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7曲目.『コブラ』(1982)

 

「………あの…中学生…だよね…」

「……はい…」

 楓駅の東口を出たところにある商店街、二番街を歩きながら、一とヘッドホン少女はカラオケ道場!!に向かっていた。

 しかも、なぜだかすごく距離が近い。二人の間は、70センチの距離を明らかに切っている。

 一は、こんなに女の子と近距離で歩いたことがない。緊張のあまり、横を歩く少女のことを見られない。

「………ぼ、僕、は、春秋、は、一、です…」

 いつも人と話さないようにしているから、一は自分からどう話していいかよく分からない。

 ましてや、年下の女の子だ。何を話せばいいか皆目見当がつかない。

 唐突な身の上の確認と、自己紹介に入ってしまう。

 自分の顔がカーッと熱くなっていくのが一には分かった。

 恥ずかしさから下向き加減で話しているので、一にはいつも歩き慣れている商店街の景色が見えない。

 赤茶けたコンクリートの街路が上から下に移動するのを、一は歩きながら意味もなく凝視する。

「……小野崎音羽です……この間はすいませんでした…のぞいたりして…」

「………ぃ、いや…別にいいよ…ちょっと…びっくりしたけど…」

 横にいるヘッドホン少女からも、ぎこちない自己紹介と謝罪の言葉が聞こえてきた。

「………な、なんで、僕のこと、のぞいてたの…?」

「……色々歌ってて、すごく楽しそうで…アニソンたくさん歌ってるし…よく隣で聞いてたんです…」

 さっきよりもリンゴ具合は退いてきたが、相変わらず顔を赤くしながら、ヘッドホン少女改め小野崎音羽は、たどたどしい口調で返答する。

 どうやら、この子もあまり話すのは得意ではないようだ。

「………アニソン…どんなのが…好きなの…?」

「やっぱり中心になるのは90年代、2000年代です!最近きてるのは昔の漫画とかアニメの再アニメ化とか、特撮のアニメ化ソングですね!!作風がシリアスなのが多いので、アニメ自体はあまり有名じゃなくても掘り出し物の神曲が多いんです!」

 アニソンの話になった途端、少女は急に饒舌になった。

 しかもなかなか渋い所に目をつけている。少女のアニソン熱に舌を巻いて、一は思わず、

「………すげぇ…」

 と感嘆の声を漏らすと、

「んっっっ!!!」

 ….また顔が赤くなった。

「……そ、そんなことないですよ全然…勉強中です…だって…」

「………だって?」

「い、いやいやいや、なんでもないですっ!…あ、あのっ!は、春秋先輩は、どんなアニソンにはまってるんですか?」

 何だか含みのある返答だったが、一もアニメ・アニソンの話となると話が弾む。

 それにしても、春秋先輩だって…。なんだか変な気分だ。

 それもエメラルドの瞳の美少女に言われた。一は、なんだか背中の辺りにむずがゆさを感じた。

「………え、えっと…やっぱり僕も90年代、2000年代かな…どっちかと言えばあんまり有名じゃないEDだったり、最近は80年代以前の曲とか、映画化作品の挿入歌とかも…見てるかな…」

 一は、生まれてはじめて自分の趣味を思い切り話した。普段話さないためにたどたどしい口調になりながらも、自分の声に対する苦手意識を、自分の秘めてきたものを解放した時の昂揚感が上回っていた。

 二人は楓の商店街をゆっくり歩きながら、時を忘れてアニソンの守備範囲をお互いに語った。

 普段話さないので、声を出す時はいつもはどもり気味な一自身も、アニメやアニソンの話題になると舌が比較的よく回るようになる。

 それにしても…。

 一には、ひとつ気になることがあった。

「………お、小野崎さん…だよね?さっきからヘッドホン…つけてるけど…声は聞こえてる…の?」

「…あぁ、その、失礼しました…。これ、実はヘッドホンじゃないんです」

「……そうなの?」

「……これ、ヘッドホンじゃなくて、イヤーマフって言って、防音のためのものなんです。…わたし、これが無いと大きな音の中で生活出来なくて…だからずっと着けてないといけないんです…。だから、人の話を聞く時も…できるだけ近いところで注意しないと聞き取れなくて…ごめんなさい…」

 一には詳しくは分からなかったが、要するにこの子は、大きな音が苦手らしい。

 さっきから距離が近いことも、これで合点がいく。

 それに関し、音羽はなぜか一に対し謝ってきた。これまでも、何度もこうやって謝ってきたのだろうか。

「………そうだったんだ……いや、こちらこそごめんね…悪い事、聞いちゃって…」

「い、いえ……しょうがないんです。大体、説明を聞かない人も、いますから…」

「………」

「……」

 二人の間に少し気まずい沈黙が流れる。

 そうして黙って歩いているうちに、二人は二番街を抜け、外れにあるカラオケ道場!!の前までやってきた。

 二人が店前に差し掛かると、

「おーーぅい、お疲れさん」

 間延びした声が聞こえた。

 カラオケ道場!!常連客の佐竹さんだ。店前の喫煙台でタバコをくゆらせていたようだ。

 佐竹さんと一は、ひとカラの仲間、いわゆる「ひとカラー同志」の一人だ。


 一と佐竹さんが初めて会ったのは、去年の夏の日だった。

 その日は急な通り雨が降っていた。

 一がカラオケ道場の前のベンチで雨宿りをしていると、佐竹さんは雨が上がるのを待ちながら喫煙台でタバコを吸っていた。

 その時、雨宿りついでに、と言って横にある自動販売機の缶コーヒーを、一におごってくれた。

 それをきっかけに少しずつ話をする(とは言っても、ほとんど佐竹さんが一方的に話している)うちに、知り合いになった。

 そして、店前の喫煙台で缶コーヒー片手に話をしていく中で、お互いがひとカラをこよなく愛するひとカラーであることが分かり、一気に仲良くなっていった。

 佐竹さんはいわゆる社会人らしい。普段はなんとかという会社で営業、として働いているとのことだった。

 顔立ちはすっとしていて背も高く、モデルや若手イケメン俳優もかくやと思えるようなたたずまいをしている。

 しかも常にパリッとしたスーツや靴を着こなして身綺麗にしており、清潔な印象を持たせる。

 ただ、いつも目の下にクマがあり、顔色が悪いのが玉に(きず)だ。仕事が大変なのだろうか。基本的にくたびれた表情が彼のイケメンぶりを多少損なっているようだが、元気満タンの時は水もしたたるいいオトコなのだろう、と一は踏んでいた。

 そんな佐竹さんは、ひとカラでは特撮ヒーローモノの主題歌ばかり歌うらしい。

 これもまたなかなか攻めた趣味だ。確かに、誰かと一緒に歌うと少し恥ずかしいかもしれない…。

 店前のベンチで時々会う彼の熱く語る特撮ソング話は、趣味の異なる一にとっても、知らなかった世界を教えてくれるもので、なかなか刺激的だった。


 タバコの火を消しながら、佐竹さんは一に話しかけてきた。

「お、春秋くん、彼女かい?」

「ち!………違いますよ…」

 一は慌てて訂正した。

 音羽も恥ずかしそうにして、隣で顔から湯気を立てている。

「あれ、君も、よく来るよね?」

「…は!はい…」

 急に話を振られた音羽が、一の横でまたビクッとなる。 心なしか一を盾にするようにサッと移動した。警戒心の強い子だ。

 一は、佐竹さんに気になったことを聞いてみた。

「………今日は、仕事ですか?…」

 午後4時前とはいえ、仕事が終わるにしては早い時間だ。

「いやあ、今日は取引先の都合が急につかなくなってね。会社に連絡したらそのまま直帰していいってことだったから、奇跡的に空き時間が出来てね。家でひとりってのもつまんないし、憂さ晴らしに来たってわけ。春秋くんは夏休みだよねえ、いいなあ」

 社会人は夏休み無しで辛いよー、とこぼしながら缶コーヒーを飲む佐竹さんは、相変わらず顔色が良くなかった。

「今日は二人でカラオケデートかい?」

「……えっ!!いやいや、…ち、違い、ます、よ…」

「んっっ!!」

「デート」と言われ、今度は二人ともども顔を赤くした。

 佐竹さんは、そんな二人を見てカラカラと笑っていた。


 佐竹さんにいじられながらカラオケ道場!!に入ると、カウンターには人がいなかった。

 カウンターの裏から、

「はーい、少々お待ちくださーい、今行きまーすよー」

 というおばさんの声が聞こえてくる。おばさんはどうやら奥で何か作業しているようだ。

「………今日…二人で部屋、入る…?」

 さっき佐竹さんに「デート」と言われてから、一は急に二人でカラオケボックスに入ることを意識し始めるようになってしまった。

 男女二人でカラオケボックス。

 確かに、はたから見たら完全にデートだ。

 音羽の方も、先程からずっとあのリンゴ顔で俯いて黙りこくってしまっている。

 彼女もどうやらそのことを意識して、なんだかガチガチになっているようだった。

 佐竹さんめ…。ようやくアニソンの話ができる相手ができたのに…。

 二人で楽しめながら、二人であることを気にしないようにするには、どうすればいいか。

 折角できたアニソン友達になれそうな子。

 このつながりを、一は失いたくはなかった。

 一は頭をしぼり、音羽に提案してみた。

「………じゃ、じゃあ。……とりあえず…隣同士の部屋に入らない…?」



 そして、一は108号室、音羽が107号室といつも使っている個室に入り、壁越しに一が歌うのを音羽が聞く今の形に至った。

 ひとカラのようでひとカラじゃない、ひとりなのにひとりじゃない、妙ちきりんなカラオケスタイルだ。

 ただ、複数人でカラオケボックスに入るのに抵抗がある一からすれば、このスタイルは意外にも合っているようだった。

 お互いのボックスに入る時には、一応帰る時の連絡用にと無料通信用アプリのIDを交換したのだが、音羽がこれを使って一曲歌うごとに、一のスマホあてにちょっとした感想やらコメントを送ってくる。

 それが、最初は「上手いですね」といった簡単なメッセージだったのだが、盛り上がるにつれてヒートアップしたのか、熱苦しいまでのヲタ的コメントや、ついにはアンコールまでしてくるようになった。

 この子のアニソン熱、想像以上だな…。

 たったひとりの観衆の、壁越しに(メールで)送られてくる喝采に、一は慣れなさと戸惑いを感じながらも、嫌な感じは全くしなかった。

 ひとりじゃないひとカラも、悪くないな。


 SFアニメのOPテーマの4回目のアンコールに応えた後、今度は一からメッセージを送る。

『ちょっと、休憩していい?』

 ずっと歌い通しで、疲れてきた。

 いつも喉の調子を気にして自分のペースで歌っている一は、珍しく夢中になって歌い続けていた。

 あっと言う間に残り時間はあと少しになっていた。

 プルルルルルルっ!

 個室内に呼び出しのコール音が響く。

 受話器を取ると、

『あと10分で終了ですが、延長よろしいすかー?』

 と女子大生のアルバイト(名前は確か、玉造(たまつくり)さんだったか?)の間延びした声が聞こえてくる。

「………大丈夫です」

『はーい失礼しまーすぅ』

 若干間の抜けた玉造さんの呼び出しの後、一は音羽にメッセージを送る。

『あと10分みたい』

 程なくして、隣の音羽の部屋からも呼び出しのコール音が聞こえてきた。

『はい』

『最後、何歌おうか?』

 ちょっとしてから、返信が来た。

『最後は、わたしが一曲歌ってもいいですか?』

『歌ってもらったお礼です』

 この子も、歌うんだ。

 いつも107号室からは歌声がしない。彼女は一体どんな曲を歌うんだろうか。

 そもそも、さっき小野崎さんは大きな音が苦手だって言ってたけど大丈夫なのか?

 気になった一は、メッセージを送ってみる。

『小野崎さん、さっき言ってたけど、音は大丈夫なの?』

『音を調整すれば、なんとか。音楽は、比較的大丈夫なんです』

 一体、どういうことなんだろうか?音楽は大丈夫って…。

 一は念のため、

『無理しないで』

 とメッセージを送ってみる。

 それに対する返信に代わって、隣室から小さめなイントロ音が聞こえてきた。

 薄い個室の壁に耳をあててみると、音羽の歌声が聞こえてきた。



街をつつむ Midnight fog

孤独な Silhouette 動き出せば

それは まぎれもなく ヤツさ


コブラ Leaving me blue

コブラ Missing you true

コブラ Only few memories after you


背中にまといつく翳りは

オトコという名のものがたり

許されるはずもない Peace & Love



空をよぎる Silent voice

おさえた Violence うずくたびに

ひとり闇を仰ぐ ヤツさ


コブラ Leaving me blue

コブラ Missing you true

コブラ Only few memories after you



ハートに刻まれたあの日は

ロマンと呼ぶには熱過ぎて

めぐりくるはずもない Peace & Love



 この曲は、一は聞き覚えがあった。30年以上前のかなり古い楽曲だ。

 腕利きの宇宙賞金稼ぎが、左手に仕込んだ強力な銃と女性型アーマロイドとともに、時に義賊の男気を見せ、時に女たらしマックスで露出度の多い女性たちと…まあいい感じになりながら、宇宙をまたにかけて活躍するスペースハードボイルド漫画を原作とするアニメのOP。

 本作アニメでは、原作のお色気描写がある程度抑えられてはいるが、OPではそれがいい意味で失敗している。

この曲は、楽曲発表から6年後に若くして亡くなった女性シンガーによる。彼女の情感あふれる歌声には年齢制限ギリギリアウトの色気が炸裂している。

 音羽の透明感がありながらも、どこか色気のある音色が、なんだか艶っぽい。

 しかも彼女のキー低めの声が、曲に絶妙にマッチしている。もはや中学生とは思えない。

 やっぱり、本当にいい声だな…。

 壁越しに聞こえる音羽の歌声に、一はすっかり時間を忘れて聞き惚れていたのだった。



「ご、ごめんなさい…結局延長になっちゃって…」

「………い、いや…僕がリクエストしたんだから…」

 電車で帰るという音羽のために、二人は楓駅に向かってをゆったり歩く。

 まだ陽の高い真夏の夕方、楓二番街とそこを歩くまばらな人並みはあかね色に染まっていた。

 結局一は、あの後もう二回同じ曲を音羽にアンコールし、二人揃って延長料金を取られることになってしまった。

 しかし、いつもは延長を気にする一も、今となってはそんなことはどうでもいいことだった。

「………………」

「………」

 楽しい時間の後は、なんでこんなにも脱力するのか。

 楽しいことの後は、辛いことが待ってるから?楽しいことが終わってしまうから?それとも、次があるかどうか分からないから?

 ただひとつ言えるのは、今の一にとってはそんなことはどうでも良かったということ。

 一は、ゆっくりと、丁寧に言葉を選んで、音羽に話しかけた。

「………お、小野崎さん…さ」

「……はい」

「………あ、あの、さ、今日は…色々……」

「………」

 言おうとすると、何が言いたいのか却ってまとまらなくなる。

 音羽は、黙って聞いている。

 とにかく、言いたいこと、ひとつだけでも言おう!

 一は、切り出した。

「………と!とにかく!…ま、また、こうやってさ……ひとカラしに…行かない…?」

「………!」

 音羽がハッと息を飲むのが分かった。澄んだ瞳が、一の方を見つめてくる。一と音羽の目がカチッと合った。

 夕方のあかね色と、それを映し出す音羽の瞳のエメラルドが、彼女の瞳を見た一の目の中で交錯する。

 鮮やかな色のコントラストが作る不思議な景色に、一の頭はなぜかくらっとした。

 その瞬間、ヘッドホン少女、いや、イヤーマフ少女小野崎音羽は、口角を上げながら、にっこりと笑った。


「はいっ!春秋先輩!」


今回は曲を紹介するつもりはなかったのですが、どうしてもこの曲を紹介したくなりました。行き当たりバッタリで申し訳ないです。

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