14.伝承
「庄野君に帰る意思があれば、次の満月にでも、すぐに」
常盤の力強い宣言に、おばさんの顔がパッと明るくなった。
晶は、常盤が何故そんなに確信を以て断言できるのか、不思議に思った。
龍は何も言わない。
影が眼鏡を外し、服の端で拭いている。
常盤は、鞄からバインダーを一冊取り出した。開いて見せてくれたものは、古文書らしきもののコピーだった。
彼女は、龍の影に肩を預けるように壁にもたれ、時折、晶の眼を見ながら、資料を拾い読みし始めた。険しい眼差しに批難が籠められている。
「今日、半日、大学の図書館に籠って古墳のことを調べました。郷土資料室に実験棟増築工事や古墳の言い伝え、戦前まであった神社の本が、たくさんありましたよ。水上さん」
……要するに、調べなかった俺が悪い……と。
神社の名は、依渡浮根神社。
縁起は、神代の昔から伝わる。「鴇之依渡浮根」の護りとして建立……
「鴇之依渡浮根」は、紅葉散る黄昏の光に依り言霊を運び、有明の月に依り人を何処かへ……
「龍、その辺に神社ってあるか?」
〈ないよ。何にも。それって何時代の話?〉
「時代については、単に由緒正しいアピールなだけの場合があるからなぁ……」
「古墳の分析結果では、千五百年くらい前だったそうです」
常盤の説明に、おばさんが息を呑んで壁を見詰める。
説明の穴に気付いた晶は、静かな声で指摘した。
「有明の月は朝方、南の空に見える月……満月じゃなくって、その後の二十日過ぎの月のことだよ」
更に、常盤の調査結果を覆す言葉を連ねた。
「それに、『ときのいわふね』は、西からの光しか入らないんだろう?」
影が頷く。
常盤の顔から血の気が引いた。
「あ、で、でででもっ、よく半日で、それだけ調べてくれたよ。俺なんか、どうしようって思うだけで、図書館で郷土史を当たってみるなんて、思いつきもしなかったのに……」
晶は慌てて取り繕ったものの、問題はそれだけではなかった。
仮に、月のある朝に時間を超えられるとしても、「今」に戻って来られるとは限らない。
未来ではなく、もっと古い時代に飛ばされる可能性も、充分に考えられる。
未来に進むことができたとしても、戦乱期など、危険な時代に飛ばされないとも限らない。
量子テレポーテーションを人工的に起こすには、それなりの施設が必要だ。
重力異常の地点同様、自然に何らかの条件が揃い、量子の捻じれが生じる場所があるのだろうか。
龍が、ガラクタで創った自称「タイムマシン」で時を遡れたのは、鴇之依渡浮根……光子を歪ませる「場所の力」のせいではないのか。
……ムラの人たちは、「ときのいわふね」は、「時の流れ」を下って行くものだって言ってたらしいから、少なくとも、未来には行けるんじゃないかな……? 今回は偶然、あっちの人に観測されたから、過去に行けただけで……
龍の身体が再構成された場所が「ときのいわふね」の内部ではなく、ムラの中心だったことの説明は付けられない。ガラクタ素材のタイムマシンのせいか、その時行われていた儀式のせいなのか。
「龍、ほんとに帰って来られるのねッ? いつ帰ってくるのッ?」
「……下弦の……月の頃……だと思います……多分」
常盤の声は、すっかり自信をなくしていた。
晶には、龍が自分とほぼ同じ不安を抱いていることがわかった。それを、彼女らに言い出せないでいることも。
夕日が水銀灯の光に変わり、その日の会話はそこで終わった。




