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引っ込み思案な僕はモンスター討伐に向かう

 それからの僕の生活はなかなかに充実した。

 朝から夕方までは魔法道具店で魔術書の写本の仕事をし、ゴミ箱の我が家へと帰ってからはペンシル先生の魔法陣講義を夜遅くまで受けた。何もせず怠惰に寝て過ごす生活を一年続けていたせいで、体力も気力も最初は全くついて行けなくて何度とズル休みしようかと思ったけど、今も頑張っているアナさんのことを思い出して心と体に鞭を打ち、必死に食らいつくことができた。


 一ヶ月も続けると最初は辛くて辛くて辞めたかった仕事も勉強も苦にならなくなってきたし、仕事のおかげか自動筆記のレガロも結構思った様に使えるようになってきた。魔術書の写本の精度もスピードも格段に上がって、ペンシル先生からの赤ペンチェックからのやり直しが激減して、むしろ褒めて貰えることが多くなった。


 魔法陣の練習は最初こそ暴発の嵐だったけど、ペンシル先生の丁寧な授業のおかげでまあまあ順調だと思う。魔法陣を構成する線と図形と文字の持つ意味を理解すると、頭の中に描く陣のイメージも明瞭になって簡単な魔法陣ならほぼほぼ使えるようになるくらいにはなった。まだまだ低級な魔法しか発動できないし、失敗もあるから頑張らないとだけど。




 とにかく毎日忙しいけれど、両親と妹が死んでから彼方に忘れてしまっていた充足感に溢れる毎日で、久しぶりに生きているような気がしていた。そして僕は今日も一日頑張った体をベットへと投げ出して、明日は何をしようかと思い巡らしながら、深い眠りへと落ちていくのだった。

 次の日、いつものようにゴーダマンションの共同台所で早めの朝ごはんを食べているとペンシル先生が仕事場の時だけ見せるイケメンフォームで僕のところにやってきた。


「おはようノキ君。ノキ君がこっちにきて一ヶ月くらいだ、今日まで仕事も講義もよく頑張って付いてきてくれました。どちらも基本はマスターしたと言ってもいいくらいになったので、今日は基礎講座編の終了試験として魔法陣を使ってのモンスター討伐をしてもらおうと思います」

「え、モンスターですか?!」

「大丈夫、超弱いやつだから安心して! ゲームの序盤にいる小鬼のゴブリンみたいなやつで、私も単独で倒せるくらいだから」

「……うーん、そうですよね、実際に実践してみないと。頑張りますので、よろしくお願いします!」

「いい感じだ、これまでのノキ君の頑張りっぷりなら大丈夫でしょう。じゃあご飯だべ終わったら行こうか。ところでノキ君はパンとコーヒーだけで足りるの?」

「朝はちょっとたべれなくて、これくらいが調子いいんです」

「若いんだからたくさんたべないとダメだぞ少年」




 その後、短めの槍を持ったペンシル先生のあとについて、城の近くの森へと出かけた。城の周りの森はなかなかに鬱蒼としていて、先生がいなかったらどこがどこやら分からないほど入り組んでいた。先生は獣道を進み森が少し開けた部分へとたどり着くと、近くの茂みに身をひそめる。


「ノキ君、これから私があの開けたとこにおびき寄せ用の肉を置く、すると多分ゴブリンが寄ってくるから、それをノキ君が魔法陣で討伐してくれ、作戦は任せるよ」

「はい」


 作戦はどうしよう。魔法の種類は一番練習した雷魔法Lv1サンダーにして、発動条件はどうしよう。目標設定はまだ出来ないから任意型は無しで、相手の動き読めないし時限型も無し、少し難しいけど感知型にしよう。スクラップブックを開き魔法陣を頭に書き写し、右手の木杖を握りなおしたところで、ペンシル先生が仕掛けた肉に灰緑色の生き物ゴブリンがやって来た。その見た目は、腐敗しかけた猿をイキイキさせたような感じで、謎肉に顔を突っ込む食事姿はなかなか強烈だ。


「なんか近寄ったら食われそうだ、恐いいい」




 モンスターというものを初めて目の前にすると、不思議なことに人間種としての生存本能がギシギシとうづき始めた。それに呼応するように闘争本能が湧き上がってくる、虫だって満足に殺せないような僕だというのにだ。


 魔法陣を描くための木杖を握りしめて茂みから腰を上げる。肉にかぶりつくゴブリンまでほんの20m位だ。


 出来るだけ息を殺して、足音を忍ばせて歩み寄る。1歩1歩はわずかしかすすまず、ほんの少しの距離がものすごく遠く感じた。


歩く、 構える、 歩く、 構える、 歩く、、、、


 脚の震えを押さえつけ、喉の奥からあふれ出ようとする悲鳴を必死で飲みこみ続けた。時間軸が狂ってしまっているような空間を進み、肉にむさぼりつく醜悪なゴブリンまでの距離は5mともう目の前だ。僕は感知発動型サンダーの魔法陣を地面へと超高速で自動筆記する。杖の先端は土を掘り、石をはじいて大きな音を立てる。その音に反応してガバッと振り返ったゴブリンの口の周りにはベったりと血がしたたっていた。


ーぎえ、ゲゲゲ


 ゴブリンは獣とも人の声とも似つかない声をあげて走ってくる。

 振りむいて全速力で逃げたい欲求を押し殺して、ゴブリンと相対したまま後ずさった。後少し、あと2m、1m、後1歩、……ああ頼む踏んでくれ。


 ゴブリンの右足が魔法陣内に踏み入れられた瞬間に魔法陣が光り出し、

同時に強烈な閃光が一筋の線となって空から降り注いだ。


ーバリバリバリバリ


 発動の瞬間に目を耳をふさいだというのにも構わず強烈な関光と轟音が伝わってくる。これだけ強い雷なんだ、ゴブリンよ素直に倒れていてくれ。

 

 あたりは一瞬にして元の静寂を取り戻す。僕が腕を降ろし目を開けるとそこには、茶色に焦げたゴブリンがピクリともせず倒れていた。やったのだ、モンスターを倒すことができたのだ。次第に溢れてくる感情にどうしていいか分からず、ペンシル先生がいる茂みに振り向く。すると先生はもう目の前までやってきてくれていた。


「やったなノキ君、素晴らしい作戦に、完壁な魔法陣だったよ。……あれ、どうして泣いているんだい?」

「え、あ、ほんとだ。…どうしてですかね?」


 言われて気が付くいたのだが、目からとめどなく涙があふれ、頬はずぶれぬだった。嬉しいわけでも悲しいわけでもないのに、僕が作りだしたゴブリンの死体を前にしてひたすら涙が流れ続けているのだ。そんな僕を見かねたのか、ペンシル先生はポケットからハンカチを差し出してくれた。


「相手は同じ生き物ではあるからね、命を絶つということに感情が追いついてないのかもね。なに、私だっていまだに慣れないよ。いろんな感情がごちゃまぜになるよ、特に描抗した相手との殺し合いの時はね」

「ありがとうございます。命のやり取りって初めてで」

「いいさ、ノキ君がまっすぐな証拠さ。ただ強くなるためにはこれが出来ないといけない、これからはモンスターとの戦闘訓練もやっていこうか」


 その日、引き籠りで落ちこぼれの僕は初めてモンスターを討伐した。


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