16.正月
「もう大分、日も短いし、工事が忙しくて、ここに来るのが間に合わないんじゃないかな? あっちじゃ、山の中って言ってたし」
二人にはそう言ったものの、水上晶は同じ不安を抱いていた。
……病気になった?
何日待っても、黄昏る研究棟の壁に、誰のものでもない影は現れない。
……事故に遭った?
悪い予感だけが、次々と浮かんでくる。
……工事が無事に終わって、それで、人柱にされた?
なるべくいいことを考えようとしても、楽天的な想像は、絶望に蝕まれる。
……時の流れを下ったけど、別の時代に飛ばされた?
生きていて欲しい。
ただ、それだけを願って、三人は吐息が白く曇る廊下で待ち続ける。
冬休みになった。
晶にとって、生まれて初めて迎える龍の居ない正月。
テレビの正月特番の賑やかさが心に刺さり、誰が言うともなく、電源を切った。
隣の庄野家は、ひっそりと息を殺し、休み明けを待っている。実家に集まった龍の兄たち一家も、静かに過ごしていた。
小さな子供たちも、大人たちのただならぬ様子に戸惑っている。
初詣に出掛けた庄野一家は、恐らく初めて、全身全霊で神に縋っただろう。
晶も、依渡浮根神社が現存していれば、そこで祈るつもりだった。常盤から聞いた秋の日に、すぐ。
水上家も、総出で近くの神社に詣で、一人息子の幼馴染の無事を祈った。
三箇日が過ぎ、龍の兄たちは、それぞれの家に帰っていった。龍の父も、仕事に戻った。
龍の母は、一人で呆然としている。
孫の顔を見ている間は嬉しそうにしていたが、帰った途端、何もしなくなった。
今は、晶の母が、隣の家事などを手伝いに行っている。
冬休みが明けてすぐ、晶は研究棟に向かった。
常盤は、まだ来ていない。新春の弱い光に、晶の影が伸びる。重なる影はない。
正月休み返上で実験に打ち込んでいたらしい学生たちが、怪訝な顔で、晶の傍を通り過ぎる。
晶たちは、そろそろ就職活動を始めなければならないが、とてもそんな気にはなれなかった。
生まれてから大学院まで、学校はずっと同じだった。
晶と龍は、学部が違うので、就職先が同じになることはない。
兄弟同然に育っても、いずれ別れが訪れることは知っていた。現に、龍の実兄たちは、高校も大学も龍とは別の所に進み、進学や就職を機に家を出て行った。
……でも、こんな別れ方ってあるかよ……
事象を体験していない者に話せば、頭がおかしいと思われるに違いない。そんな突飛な別れだ。
普通に就職したのなら、どこか遠くへ転勤しても、正月休みくらいは帰省できる。
あんなに「時間」に囚われることを嫌がっていた龍が、過去に捕まってしまうとは夢にも思わなかった。




