第七話 恋とは異なる何か <弟視点>
弟視点
最近、僕が変だ。
僕はまだ小学生だし、姉弟の中で末っ子だけど、一番しっかりしているという自負がある。
しかし最近、僕は変なのだ。
何せ、とてつもなく長い手々毛が生えてくるのだ。それも一本だけ。
別に黒子の上からという訳では無い。
しかし、どこまでも長いのだ。
初めは何か致命的な病気かと思って嘆いていたものの、僕みたいな風の子の健康優良児を捕まえて病気などとは考えにくい。
すると、これは何かの呪いなのか。僕に何の怨みがあって、こんな地味な嫌がらせをしてくるのか。
この前、ゆい姉ちゃんに伸びた毛を見せた時に、「姉ちゃん何かした?」と、僕が聞くと、「いや、姉ちゃんは何もしてないけど、その……何かゴメン」と、謎の謝罪を受けた。
おかしい。
大抵こういう場合、ゆい姉ちゃんは、「ヒトの所為にすんな、ハゲ!」とか言って、僕のことを怒る。
僕は髪の毛がフサフサだし、ハゲじゃないんだけど、何だかお父さんの頭を見ていたら、将来の僕の毛髪に対して遅効性の呪いを掛けられているようで、毎度恐ろしい気持ちになるのだが、今回は少し様子が違うみたいだ。
ただ、奴の仕業じゃ無いにせよ、奴は何かを知っている。そんな気がする。畜生。
実は僕が寝ている間に、悪戯で、こっそりとお父さんの育毛剤でも塗られているのかもしれない。腕の一点にだけ、ピンポイントで。
何故なら僕は知っているのだ。ゆい姉ちゃんの最近の挙動不審振りを。
くそう。絶対に尻尾を掴んでやる。
今度、寝た振りでもしたろかい。
お小遣いを貯めて、真っ暗の部屋でも録画できる機材一式揃えたろかい。
最終手段で、お父さんの育毛剤を隠したろかい。
リビングに入り、テレビの前のソファに沈み込むや否や、僕は頭の中で大作戦会議を開催した。
視界の隅には、チャッピーが大きな欠伸をしている姿が見える。
チャッピーとは我が家の飼い猫だ。家にやって来た時、ゆい姉ちゃんがタマと名付けようとしたのを僕が制止したという歴史がある。とても愛らしくて、見ているだけで癒される。
チャッピーは何だか眠たそうにしている。しなやかな動きで伸びをして、ペロペロと身体の毛繕いを始めた。
すると、急に体毛がモコモコと膨らんだ。
何だこれは。毛繕いをして毛量が増えるなんて珍現象、僕は終ぞ聞いたことが無い。
何だこれは。チャッピーの体質が変なのか、それともやはり僕が変なのか。
何だこれは。僕はもう、自分の目も毛も信じることができなくなってしまっているぞ。
いや、落ち着け。考察で大切なのは落ち着いて自分の考えを見つめ直すことだ、って自由研究の時に理科の先生が言ってた。
これは、少し頭を休める必要がある。
……よし。ゆい姉ちゃんが大事にしているザクロジュースでも美味しく頂戴して、落ち着いて、ゆったりと考察を深めよう。この前、絶対に飲むなよと釘を刺された気もするけど、やるなと言われたらやりたくなるのが人間の心理なのだ。確か、カリギュラ効果とかいったか。
ともあれ、長く伸びた毛はその都度切ればいい。大丈夫だ。楽に考えよう。
冷蔵庫の扉を開き、少し背伸びをしてザクロジュースの瓶を手に取る。
――ザクロジュースなんて初めて飲むけど、一体どんな味がするんだろう。
きっと林檎とか葡萄のような甘い味わいなんだと思う。けど、めちゃくちゃ酸っぱかったらどうしよう。いや、どんな味わいだったとしても、物凄く高級だと聞いているので、きっと値段相応に美味しい筈だ。楽に考えよう。
そして、何だか背後に人の気配がするが、これも楽に考えよう。
どうせ謝っても許してくれない。僕はそれを知っているのだ。