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7/8

6曲目.『ブルーウォーター』(1990)

今回、アニメのネタバレめいた箇所が多少あります。ご了承下さい。

 

弱気な人は嫌い 青空裏切らない

夢見る前に私 飛んで行きたい



心のオルゴールが 開いてく響いてく

少しずつの幸福 勇気も 奏で出すの

今 君の目に いっぱいの未来

言葉は永遠のシグナル

DON'T FORGET TO TRY IN MIND 愛はjewelより

すべてを輝かす



口笛吹いて君に 街角合図したら

笑顔で悩みすべて 吹き飛ぶ感じ



見つめ合えば自然に 分かり合う許し合う

騒がしい人波の 真ん中 歩いたって



今 限りなく 青く透き通る

心が 空よりも鮮やか



今 限りなく 愛したい未来

お互い感じるよ



心のオルゴールが 開いてく響いてく

少しずつの幸福 勇気も 奏で出すの

今 君の目に いっぱいの未来

言葉は永遠のシグナル

DON'T FORGET TO TRY IN MIND 愛はjewelより

すべてを輝かす



今 君の目に いっぱいの未来

言葉は永遠のシグナル

DON'T FORGET TO TRY IN MIND 愛はjewelより

すべての恋人たちに

輝きを伝えて

抱きしめたい君を



 青い海を飛んでいく白い鳥から始まるOP映像。アニメでは、爽やかな冒険を予想させるOPからは想像できないほどの重厚な人間ドラマが展開される。

 万国博覧会に湧く19世紀末のフランス・パリで褐色の肌の美しい少女に出会った少年が、少女の持つ宝石の争奪戦を通じ、海を、空を、そして宇宙を駆け巡る壮大なSF冒険活劇。少女の出生の秘密と、失われし超科学を復活させて世界征服をもくろむ悪の組織。最終的には海から宇宙へとその舞台を移し、ロストテクノロジーの名の下に、時代的にはありえない技術のオンパレード。こうした定番とも言えるSF要素が、登場キャラクターによって彩られる。

 監督の性格が反映されたという、よく言えば感情の起伏に富んだ、悪く言えば少々ヒステリックぎみな気性の激しさを見せるヒロイン。そんなおてんば娘に健気に付き添い、最終的に一度は命すら落としてしまう主人公。そして、彼らに負けず劣らず個性豊かで魅力的なキャラクターたち。

 彼らが、自らの弱さや過去と向き合い克服していこうと苦闘する姿が、作品を空想的な冒険ロマンに終わらせることなく、シリアスな現実を叩きつけてくる。

 最終話の後日譚で落とされる、予想だにしない角度からの爆弾は、ある意味謎の船長生存を超える衝撃だ。

 今から二十年以上前に世に送られた、言わずと知れた超名作を飾る、爽快なOP。

 ブーーーッ!

 不思議の海で繰り広げられる少女と少年の冒険物語に想いを馳せ、いつものように独唱後のトリップタイムに入っていた一。

 彼を、テーブルに置いてあったスマホのバイブレーションが呼び覚ます。

 スマホの電源を起こすと、画面にはメールで「アンコールお願いします」の文字。

 たった一人の「観客」からのメッセージだ。この観客は壁越しの隣の個室にいるのだが。

 これで3回目のアンコールだ。

 どんだけこの曲好きなんだ…と思いながらも、観客のアンコールに応えるため、一は端末で履歴から同じ曲を出し、また送信した。

 春秋一のアニソン歌唱ショーに付き合うたった一人の観客は、先日知り合ったばかりの107号室の住人、ヘッドホン少女こと小野崎(おのざき)音羽(おとは)

 壁越しで行われる歌い手と観客の、奇妙なワンマンライブ開催の発端は、二時間前にさかのぼる。



 この間のヘッドホン少女事件(?)から四日後の昼過ぎ。一は、楓駅前に来ていた。

 夏休みが始まってから三日が経ち、バイトや宿題、家での家事に追われる日々でバタバタしていた一は、カラオケ道場に行けずにいた。

 一は楓駅から徒歩30分程離れた、楓市内の豊二季(とよにき)のアパートに、母と二人で住んでいる。

 一の家はいわゆる母子家庭というやつで、仕事が忙しい母の代わりに、一はできる限り家事を手伝っている。レストランで厨房のバイトをしていることもあって、最近は家で作る料理の腕前も上達してきた。

 午前中に洗濯や家の掃除、今日の分の宿題をあらかた済ませてきた一は、当然夏休みで学校もないので、私服で出掛けた。

 一は徒歩で30分、炎天下の中を自宅から駅前までの道のりを歩く。地元の豊二季駅から楓駅は電車で行けるが、行き帰りの電車賃が気になる。楓駅前から少し離れた所にあるカラオケ道場!!の前には大きめの駐輪場があるが、これも駐輪代を取られるし、道端やコンビニの前に自転車を勝手に置いておくと、すぐに取り締まられてしまう。違法駐輪の取り締まりも、最近はやたらと厳しい。

 一としては、ひとカラにつぎ込みたい資金を、無駄遣いしたくはなかった。

 週三でバイトをしているとは言え、家に入れるお金や高校の必要経費などで、一の自由に使えるお金もそこまで多い訳ではない。

 一の唯一の安らぎとも言えるひとカラも、やはりお金がかかる。会員料金を駆使し、利用料金が安い平日に行くとしても、週に一、二回行くだけでも月に掛かる費用はバカにならない。

 そんな訳で、ひとカラに無類の情熱を傾ける一は、日々の生活から費用節減に務めなければならず、ある程度はできる限り徒歩で出かけることにしていた。


 そんなこんなで午後2時前に楓駅前に到着した一は、まず楓駅前東口の電器店「リトルカメラ」に入る。

 第一の目的は涼みに行くため。もう一つの目的は、イヤホン探しだ。

 最近、一の使っているイヤホンが片耳聞こえなくなってしまった。スマートフォン付属のイヤホンを、アニソンを聴くために夜寝る時も耳につけていたら、寝返りを繰り返しているうちに壊れてしまったようだ。

 今はノイズキャンセリングや、周囲の音も適度に拾うことができる便利な機能てんこ盛りのイヤホンが沢山出ている。店頭に並ぶ試聴用のイヤホンに、自分の音楽プレーヤーを繋いで試聴してみる。

 高スペックな音質についつい聞き惚れてしまう。

 だが、値札を見てみると、5000円、1万円、3万円……とてもじゃないが、高校生の一が簡単に手を出せる価格ではない。

「………はぁ」

 イヤホンは、もうちょっとお金を貯めてからだなあ。

 思わずため息をつきながらイヤホンを外し、販売台に戻した一は、強めの冷房でお腹を冷やさないよう気を付けながら、何の気なしに隣のヘッドホンコーナーに向かった。

 ヘッドホンを見ると一は自然に、4日前にカラオケ道場!!で遭遇したヘッドホン少女のことを思い出していた。

 あの子、またカラ道に来てるのかな…。アニソン、すごく好きそうだったな…。

 一には、学校で付き合いのある友達はいるが、自分の趣味について話す人はいない。ましてや、ひとカラやアニソンについて語ることのできる友達はいなかった。

 元々、一は学校であまり人と話さないこともあって、友達が多い訳ではない。

 高校の同級生たちは、自分の好きな音楽やゲームを語ってくれるが、多くは子供時代に見ていたアニメから離れていってしまう。いわゆる「卒業」というやつだ。

 ここ最近は、アニメやアニソンが日本の文化の一つとして認められつつあり、一辺倒に「ダサい」とこき下ろされる風潮も弱まってきているとは言え、一には、自分のアニメ・アニソン好きを存分に出せる機会がなかなか無かった。

 そんなことを考えながら、一は彼女が自分にマイクを差し出して来た時の、自分を見つめてくる目を、ぼんやり思い出していた。

 エメラルド色の瞳の中には、星が住んでいた。

 綺麗な目、してたな…

 どんっ!

「……ぅおっ!」

「んひゃああっ!!!」

 ヘッドホン売り場でまたもトリップしていた一を、軽い衝撃と一風変わった叫び声が引き戻した。

 今度はカラオケ店でのようには転ばなかったが、耳近くでした大きな声のおかげで、耳がキーンとした。

 声のした方を見ると、そこにはなんとあのヘッドホン少女がいた。

 彼女は前と同じく、黒く大きなヘッドホンを頭につけて、セーラー服を着ていた。まだ学期中なのか、それとも部活帰りか。

 ヘッドホン少女は、どうやら売り場でヘッドホンを見ていたようだ。急な遭遇だったので叫び声が出てしまったのか。

 それにしても、叫ぶのはやめて欲しい。まるで変質者扱いだ。周囲の視線が何だか…痛い…。

 響く耳をおさえながら、一は少女の様子を見てみる。

 ヘッドホン少女は、例のごとく顔をりんごのように赤くして、こちらの様子をうかがっている。相変わらずエメラルド色の不思議な眼をしている。なぜか学生カバンを胸のところに抱えて持ち、盾のようにしている。どうやら一のことを相当攻撃的な輩として捉えているらしい。防御態勢は万全のようだ。

 そういうことをされると、本当に痴漢扱いされているようで、一は嬉しくて泣きそうになった。勿論、冗談だ。そういう癖を、一は持ち合わせていない。

 とにかく、また話をしようと筆談のための手帳とペンを取り出そうとして胸ポケットに手を伸ばそうとしたが、今日は私服のため手帳類はリュックの中だ。

 一はリュックをその場で地べたに下ろし、中をゴソゴソやり始めた。焦っているためか、なかなか見つからない。

 なんだか、ヘッドホン少女と会ってから一はどこかフワフワしているような気がした。

 その隙に、例のヘッドホン少女が後ろずさりしながら一の視界からフェードアウトしようとした。

 一は慌てて声を掛けようとする。

「………ぁ、ぁ、ぅあのっ!!」

 …盛大に噛んでしまった。

 普段声を出し慣れていないせいで、慌てて話そうとすると毎回こうなってしまう。しかも今回は思ったよりも大きな声が出てしまった。恥ずかしくて死にそうだ。顔がファイヤーしてしまいそうに熱い。

「………ぁ、あの…アニソン…とか好き…なんだよね……これから…カラ道に…行くから……一緒に………来る…?」

 つっかえながらも、慎重に、慎重に言葉を紡ぐ。

 りんご顔のヘッドホン少女は、きょとん顔で言葉をしぼりだす一を見ている。ヘッドホンで自分の言ったことが聞こえなかったのだろうか。

 数秒の間を置いて、表情をパッと明るくした少女は、ブンブン顔を縦に振った。どうやら、答えはイエスのようだ。

 本当に、リアクションの明確な子だ。くるくると表情が変わる。

 それに、その赤らんだ頰と明るくなった表情の顔が…なんか…こう…

「………かわいい」

「んっっっ!!!」

 またも心の声が漏れてしまった。最近脳と発声機能の部分が故障してしまったのか、一は思ったことが声に出始めるようになってしまったようだ。


 それに、この子の前だと、いつもは出せない声もよく出るみたいだ。


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