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姥捨て  作者: ぐり
4/4

尊厳

 日曜日の朝。休日出勤も、出張も、ゴルフも無い日曜日。朝寝坊を堪能した正男が二階の寝室から降りてくると、台所が騒がしい。真由と正春と母で騒ぎながら何かをしている。どうやら、お菓子を作っているらしい。恭子は電話の最中だった。

「さあ、飾りつけはおしまい。後はオーブンで焼きます」と真由の声。皆で居間に移動してくる。

「それじゃあ、宜しくお願いします」

恭子も電話を切る。正男にコーヒーを入れて手渡しながら相向かいに座る。

「おとうさん。あの話、決まりそうだからいいでしょう?」

一瞬なんの話だか分からない。

「ロングスティの入居の話よ」

そういえば、そろそろ認知症も受け入れてくれるホームに入所させたらどうかという話をされたような気がする。その時自分はどう返答したのだろうか?

「お前はそっちの知識もあるんだからお前が決めれば良いって言ってくれたから、探して手続きを勧めていたんだけど、空が出来たので来週には入居出来るって話なんだけど」

そう言われれば、そう言ったような気がする。たしか、皮肉のつもりで言った筈だが、逆手に取られたと言う事か。

「そうは言っても。他の兄妹だっているんだ。うちだけで決められる筈も無いじゃないか」

精一杯の抵抗。

「もう話してあるわよ。だって普段から連絡する時に嫌がって私にさせるから」

 憮然とする正男の前にパンフレットが置かれる。見て気分の良い物では無い。が、表紙の絵が目を引き付ける。

「是は…」

 姥捨て山。正式名称は別にある、が地元の人間は皆「姥捨て山」と呼ぶ、故郷の山。

「住民の高齢化が進んで、県が補正予算を組んでくれて、「ディサービス」「ショート」「ロング」と総合的に備えた施設が出来たの。まだまだ、これからの部分も多いけど、評判は上々よ」

「母さんはどう思っているんだ?」

認知症が進んだ母親が反対した所でどうにもならない事は分っているが何とか反撃の糸口を掴みたくて話しかける。そういえば、母親と話をするのは、何ヶ月ぶりだろう。

 母親は少し困った顔をして、そして言った。

「おかあさん、この人だれ?」

恭子は困った顔をしている。

「おねえちゃん、誰なの?」

今度は、真由に効いている。

「おばあちゃんの息子の正男だよ」

「正男?まあちゃんはここに居るでしょう」と正春を抱き寄せる。

 正男は言うべき言葉が出なかった。自分は知らなかった。気付かなかった。母親が嫁の事を「おかあさん」と呼ぶ。孫の事を「おねえちゃん」と呼ぶ。そして、自分の事を「誰?」と聞く。

 仕事を辞めないと正男が責め立てた恭子は「おかあさん」と言われている。信頼されている。実の息子の自分は…。

 いたたまれなくなって、家を出た。


 次の一週間は仕事と頻繁に届く、「土日は休んで下さい」メールで明け暮れた。


 そして、正男は車のハンドルを握る。母親を姥捨て山に捨てる為に。

 約2時間の運転を経て、見慣れた懐かしい風景が見えて来る。と後部座席から大きな声が聞えた。

「姥捨て山よぉ。おねえちゃん、まあちゃん、姥捨て山よぉ……嬉しいね。戻って来たね」

「お義母さんのこんなに嬉しそうな声、大きな声、聞いたの久しぶり」

助手席で恭子が涙ぐんでいる。そういえば、親父の墓参りも身体に負担がかかるからと正男と正春で日帰りで強行していた事を思い出す。

「これからは、皆でお墓参りも出来るからね。おじいちゃんの傍に行けて嬉しいね」

真由が優しく語り掛ける。

「うんうん。嬉しいね」


 ホームからは「姥捨て山」が良く見えた。そして、玄関には、弟家族、妹家族が待っていた。

 恭子が事務室で最終確認をしている間、レクレーションルームと言う場所で待っていると介護士に連れられた年寄りが傍に寄って来る。

「まあ、ハナちゃん、やっちゃん」

母親の声。

「あーちゃん。おかえり」

折紙で作られた首飾りをかけて貰って母は嬉しそうに答えた。

「ただいま」


 職員の人の話では、地元と言う事で母の幼馴染も何人か入所していたり、デイサービスに通っていたりするそうだ。恭子は、それも入念に確認したらしい。

 妹の同居している義父母もデイサービスを利用しているらしい。

「ここなら、きがねなくかあさんの顔見に来れるから」と言っていた。


 彼岸には墓参りを一緒にする約束をしてホームを後にした。帰りの車中で恭子が言った。


「年を取るとね、遠い記憶の方が近くなるらしいの。本当は、うちに連れて来た事を後悔していたの。生まれ育った場所から私達の都合で知らない所に連れて来て、おかあさんがそれで幸せなのかずっと悩んでいた」

自分だったらと考えた時に、たとえ嫁がずっと付き添っていてくれてもその淋しさ、心細さは解消されないと思った。故郷に施設が出来る計画は知っていたので、資格を元に職を探してそこで働けるようにして、自分と子供達だけでも姑を連れて戻ってくるつもりだった。けれど、予定外に早く認知症を発症してしまった、などの事を恭子は、思いつくままポツリポツリと語った。

「なんで話してくれなかった」

「だって、あなたは仕事が忙しくて、それに仕事を辞めない私に腹を立てていた。冷静に話合える状態じゃなかったでしょう?」

「まあ、うん」

「でもね、きっと分ってくれる日が来ると思っていたわ」


 正男の中で離婚する意志は綺麗に無くなっていた。

 母親の弾んだ声、嬉しそうな笑顔。それは、文句ばかり言っていた正男には到底引き出す事が出来ない大プロジェクトだと素直に思えた。


「まあ、その俺も悪かった」

精一杯の謝罪の言葉。

「もう、素直じゃないんだから」

真由の一言で車中に笑い声が響いた。


 親が年老いた時に子供はどうすれば良いのか、ハッピーエンドはどこにあるのか。

 親の介護の問題で夫婦の意見のすれ違いは何処にでもある話だと思います。悲しい現実として、女性が介護の部分を背負う事になるのも事実です。

 1人の人間に背負わせて済ませてしまって良いのか?そう考えるきっかけになれば幸いです。

 入所した所で話は終っていますが、この後の話は各自のご想像にお任せします。

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