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無職引き篭りの僕は仕事を始める

 ペンシルさんの後に続き城の外に広がっている森を通り、街の端っこにボツンと建つ“魔女のスパナ”を目指す。歩くこと1時間、ようやく辿りついた建物は一見するとただの古めかしい民家だった。ここがそうなのだろうか、先行くペンシルさんは裏口にまわると何食わぬ顔で建物へと入っていく。


「私はちょっと着替えてくるから、ノキ君はそれまで廊下の奥で待っててくれるかな」


 ペンシルさんはそれだけいうと、近くの部屋へと消えて行ってしまった。見知らぬ場所で緊張する僕は言われたとおり、廊下の奥に向かう。廊下のつき当りには扉があって、少しだけ開いた隙間から奥の部屋に色とりどりの薬瓶や禍々しいアクセサリー、びっしりと本が収まった本棚があるのが見えた。首を長くして隙間から眺めていると、扉の隙間からこちらをじっとり見つめる2つの目に気が付いた。いつの間にあったのか、あまりの恐怖に僕は表情筋一つさえ身動き取ることができなかった。






「お兄さん、だれ?」


 隙間からこちらをじっと見つめる2つの目は、そのままの状態で話しかけてきた。声からして小さな女の子であることが解り、心のそこからほっとした。


「えーっと、ペンシルさんに仕事を紹介してもらいにきた者なんだけど、ペンシルさんは今着替えてるとこで、待たせてもらっているんだ」

「お兄さんなんて名前? あたしはスパナっていうの」

「僕はハヤシノキ。スパナちゃんっていうのか、スパナちゃんは何してるの?」

「お留守番! ヤシノキのお兄さん、スパナと遊ぼう?」

「いきなりヤシノキって、まあ全然いいんだけど」

「わーい、一人でお留守番つまんなかったのーーー!」


 元気な声と共に扉が開くと、人形かと思うほど整った可愛らしい女の子が現れた。年のころは小学校低学年くらいだろうか、黒髪のツインテールのおさげが超可愛らしいスパナちゃんは無邪気に僕の手を引っ張って売り場へと出ていく。


「あのね、おままごとしよう? あたしが奥さんで、ヤシノキのお兄さんがヤシノキね」

「単子葉植物ヤシ目 ヤシ科ヤシ分類、ヤシ科をやれと?」

「はー、今日もお店つかれたわー。そうだ今日たまたまお客さんにヤシノキにしがみつくと癒し効果があるって聞いたんだったわー」

「何かはじまってるし。……ちょっ、スパナちゃん?」


 どういう設定なのか意味不明だったが、役になりきったスパナちゃんは僕の右足にひしっとしがみついてくる。まあかわいいし、癒されるのでスパナちゃんが満足するまで僕はヤシノキになることにした。顔を太ももに押し付けてくるので、抑えるついでにサラサラの髪を撫でてあげるとリラックスしているようだ。




 ふと、射すような視線を感じる。視線を感じる方へ振り返ると、そこには髪を後ろに縛ったウエイタ服を着たイケメンが犯罪者でも見るような眼でこっちを見ていた。


「(あかん、どうしよう、これは捕まる。)」 

 言い訳しようにもテンパりすぎた口はピクリとも動かず、嫌な間が流れる。その間に、イケメンウエイターはこちらへとつかつかと詰め寄ってくる、ああこのままだと捕まるう、ペンシル先生着替なんていいから早く来てくれい。


「おい、お前なにやってる! 早くノキ君から離れろ!」

 

 せっかく、せっかくペンシル先生のところで勉強して強くなろうと思ったのに、そのチャンスを潰してしまうなんて、なんて僕はだめなんだぁ。……ん? さっきノキ君から離れろって言った? それにこのイケメンボイスって。


「くそぉ、もう来たのかペンシル! まだ着替えていればいいものを」


 足元のスパナちゃんから予想外の声が上がった。


「え、スパナちやんどうい、それに、イケメンウエイターさんはもしかしてペンシルさん?」

「え、ノキ君てばもう人の顔忘れたの?まさか既にこのリアルロリババアになんかされた?」

「あ、ひどーいペンシル。速攻ばらすなんて反則だー。ほらー、ヤシノキ君あ然としちやってるじゃーん」

「ごめんノキ君、まさかこいつがいるとは思わなかったんだ。何をかくそう、このちびっこ(38才)が、この魔法道具店の店長であるスパナさんだ」

「ごめんねー、だますつもりはなかったんだけど。ちょっと好みのタイプだったんで相性チェックしてたみたいな? で、ペンシルが新人連れてくるなんてどういう風の吹き回し?」

「ノキ君は私と同じく転移者で、自動筆記持ちなんだよ。だから他に働くあてもないし、最近こっちも人手不足だったから、ちょうどいいかと思ってね」

「ふーん、ペンシルの紹介ならいいんじゃない? 面倒見るのはペンシルなんだし。じゃあ、ノキ君はうちで採用ー、おめでとー!」


 か、軽い。いいのかこんなのでと思うほど軽く決まったが、何やらペンシル先生はかなり信頼を置いているみたいだし、そのおかげなんだろう。


「よし、じゃあ決まりだ。当面はここで一緒に魔術書の写本サービスをやってもらうよ。じゃあ、さっさく仕事みてもらおうかな」

「はい、よろしくお願いします。あと、スパナ店長、先程は気付かないでどうもすみませんでした。これからよろしくお願いします」


 未だにこのお子様が店長とか、ペンシル先生が言った38歳とかって事実が信じられないが、これからは僕の雇い主なので、先程の謝罪と合わせて頭を下げた。


「ヤシノキ君、そんなうつろな目でそんなセリフを言わせてごめんね。私がふざけたのがいけないの、私のいったことは気にしないで。あと私は名目上の店長だから、仕事はペンシルに色々聞いて頑張ってね」


 そういうと天使みたいな笑顔を浮かべるスパナさんは、奥にある別の扉へと消えていった。それを見送ったペンシル先生は、一つ溜息をつくと本棚にある高そうな本を手にとって部屋の隅にある作業台へと向かった。席についたペンシル先生は丸渕のメガネをかけると、白紙の本に自動筆記を始めた。


「この魔術道具店には結構な価値のある魔術書がごろごろあるんだ。だいたいそういう魔術書っていうのは、高名な魔術師の手書きとかで普通は一般販売しないんだけど、この店では写本という形式で安価で販売しているんだ。手書き感まで再現できるのは自動筆記だけだし、図形だけは手書きしてるけど、すごく魔法陣の練習にもなるんだ。今こそ、私達自動筆記持ちにとっての天職と思っているよ」


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