異世界に順応したきた僕は今日も仕事へ向かう
魔法のスパナで働きはじめて2ヶ月が経とうとしていた。この時点で異世界生活が2ヶ月ということになる。
少し肌寒かった陽気も暖かさを増し、辺りの樹木はその枝にめい一杯の緑を芽吹かせていた。
仕事の調子は順調で、ペンシル先生の熱心な指導のもと魔道書の写本技術もメキメキと上達し、自分の中から消滅したんじゃないかと思っていた自信や熱意が芽生えはじめているくらいだ。異世界に無理やり呼びつけられて、即捨てられたという残念な状況にも関わらず、前を向ける人間て結構面白いなと思う。
そして、はじめてのモンスター討伐からこの1ヶ月は、ペンシル先生監修の戦闘訓練、簡単に言えばモンスター討伐だが、それを仕事の前と後にみっちりとこなしてきた。
「実戦に勝る訓練は無し!」
というペンシル先生の教育方針はなかなかにスパルタだ。城や街の周辺の色々なところに色々なモンスターを狩りに回った(8割がたはゴブリンだったけども)。あと、ペンシル先生は魔法陣だけでなく、近接武器である槍の使い方1から厳しく、きびしーく教えてくれた。先生はその文系な見た目に反して実は武闘派だったのだ、そういえば最初のゴブリンの時も槍をこなれた感じで持ってたし。当然、引きこもりの僕は幾度となく危ない目にあったが、そのたびに横から槍をビシッと入れて助けてくれて、なんとかやってくることができた。
「ノキ君は、自動筆記した魔法陣が効かない相手が現れたらどうするんだい? 役に立たない落書きしながらむざむざ死ぬのかい? さあ素振りだ、あと10000回!」
「……はあああい(ひきこもり舐めんな、この一年ノートパソコンより重たいもの持ったことないわぼけええ)」
失敗したあとは大体こんな感じだ、魔法陣というよりは肉体と精神の修練だった気がする。
あとモンスター討伐をすれば、討伐依頼や骨や皮などの素材が手に入るので、棚ぼた的に財布と装備が充実した。まあ駆け出し冒険者レベルではあるが、こっちに来た時のスウェットは寝間着にして、日中はそれらしい格好をしている。
「さあ、今日もいっちょ狩りに行きますか!」
先生からもらった古びた槍を片手に資料管理室の扉を外に出ると、そこにはなんとアナさんがいた。早朝の冷たく澄んだ空気と、キラキラとした陽光の中に佇むアナさんは幻かと思うほど綺麗だと思った。
「や! 久しぶりノキ君。 元気してた??」
「あ、あ、アナさんっ! お、おはようっ! ぼくはげ、元気です!」
「そう、良かった! それはそうと、ノキ君は同郷の仲間のことを、どうして2ヶ月も放っておいたのかな? 私のことは心配じゃなかったのかなー、残念だなー」
「いえいえいえいえいえいえいえいいえいえいえ、そういうわけではなくてっ! アナさんの邪魔をしないように、
「うそうそ、うそだよー! それに私、この1ヶ月くらいお城から離れてたし。昨日戻ってきたとこなんだー」
「あ、そうなんだ。 訓練ですか?」
「知りたい? えーとっね、幻獣洞窟ってとこに行ってきました。そして、約束通り見せたいものがあるのですっ! おいでタマJr!」
アナさんが振り向いた方向の廊下から、コーギーみたいな犬がこっちへと駆けてくる。だがそのコーギーはおかしかった、このだだっ広い廊下の天井につくくらいの大きさなのだ。タマJrと呼ばれた巨大な犬は、小さな地響きを起こしながら迫ってくると、僕を一飲みにせんと大きな口をバカっと開けた。
「た、食べられっ、」
「アハハハハハ、食べないよ。その子は幻獣“ウォードッグ”のタマJrちゃんです。初めましての挨拶にぺろぺろしよとしてるんだねって、もうベロベロにされてるねノキ君。 気に入られたのかな、アハハハハ」
『ワンンっ!』
アナさんが説明するのと同時にタマJrの大きくてザラザラした舌でベチョべちょにされてしまった。くそー、いろいろよだれ臭くなったじゃないか。
「おまえ、タマJrっていうのか……。かわいいやつだな、よろしくな!」
『ワンワンっ!』
「それはそうとアナさんは、もう幻獣と“意思疎通”のレガロをできるようになったの? すごいね!」
「先輩に助けてもらいながらだけど、けっこう頑張ったのであります! レガロのLVも3から6に上がったし、弓もちょっと使えるようになったんだよ」
「すごい、アナさんはどんどん先にいっちゃうなー。」
「あ、いや、その先輩がすごいんだよ。強いし頼りになるエルフさんでね、その、私だけの力じゃないというか……」
「………」
きっとアナさんには優秀な先輩転移者がついたんだろうな、美人で聡明で将来有望だし。というかイケメンエルフの先輩と洞窟で特訓してたのかー、そんな吊り橋条件下だったら、もう間違いなく恋とかめばえちゃったんだろうなー。すごい信頼してる感じだったし。
そうかー。望みがあるとは思ってなかったけど、思い知らされるときついものがあるなー。せっかく憧れのアナさんに会えたというのに、目の前が急に真っ暗になった気がして、早くこの場から離れて一人になりたいと思った。
「ごめんアナさん、そろそろ行かなきゃ。 あ、そうそう、僕も仕事を始めたんだよ。 また今度ね。タマJrもまたな。」
「……っ、引き止めてごめん。………じゃあ、またね」
僕はアナさんから視線を逸らしたまま廊下を足早に歩いて、いつものように外に向かったのだった。
「はあ、やっちゃたなー、浮かれて自分のことばかり喋っちゃって、ノキ君をうんざりさせちゃった。タマJrともせっかく仲良くなってくれそうだったのに……、私ってどうしてこうなんだろう……、はあどうしよう」