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毒娘は予見者と再会し、旅の仲間が揃うことになる

カンタレラは、現在の状況をよく理解することができなかった。


目の前に立っているのは確かに昼間助けたあの少年であり、

彼が抱えている荷物は自分が無くしたもので相違ない。


だが、あのとき少年は荷物を置いていたのとは別方向に去って行ったはずだし、

名前など書いた覚えはないのだから、カンタレラのものだとわかるはずもないはずだ。

なぜ彼が荷物を持っており、そしてなぜここに現れたのか。


「あの……」


不審に思いながらも、カンタレラが一歩、そちらに近づこうとしたそのとき、


少年はにこっと笑って、


逃げた。


「え? ちょ、ちょっと! 待つのだわ!」


少年は街の灯りに金の髪を時折キラキラと光らせながら、夜道を振り返りもせず砂の音を立て逃げていく。

カンタレラは慌てて後を追った。


少年が向かっていたのは、元いた店の方向だった。

そう時間がかからないうちに、カンタレラはまた店の門柱の前に出る。

リンドンはどこに行ってしまったのか姿が見えない。

と、少年は足を止め、くるりとこちらを振り返った。

金色の髪が、店の灯りに反射している。

彼はまたにっこりと微笑んで、


「どうぞ。これを探していたんですよね」


カンタレラに荷物を差し出した。


「…………」


「…………」


「……『どうぞ』ではないのだわ」


カンタレラはリンドンがそうしていたように、腰に手を当て相手を睨みつけた。

威圧感を与えるには身長が足りないかもしれないが、できるだけ恐ろしい目をしてギロリと顔を見てやる。


「説明をしてもらう必要があると思うのだわ。どうして貴方が私の荷物を持っているの?」


「ああ、それは……」


カンタレラは皆まで言わせず、少年にツカツカと歩み寄り、やや乱暴に荷物を奪い返した。


「……あの男たちと、グルだったということ?」


この少年は、あのとき逆方向に去っていった。

それ以前の問題として、あの状況ではこの荷物がカンタレラのものだと知る術はないはずだ。

だというのにこの事態というのは、少年があの男たちと通じていたということではないか。


「あの男たちに襲われる芝居をし、『親切』なカモが貴方を助けに来たところで、荷物を奪うという計画だったのではない?」


不自然に高級な服装も、カモを釣る餌と考えれば納得できる。

今回の場合は、カンタレラが荷物を置いてきてしまったので、別の者が後ろから盗んだのではないか。


少々無理がある気がしたが、説明はつく。

しかし、予想に反して少年はひどく慌てたようだった。


「ち、違います! 全然そんなことはなくて、ただあなたに助けていただいたお礼をしようと思って」


「では、これが私の荷物だとなぜわかったの」


「えっと……」


「他にも聞きたいことは多いのだわ。なぜ、ここでお礼をすると?」


それも奇妙な点だった。

この少年は、あのときこの場所を指定した。「夕食を食べた店の前で」と。

あのときカンタレラは夕食の予定など立てていなかったし、リンドンに誘われなければこの店に足を踏み入れることもなかっただろう。


なのになぜ、彼はここで荷物を差し出したのか。


「それはその……決しておかしなことではなく……」


少年はオロオロアワアワと手を振りながら反論しようとしている。

その姿はどこか小動物を思わせたが、和んでいる余裕ははない。


「その、なんとなくと申しますか……」


「理由になっていないのだわ」


仏心を起こした結果、カンタレラは危うく全財産を失いかけたのだ。

自業自得とも思うが、怒る権利はあるだろう。


「貴方は私の名前も知らないし、私が荷物を持っているところも見てはいないはず。

……やはり、あいつらとグルだったということね」


「ちちち、違います! 僕は全然、その、これは運命なんです! だから間違いなくて」


「とりあえず、二人とも落ちつけ」


呆れたような声に振り返ると、

いつの間にかついてきたらしいスラフィスが、面倒くさそうな顔で立っていた。


「夜中に往来で騒ぐなよ。

よくわかんねぇけど、順序だてて話さなきゃな。まず名前から聞いてもいいか?」


促されて、少年はおずおずと口を開いた。


「僕は……その……イト・ヨキと言います」


「イト・ヨキ!?」


スラフィスは目を見開いた。


「知っているの?」


「知ってるっつーか……イト・ヨキってのは、王家づきの予見者のはずだぞ」


カンタレラは目を瞬かせた。

王家づきの予見者一族、その存在は聞いたことがあった。


サハラーゥの王家には、代々仕える予見者がいる。

彼らはどんな未来も見通すことができ、その予見は百発百中。これまで何度も国を救った。

一族は王に大変重用され、その立場は最高位の貴族と同列。時には宰相よりも上とされたという。


確かに、少年の恰好は庶民には到底不可能な豪華さだが、本当にヨキ家の人間だとしたら、そんな立場の者が、なぜこんなところにいるのだろう。


「一月以上前に行方不明になったって聞いたが、こんなところで何してんだ」


少年は困ったように笑った。


「家出したんです。そういう夢を見たものですから」


「夢……?」


「はい。僕の夢は必ず予知夢ですから」


予知夢というのは、未来を夢に見ることだ。

たとえば転ぶ夢を見て、次の日昼間同じ場所で本当に転び、「あれは予知夢だったのか」と思うようなことは稀にある。

予見者の一族は、夢までも予見ということなのだろうか。


「当主が家出ってなぁ……。

それなら書き置きくらいしておけよ。けっこうな騒ぎになってたみたいだぞ」


「そういうわけにはいかないんです。誰にも何も知らせず、こっそり家を出る夢だったので」


「よく……わからないのだけれど」


カンタレラは首をかしげた。


「予見者というのは、未来を見ることができるのではないの?」


「そうです」


「たとえば未来の夢を見たら、後から実際に同じことが起こるのを『予見』『予知夢』と言うのよね?

けれど夢に見た通りに自分で行動するというのは、『未来を見た』とは言えないのではない?」


転ぶ夢を見たとして、後日うっかり転んだらそれは予知夢だろう。

だが転ぶ夢を見たからといって、後から意識的に転ぶのは予見でもなんでもないではないか。


「貴方は、本当に予見者なの?」


ヨキ家の予見は百発百中と聞いていたが、夢に見たことを自分で再現しているとしたらバカバカしいにもほどがあるだろう。


「うーん……ちょっと、複雑なんですよ」


少年は先程からずっと困ったような顔をしていた。

眉を八の形にした情けない顔のまま、彼は通りの向こうの建物を指差した。


「僕が予見者でることの証明は簡単です。たとえば、今から8数えたらあの家から人が出てきます」


「え……?」


「8,7,6,5,4,3,2,1はい」


少年が微笑んだ瞬間、言われた通りに扉が開き、家主らしき男がふらふらと姿を現した。


「こんな時間に……?」


「酔い覚ましに夜風に当たろうとしているんですね。もうすぐ転びますよ」


八の字眉の下の目が、自信ありげに細められる。

と同時に、件の男はふらっと石に躓いて転んだ。


「ね?」


「…………」


カンタレラはとっさに答えることができず、スラフィスが代わりに口を開いた。


「まぁ……間違いないみたいだな。

けど、つまりヨキ家の予見ってのは、見たら逆らっちゃいけないものなのか」


「基本的にはそうですね。僕は運命に逆らう訳にはいきません」


つまり、家を出るという未来を見れば、自分の意思に関係なく家を出るし、家族に黙っているという未来を見ればその通り黙っているということ。


「そんな予見に、意味があるとは思えないのだけれど」


予見に価値があるのは、迫り来る不幸を避けることができればこそだろう。

だが、見た未来をそのまま再現しなければならないのならば、それに何の意味があるというのか。


「せいぜい心の準備ができるだけなんて、下らないのだわ」


「そうでもないんですよ。転ぶと前もってわかっていれば、薬を用意しておくことができるでしょう?」


「それは……そうかもしれないけれど」


「僕は昼間あなたの顔を見たときに、荷物が盗まれる未来を知りました。

その運命自体は変えることができないのですが、盗人の顔を見ておきましたので、先回りして取り返すことができたわけです。

すぐにお返ししたかったのですが、この時間この場所でお返しすることも運命でしたので、さっきのような結果になったわけで」


「なんだか……ややこしくて頭がくるくるするのだけれど」


実際に頭が回っているような気がして、カンタレラは首を振る。

少年はまた困った顔をしたが、今度は先ほどよりも年相応の顔に見えた。


「そんなに難しいことじゃないんだけどな……。

確かに僕は未来を見ることができますが、それは全てではないんです。たとえば『四つ足で鬣のある生き物』ということがわかっていても、駱駝や馬、ロバの可能性がありますよね。そんな風に、見えた未来を元に、知らない未来の不幸を避けていくのがヨキ家の役目です」


わかったような……わからないような。


「とりあえず、私は貴方に礼を言えばよいのね」


ともかくも、この少年が荷物を取戻してくれたことは確かなのだろう。

カンタレラは小さく咳払いをすると、少年に向かって頭を下げた。


「ありがとう。これがなければ路頭に迷うところだった」


「そんな、とんでもない! 僕の方こそ助けていただいたんですから!」


「私は勝手にやっただけなのだから。礼を言われる筋合いはないのだわ」


「そんなことありません! 僕はもう少しで全財産を奪われるところだったんですし、あなたの荷物を取戻すのが公平です」


「貴方なら自分の荷物も取戻せたのでしょう? ならば私のことなど気にしないで」


「おーい、お二人さーん、ちょっといいかー」


カンタレラとイトが二人同時に振り返ると、

スラフィスは自分の肩を抱いて少し大げさに体を震わせた。


「いいかげん寒いんだが、まだ続くなら店に入らないか?」


「……確かに、少し寒いのだわ」


「お店に入りますか」


砂漠の夜は冷える。カンタレラとイトは、どちらともなく顔を見合わせ微笑んだ。


「ところでさ、家を出た理由はなんとなくわかったけど、なんで戻らないんだ? 王様死んで大変だったのはわかってんだろ?」


「残念ながら、未来の僕はまだまだ屋敷に帰りそうにないんです。実をいうと、明日には隣国に旅立つ運命になっているんですよ」


「そいつぁ難儀だな」


「家には弟が残っているので、なんとかなると思ったのですが……」



再び足を踏み入れた店の中は、相変わらず騒がしかった。

時間が時間のためか、客のほとんどは正体なく酔っていて、スラフィスが戻って来たことに気づく余裕もないらしい。

三人は誰にも声をかけられることなく、店の奥に進んでいった。


「なんだい。また変なのが増えたね」


リンドンの席は一番奥。

騒ぐ酔客の中で、ただ彼女だけが先ほどとまで変わらない様子で背筋を伸ばし、ゆっくりと茶を啜っていた。


「予見者とは驚いたよ」


老婆はさほど驚いた様子もなく、カンタレラたちに椅子を勧める。


「やはり、イトは予見者なの?」


「それも王家つきのだろ。行方不明と聞いてたが、こんなところにいるとはね」


リンドンが言うからには間違いないのだろう。カンタレラはホッとしつつ勧められた椅子に腰掛けたが、イトは動く様子がない。


振り返って顔を見ると、少年は昼間のカンタレラのように、驚きと警戒の入り交じった表情で老婆を見詰めていた。


「あー……。ま、説明するわ。とりあえず座れ」


カンタレラは「スラフィスは頼りになる人間だなぁ」と思った。

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