第二話 鼓膜を叩く幻聴 <エピローグ>
人生とは不思議なものだ。
脱獄した私は、今から新しい生活を妙な組織のアジトで始めようとしている。
妖怪倶楽部のアジトとして提供された鄙びたアパートの一室は、年季の入っていそうな和室にもかかわらず、黴臭さや埃っぽさを感じさせない。小まめに換気や清掃がなされていたからなのか、それとも何らかの理由でこの部屋に配属される人間の出入りが激しいからなのか。
肌寒さを感じながら畳に腰を下ろすと、強張っていた気持ちが少しだけ楽になった。
古い畳の目から所々ささくれが顔を出している。私はそれを指でそっと撫で付けながら、「大丈夫なんでしょうか」と、姫さんに、どうとでも取れるような質問を投げ掛けた。
「いやー。私は気に入ったぞ」
立ったまま部屋を見渡している姫さんは、それに対して、どうとでも取れるような返答を寄越した。
「妖怪倶楽部。お前さん程ではないが、興味深い人間が沢山いそうな団体よのう」
遮光カーテンを勢いよく開け、姫さんが振り返った。部屋はそれほど明るくならなかった。
――彼女にとって私は興味深かったのか。
私は意外に思った。
静かに雨が降り続いている。鼓膜を仄かに叩く雨音は、僅かに感じ取れる程度の強弱をつけて繰り返されている。
「あのスカウトの男。あやつは特に面白い」と、姫さんは胸の前で腕を組ながら大きく頷いた。
不思議な雰囲気を纏っていた彼。確かに、興味深いと言えば興味深い……ということになるのかもしれない。
「だって、お前さんも見ただろう? あやつが面接中、時折大切そうに覗いていたフィルムケースの中」
見た。
いや、見たと言って良いのだろうか。
だって、あの中身は――
「何にも入って無かったからのう」
お読みいただき、誠にありがとうございます。
このおまけ・第二話<前・後編>は、おまけ・第一話と同様に、本編・第七話「恋とは異なる何か <姉視点>」の別視点の物語となっております。スカウトの男という本編に一度しか登場しないサブキャラ中のサブキャラのお話で大変恐縮なのですが、読者の皆様に楽しんでいただけていたら幸いに存じます。
このエピローグには、おまけ・第一話との繋がりを持たせようと、脱獄した女と女妖怪(長壁)の視点を加えてみました。もしよろしければ、おまけ・第一話や本編の方も御一読いただけたらと存じます。




