の当たらない裏側に国が回ってきたら夜になる。太陽が沈んでいくように見えるのもそのためなんだ。だから地域によって時間は微妙にずれている。そして、私たちの暮らすこの世界も、空に浮かんだ星の中の一つなんだよ。それを知る者にはアースと呼ばれているらしい。」


「アース……回っている……?」


彼の話は、まったく奇妙奇天烈、奇想天外でした。地面にしゃがんで木の棒で図を描いて説明してくれたので言っている意味自体はわかりましたが、この世界が回っているだなんて考えたこともないし、聞いたこともありませんでした。現に動いていませんし。


「でもこの世界が丸かったら、国が下に回ってきたら下に落ちちゃうんじゃないですか?」


「それは、重力といって……物を持ち上げて離したら下に落ちるだろう?これはアース本体に引き寄せられる力が働いているからなんだ。宇宙には上も下もなく、私たちはアースに付属している存在のようなものだ。だから私たちに上とか下とかいう概念があるのは、アース自体の持つその重力のせいなんだ」


「じゃあ、あなたが今、持っていた木の棒を地面に落としたのも地面が下にあるからじゃなくて、地面に対して重力がはたらいているからということなんですか?」


分かったような分からないような。でも、物が下に落ちることについて疑問に思ったことは一切なかったので、落ちているのではなく引き寄せられているのだと言われると「そうなんですか?そうなのかも!」と驚いてしまいます。……って、彼の一族の言葉が必ずしも真実かは分からないんですけど。


「そうだ、君は理解が早いな。まあ……あれ?なんでこんな話になったんだったか。これはまあ、実際見て確かめることも出来ないのでどうしようもないが科学的にも理屈の通ったことなんだ。太陽が動いているのではなくアースが回っているんだと私は信じている……こんなこと言うと頭がおかしいと言われかねないから、信じていても信じていなくても、他人には話さないでくれ」


「あ、はい」


話す相手もいなければ話す理由もありませんから、安心してください。


架空でも、ファンタジーでも、空想でも構いません。公爵様は面白い話をたくさんしてくれるので、私は一緒にいると楽しいのです。


でも、私は彼に何も出来ない。


「そうだロイス、明日になったら馬を買いに行こう」


公爵様が突然そう言いました。


「馬ですか?」


「君の荷物は手で運ぶには大きいし、土産だって増えるかもしれないだろう。ロバでもいいが馬なら乗って移動できるし。」


「長旅になること前提ですね」


「君が結婚に前向きじゃないからだろう」


公爵様が少し拗ねたように言ったので、私はちょっと笑ってしまいました。


「ごめんなさい、公爵様」


「アート」


「え?」


「アートだ」


「あっ!そうでした」


忘れていました、すみません。


それからまたアートと一緒に宿まで歩いて、夜に眠りにつく頃にはもう、夜の1時をまわっていたのでした。


読んでくださってありがとうございました〜!

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