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迷い込んだ世界

「人生、何が起こるか解らない」という偉大な言葉がある。確かにそれはその通りで、俺自身もその言葉に絶対の信頼を置いていた。だがしかし、何事にも例外という物は必ず存在する。"何が起こるか解らない、と言う断定に対し、絶対に起こらない事とは何か"という問いに対する答えは至極単純で、要するに"現実的に起こりようがない事"という、全国のクイズマニアが聞いたら全力でぶん殴られそうな答えがそれだ。では俺が今置かれているこの状況は何だ?何故俺はこんな状況に放り出されている?

 では満を持してお披露目しよう。今現在、俺に起こっているこの状況を。


 ドラゴンに追い掛けられていた。


 ……もう一度言っておこう。


 ドラゴンに(下手)追い掛け(すりゃ)られていた(死ぬ)


 状況を表すには、この一文で十分だった。

 冗談では当然ないし、憤激したかーちゃんをドラゴンに喩えた文学的表現でも勿論ない。文字通りの、西洋ファンタジー系の火を吐くドラゴンが、俺を糧とするべく躍起になって追い回しているところだった。幻でも何でもない。実際に火を食らい、焼け付く様に痛む右足がそれを証明していた。

 何故こんな事になっているのか。それは恐らく、奴の巣に入り込んでしまったからだ。──否、入り込んでいたという方が正しいだろう。目が覚めた時、既にそこに居たのだ。

 ここでもう一つの疑問。"そもそもの話、ここは一体何処なのか"。間違い無く室内で寝ていた筈なのに、寝惚けていつの間にか屋外、それもあろう事かドラゴンの巣で寝てしまいました。そんな話がある訳がない。っつーかそんな事考察してる場合じゃねえ!

 そう、俺は荒野を駆ける韋駄天であった。韋駄天の視界には、恐らく城壁都市と思われる壁が目前に見えている。あそこまで逃げてしまえばこちらの物なのだ。

「っ──何だあれ?」

 城壁から何かが出てくるのが判った。何とか意識をそちら側に傾けると、それは馬である事が解った。一頭ではない。よく目を凝らすと、十頭居る事を確認。筋道立てて考えれば、あそこには十人以上の人が居る事になる。

「助けてくれぇぇぇぇぇぇぇーーー!!!!」

 腹に力を込め、体内の空気を全て吐き出す勢いで叫ぶ。

 直後、集団の中で何かが光った後──

 ズドォォォォォォォォッッッッッ、という凄まじい爆音が轟き、閃光がドラゴンを貫いた。

「──は?」

 身体の三割程を喪失したドラゴンは墜ち、夥しい量の血液を撒き散らしのたうち回る。が、その後数秒で事切れた。

「……え?」

 起こった事を把握出来ていない俺は、その場にただ呆然と立ち尽くす。そうしている間に、馬の一団がこちらに辿り着いていた。一団は馬の頭数と同じ十人。うち九人は男、いずれも鎧を着込んでいた。リーダー格と見られる男だけ、武装の装飾が違う。どちらにせよ、全員が逞しい体付きだ。殴られればまず人たまりもあるまい。残る女は鎧を着ておらず、無骨な男共とは一線を画する乗馬ウェアだった。綺麗に整ったブロンドの長髪、気品に満ちた佇まいから、俺は王族の人間だと勘繰った。以上建前。彼女において特筆すべきなのは、その物凄いボリューミーな胸である。重さに負ける事無く、重力に逆らった張りのある双峰は、男ならロマンを感じずにはいられない。そんな胸部装甲に見蕩れていると、彼女は口を開いた。


「捕らえなさい!」


 えっ。

 俺を数人の男が取り囲む。抵抗する間も無く手を縄で結ばれた。

「ちょ、待ってくれ! 俺が何をしたってんだ!」

「五月蝿いわね。猿轡とかある?」

 最早聞く耳を持っていない事は明白。男が持ち出した猿轡によって、俺の言の葉は封じられてしまった。

「姫、お手を煩わせてしまい申し訳御座いません」

「礼には及ばないわ。貴方達の接近が遅れて──」

 姫と呼ばれた女が俺を指差す。

「こいつがドラゴンに喰われてしまっては意味が無いもの。まあ、あの程度のドラゴンなら私にとって敵でも何でもないから、気にしないで」

 あのドラゴンを楽々と焼き殺した彼女の台詞だけに、深みが違う。

「……しかし、貴方も災難ね、侵略者。あんなドラゴン一匹でフマニアを潰せる訳がないのは解っていた筈でしょうに。これじゃあ捨て駒以下の扱いだわ」

 この野郎、俺が喋れないと思って好き放題言ってやがる……!

「んー!! んんんっ!!」

「はいはい、言い訳は城で幾らでも聞いてあげるわ」

 唸り声しか出ない以上、意思の疎通も不可能だ。ここは身を引き、猿轡を外される時まで待つしかない。

「門を開けて!」

 壁の門に着き、おっぱい姫(暫定)が声を上げた。その声を受けて、鎖の音と共に門が開く。一分程で門が全て開いた。

「侵略者を確保。さっさと裁判に掛ける」

「おー、この餓鬼がドラゴン連れて来た侵略者? こいつは傑作だな!」

「あんな小せえドラゴンで侵略とは、お前ェ底無しの馬鹿だな!」

 門兵二人の一言で、笑い声が周りから巻き上がる。言いたい放題である。

「おまけにドラゴンが暴れ出して、自分が喰われそうになってんだもんな!」

 大爆笑。満点大笑い。死にたい。もういっそ殺せ。


 門から城までは意外に遠くなく、十分足らずの時間で辿り着いた。城に入った途端、おっぱい姫が声を張り上げた。

「今から裁判を行うわ。緊急招集を掛けて」

 姫様が、リーダー格に命令。その後こちらに歩み寄って来た。

「緊急招集とは言っても、人が集まるのには三〇分は掛かるわ。それまで貴方は独房で待機よ」

 そうして連れて行かれたのは地下室だった。そこは独房として利用されているらしく、衛生環境は恐らく最悪。黴臭さと鉄臭さが周囲に漂い噎せ返りそうだ。そこの鉄格子で仕切られた一室に、猿轡と手枷を外された後ブチ込まれた。

「おい! 俺は何もしてないだろ!」

 第一声は不平不満だった。自分は無実である事を姫様に訴え掛ける。

「ここに来てとぼけるとは予想もしてなかったわ。……えーっと、看守は……誰も居ないのか……私この部屋嫌いなんだけどな……」

 多分こんな汚い部屋を好き好む奴なんて相当の変人でも無い限り居ない。

「大体ここは何処なんだよ! 早く元の世界に戻せ!」

 そう、にわかに信じ難いが、俺は自身の世界とは違う、別の世界に来てしまった様なのだ。経緯は全く解らないが、今は事実としてそれが根底にあった。

「はあ? まさか今時、異世界から来たなんて言うつもりなの?」

 その言葉にキレた。多少のオタク的嗜好を持っていた俺の前で、異世界モノを否定するその発言は戴けない。

「テメエ言わせときゃァ異世界ナメてんのかおいコラア! クッソつまんねえ日常を生きてく上で異世界モノってのは妄想の種になる超大事なスパイスなんだよ!! ロマンなんだよロマン!! それを否定するとはこの俺か断じて許さねえぞ!!」

 怒涛の剣幕で畳み掛ける。彼女は軽く引いていた。

「……で、姫様よ、アンタの名前って何だ? なんて呼べばいいか困る」

「どうして侵略者に名前を教える必要があるのよ。そもそも貴方はどうせ死ぬんだから、呼んで貰わなくて結構だわ」

 今何かすげえ物騒なワードが聞こえたぞ。

「おい待てよ! 死ぬ事前提かよ! 裁判の意味あるのかよそれ!?」

「先に教えてあげるわ。裁判って言っても、貴方の様な侵略者に対しては死刑の了承確認にしか使われないから。形だけよ、形」

 なんつー国だ……。こんな何処ともしれない異国の地で無実の罪を着せられ死刑を科せられる。惨めとかそんなレベルじゃない。

「大体、侵略者侵略者って俺がいつ侵略したんだよ!」

 ……返答が無い。無視を決め込むつもりなのか。

「おい、聞いてんのか姫様」

 ……。

「何か返事しろおっぱい姫」

「次にその穢らわしい呼び方をしたら裁判に掛ける前に私刑に……死刑にするから」

「だったら名前くらい教えろ! こちとらおっぱい姫としか呼べないんだよ!」

「だからその呼び方はやめろって言ってるでしょ!! 解ったわよ! マナよマナ!! 好きに呼びなさい!」

「解った、取りあえず宜しくな、マナヨマナ」

「マナよ! 馬鹿なの貴方!?」

「冗談だ冗談、ネタにマジレス程馬鹿な事無いぞ。ああ、そういや俺の名前は──」

「いい。知りたくもない。一刻も早く断頭台に送ってあげるわ」

「そうか、んじゃ宜しく、マナちゃん」

「ええ、では一時間後にさようなら」

 マシンガンの如き皮肉の応酬が幕を閉じる。お互いの第一印象は、当然最悪なのは言うまでもない。

 その後特に会話も無く、裁判の時間が始まった。腕を縛られ、牢屋から出される。

 連れて行かれたのは小綺麗な部屋だった。そこには、如何にもお偉いさんと取れる方々が神妙な顔付きで座っている。

「では、これより侵略者の処遇を決める裁判を行います。先ずは罪状の説明から。とは言っても罪状は単純で、外からドラゴンと共に王都フマニアに侵入し、国家転覆、並びに侵略活動を行う物だったと思われます。今回は私が未然に国外でドラゴンを殺害し、事無きを得ました。それでは皆様、処遇の提案をお願いします。尚、私、第一王女マナ=ブレブリスからは、一切の配慮は必要無い物と考え、死刑を提案致します」

「異議無し」「同じく」「異議無し」「異議無し」

 右にならえの挙手が、シンキングタイム無しで次々上がっていく。万事休すか。

「決まりね。では──」

「まあまあ皆様、そう結論を急がず。彼もまだ見たところ子供でしょう」

 そう言って出てきたのは、妙に下卑た笑い方をするデブだった。

「ブレロ大臣……? どういう風の吹き回し? 普段の貴方なら問答無用で断頭台送りなのに」

「まだこいつの名前すら聞いていないではありませんか。比較的慎重派の貴女にしては珍しい……ひょっとして、何かあったので?」

「バッ──! べ、別に何も無いわ!!」

 思い切り机を叩いて反論するマナ。どうやら嘘を吐くのは下手らしい。

「私もブレロの意見に賛成だ。やたらめったら、人の話も聞かずに命を奪うのは良い事ではないよ、マナ」

「お父様!! いつもそうやって判断を先延ばししようとして!」

 オヤジさん……アンタめっちゃ良い人やで……! マナがお父様と呼んだ事から、彼はマナの父親、そしてマナは王女の様なので、自動的にこの国の王という事になる。大変な人格者である様だ。どこぞの誰かさんとは違って。

「ゴホン。いいでしょう。不本意ですが、お父……国王と大臣、二人の意見ならば仕方がありません。侵略者、名を名乗りなさい」

「……磯崎勇輝(いそざきいさき)

 大変遅れたが、これが俺の名前だ。平仮名下半分の丸まりっぷりには自信がある。元の世界では比較的普通の高校生として生活を送っていた。そう、比較的。

「イソザキ……イサキねえ。少なくともこの世界には無い名前の構成だ」

 大臣が一言、感想を述べる。そうか、名前! 名前の構成の違いが異世界人である事の証明になるんじゃないのか!?

「そうです! 俺はこの世界とは別の世界から来ました!! ドラゴンに追い掛けられていたのも、異世界からドラゴンの巣に転送されたのが理由であります!」

「黙りなさい侵略者。必要以上の発言を私は許していない」

 あくまで侵略者と呼び続ける事が、彼女のささやかな抵抗なのだろう。少ーし凹むなあ。

「そもそも、名前だけで異世界から来たという証明になると思うの? 矢張何から何まで浅はかね、侵略者」

「全く以てその通りですねえ、イソザキ君? 或いはイサキ君? どちらが名前なのかが解らないが……」

 さっきから何だ、この違和感は。特にブレロとかいうデブの動向が全く知れない。何より、その気持ち悪い笑いから、何故か悪意しか感じないのだ。


 ……使うか。


 さっき述べた比較的の話の続き。俺が比較的、と表現したその理由がこれだ。


 第三の目解放サードアイドジェネレート


 周りに聞こえない様にそっと呟いた。

 右目の黒眼が、その瞬間だけ翡翠色へと変わる。周りに勘付かれない様、なるべく俯き気味に。

 翡翠が、右目が、デブを捉える。そして、心の声が脳内に流れ込む……!

(敢えて希望を持たせて、その後一気に叩き落とす。これぞ正しく最高の娯楽……! 精々この餓鬼には、私を愉しませる玩具にでもなってもらいましょうか……!)

 あのデブ……! 最初から助ける気なんて無かったのか……!


 この目の能力がいつ頃から使えたかははっきりと覚えていない。が、少なくとも小学校一年生の時には、既にこの目が発現していた。人の心を読み取る、第三の目。さながら、日本に伝わる妖怪"覚り"の様に。俺はこの目のお陰で、学校では少々ばかり辛い目に遭っていた。

 好奇心は猫を殺す。


 見なくてもいいのに。

 見ない方がよかったのに。

 見る必要なんて無かったのに。


 それでも俺は、周りの奴等の思考が気になり、心を見た(覗いた)

 お陰様で学校では完全孤立、あまつさえ虐めを受ける事になるとは誰が想像しよう。


(どうせ死刑だわ、死刑。あんな奴さっさと殺してしまえばいいのよ。あーあ、今日はハンバーグ食べたいなあ……)

「ぶッ……」

「? 何を笑っているの? 侵略者」

「マナ、お前ハンバーグ好きなのか?」

「んなっ──」

 おーおー顔真っ赤じゃねえか。肩肘張った佇まいしといて、意外と可愛らしいところもあるもんだ。

「馬鹿っ! この馬鹿! 私がそんな物好きな訳ないじゃない!」

 意外な事実が解ったところで、そろそろお終いにしよう。この目を使うと酷く疲れるのだ。


 第三の目終息サードアイドブラインド


 そう呟くと、翡翠は元の暗黒へと戻った。深く呼吸し、唐突にデブに話を振っ掛けた。

「後……おい大臣」

「どうしましたか? イソザキ君」

 惚けている。腹の中ではあんな事を考えておきながら、平気な顔をして立っている。まさか、この俺に考えを読まれているとも知らずに。

「お前、最初から俺を助ける気なんて無いだろ」

「な……何を言っているのかね、君は。私が必死になって弁護をしているというのに」

「惚けんな。敢えて希望を持たせて、その後一気に叩き落とすのが最高の娯楽なんだって? まあ割といい趣味してんじゃねえの」

 読み取った事実を、腹心を、ありのままに言いふらす。

「な……何の、事──」

「上げて落とす。良いよな。持ち上げられた高揚が一気に絶望に変わってく。良いよな。判るぜその気持ち。同感だ」

「ッッ──! こ、殺せ! 今すぐにこいつを殺せッッッ!!! 早くギロチンの準備をしろォッ!!! えェイ公開処刑にしてやる!! 早く準備をしろォォ!!!!」

 案外、化けの皮は弱い物だった。

「ブレロ! 君の独断で話を進めるな!!」

「構う物か! 今の陛下の方針では、この先も新たな侵略者を許すだけであるぞ!!」

 逆上したデブが、独断で処分を進めていこうとする。

「お言葉ですが国王、私もブレロの意見に賛成です。またこいつの様な愚か者を出さない為にも、民衆の前で見せしめに殺しておくのも悪くないと思います」

「テメエ何尤もらしい理由付けて便乗してんだ! 俺が気に食わないだけだろ!」

「ええそうよ。貴方の様な侵略者は大嫌い。気に食わない。なら殺しちゃえばいいじゃない」

 開き直ったぞこのおっぱい。

「決まりね。早く処刑の準備を進めなさい!」

 よくよく考えれば、死刑に賛成しているのはこの二人だけではない。殆どの人間が手を挙げていたのだ。こうも賛成が多いと迂闊に反対出来ないのだろう、それっきり王様は黙り込んでいた。恐るべし同調圧力。

「執行まで独房に放り込んで」

 有無を言わさず腕に縄を掛けられ、引き摺る様にして牢屋にブチ込まれた。身体中に擦り傷が出来てとても痛い。

「くっそ……もう少し丁寧に……」

 牢屋で一人ボヤいていると、格子の前に一つの人影が現れた。ここに入ってから二、三分程度しか経ってないぞと思い顔を出すと、先程見た人物だった。立派な口髭を蓄え、煌びやかなローブに身を包み、腕には王冠の意匠のバングルを付けている。……要するに、王様である。国王は開口一番、謝罪の句を述べた。

「申し訳無い。私に力が無いばかりに……」

「……っはは、じゃじゃ馬が娘だと大変だな、王様」

「全くだよ」

 肯定し、王様は笑った。

「決まってしまった以上、もう私にも取り消す事は出来ない……。せめて、君の遺体は私にちゃんと埋葬させてくれ」

「ああ、気にすんなよ。どうせ元の世界には未練なんて無いしな。そりゃ好き好んで死にたくはないが、死ねと言われたら別に死んでもいいくらいの心持ちだ。……あ、でも、死ぬ前にこの世界の世界観くらいは知っときたいかな」

 何も知らない世界に何も知らないまま殺されるというのも、それはそれで不愉快だった。いいだろう、と王は快く了承し、解説を始めた。

「この大陸は、エクシードと呼ばれている。そして、その広大な大陸は、主に三大国によって三つに分たれている。一つは我々が住む"王都フマニア"、ここより更に南にある"王都フリドゥ"。最後に、三大国唯一のエルフの国"魔法国家エルフィード"。この三大国に属さない場所は、公地と呼ばれる更地か、各地に点在する小国だ」

 要約すれば以下の通りだ。今、俺が居るこの大陸(エクシード)には、主に三つの国がある。一つ目はここ"フマニア"、二つ目が恐らくもう一つの人間の国であろう"フリドゥ"、三つ目がエルフの国"エルフィード"だ。大陸のうち、この三大国に属さない部分は、元の世界の海でいう公海、或いは小さな国である。

「ちょっと待て、エルフ居んのかこの世界」

「そちらの世界には居ないのか?」

「居ない。あくまで想像上の存在だ」

 まさか、エルフの居る世界に紛れ込むとは思いもしなかった。惜しむらくは、その姿を見る事無く死ぬ事か。

「話を戻そう。この三国は、およそ五百年以上前から戦争状態が続いている」

 戦争……か。侵入者に対して敏感過ぎる事からある程度予想はしていたが。

「何で戦争してんだ?」

「……解らぬ。五百年も前からの戦争だ。今となっては何故戦争しているのかすら私は知らない。惰性で戦争しているんだよ。理由なんてどうでもいいんだ。勿論私は異議を唱えた。何故しているのかも知らない戦争に意味はあるのか、無駄に命を減らす事に意味はあるのか。しかし、フリドゥ、エルフィードから帰ってきた答えは、多数の兵隊達だった」

「……何か、色々と複雑みたいだな」

 一目でハト派である事が解るこの王にとって、長きに渡って続いている戦争も何か思うところがある筈だ。

「イソザキ……イサキ君だったか」

「ああ、勇輝のところが名前、磯崎は姓だ」

「私は間違っているのだろうか? ……争いを憎む事は間違っているのだろうか? 争いを嫌い、兵を送らない事は間違っているのだろうか?」

 本気で悩んでいる。そんな顔で、王は訴え掛けた。少し考えた後、俺はこう返した。

「正解か間違いかなんて、俺が決める事じゃない。王様、アンタが決める事だ」

 クサい台詞だとは俺でも思った。

「ま、それだと流石に突き放し過ぎだから助言はするけど、少なくともアンタの代で出兵した事は一度も無いんだろ?」

 ああ、と小さく呟き、王は頷いた。

「戦争が当たり前っていう時代にそんな事が出来るんだ。それって凄い勇気じゃないか? アンタは一国の王様だ。率いる人間がそんな事で悩んでたら、着いてく人間の方が困っちまう」

 数分後、そこには恥ずかしさで悶絶する俺の姿が!

「……イサキ君の様な勇敢な人間が、本当は国王になるべきなのだろうな」

「馬鹿言わないでくれ。王様なんて面倒そうなの、余程の事がなけりゃ願い下げだ。アンタは間違い無く賢王だよ。俺がやったらきっと独裁する。魔王だ魔王」

「いや、全く、死刑台に掛けるには実に惜しい人間だよ。何とかギリギリまで死刑中止を迫ってみよう。最後まで、頑張らせてくれ」

 そう言い残し、王は席を立った。

「ところで、どうしてマナの好物がハンバーグだと知っているのかね?」

「え? あ、いや、何となくそんな顔してたというか」

 適当な返事ではぐらかした。本当にはぐらかせたかどうかは気にしない物とする。

「……まあいい。出来るなら良い報告を持って来るよ」

「まあ程々に期待して待ってるよ」

 自身を取り戻したらしい背中は、軽く手を挙げて返事した。


 それから五分後、今度は槍兵と思しき人物が牢屋に来た。

「貴様の死刑の準備が完了した。今すぐに執行される。着いて来い」

 どうやら説得は失敗したらしい。予想は出来ていたが。

「……嫌って言ったら?」

「無理矢理連れて行く」

 知ってた。

 槍兵に連れられ、城の外へと出ていく。外の喧騒が城門を出る前から聞こえていた。本当に公開処刑を行う様だ。今まで暗い所に居た所為で、外の光が異様に眩しく感じる。明るさに慣れたところで周りを見渡す。断頭台が置かれた高台の周りに群がる人、人、人。フランス革命を思わせる風景がそこにあった。

「頼むブレロ! 彼の処刑はやめてくれないか!」

「いい加減にしてお父様! 国に仇なす者を斃す事の何が間違いなの!?」

 少し前に聞いた声。王、マナ、デブの三名が口論していた。

「お言葉ですが陛下よ、貴方はあの少年に一体何を見出したのです? そこまで必死になって庇うという事は、何かしら理由があるのでしょう?」

「っ……君が納得する様な理由は確かに無いが……それでも彼は良い人物だ! 君は彼の本質を全く理解していない!」

 口論の声がはっきりと聞こえてくる。ヒートアップしているのがよく判った。

「無論、理解はしていませんし、理解するつもりも御座いません。理解する必要性が無いからですよ。さて、侵略者も来たので丁度いい頃合ですね」

 そう言ってデブが階段を昇っていく。

「続きなさい、侵略者」

 振り返ってこちらに放った。

 ゆっくりと階段を踏み締め、後ろに倒れない様に昇る。更に後ろからマナが着いて来る。尚更後ろに倒れぬ様に注意しなければ。階段から転げ落ち、女の子を巻き込んで死にましたでは格好付かない。

 高台の頂上に立つデブの隣に並んだ後、デブは声を張り上げた。

「聞け! 民衆よ! この者こそ、ドラゴンの軍勢を率い、我らがフマニアの大地を血で汚そうとした侵略者である! 見よ! この凶悪極まりない、厚顔無恥な顔を!」

 色々と脚色されていた。

「お前やってる事うちの世界のマスコミと同じじゃねえか」

 わざと聞こえる様に言ってみたが、デブは無視して続ける。そもそもマスコミの意味を知らない可能性は大いにあるが。

「この様な愚か者に対しては、一切の慈悲を許さぬ死刑こそが相応しい! よって、この場を用意させてもらった!」

 デブが能書きを垂れている最中、ふと、傍らに鎮座するギロチンを見た。頭を置いて固定する台。そして、首を通る位置に釣り上げられた巨大な刃。どうやら手入れは行き届いている様だ。その反面、台から下は黒ずんだ汚れが、まるで流れる様に大量に付着していた。これまで幾度と無く使われてきた絶対的な証拠である。万能という言葉からは程遠い、"人を確実に殺す事"に特化したこの上無い単能装置。人間にしか作れない、恐らく世界で一番人間にとって必要の無い装置。……少し、これによって死ぬ事が怖くなった。

「今後、この様な愚か者が現れない事を、王政としては心から祈るばかりである!! また、民衆に隠れ潜む内通者よ! 今日の日没までに名乗り出よ! この者の命に免じ、永住の約束を条件に命だけはとっておいてやろう!」

 民衆が響めき立つ。国に仇なす者を決して許さぬ、しかし、尚も慈悲を与えるその姿勢に痛く感動している様だった。

「それでは、これより死刑の執行を行う! 国に仇なした哀れな愚か者の末路を、しかと見届けよ!!」

 口から唾を飛ばし、デブは力説した。

「なあマナ」

 後ろに居るマナに、唐突に話を振ってみた。

「何かしら。今更になって命乞い?」

「馬鹿は死ななきゃ治らないんだぜ」

「あら、自己紹介ありがとう。私はマナよ。この国の王女をやってるの。短い間だけど宜しくね」

 眩しい笑顔だった。騙されてはいけない。この笑顔の下には、非常に非情な性格の鬼畜が潜んでいるのだ。

「どうした、早く台につけ!」

 ここまで来てしまった以上はどうしようもない。兵士に促され、うつ伏せではなく仰向けにして寝かされた。うつ伏せならば、落ちたと気付いた瞬間にはもうあの世だ。しかし仰向けだと、刃が見える。死ぬ瞬間まで恐怖を与える事が出来るだろう。こうした細かい場所にも、デブの嫌らしい気配りが施されている様だ。

 思えば、糞の様な人生でござんした。心が読める眼を身に付け、それが原因で虐めまで受け、突然こんな辺鄙な世界に飛ばされ、冤罪で殺されようとしている。


 嗚呼、糞の様なこの世に乾杯。


「聞いてくれマナ」

「……何よ、遺言? 本当に異世界人ならこの世界に家族は居ないんでしょう?」

 無論、居る筈もない。因みに家族構成は父、母、俺の三人であった。典型的な核家族である。そんな事はどうでもいい。今から言うのは、遺言なんかより遥かに尊いある事……!

「俺には一つだけ、心残りがある……」

「……何よ。言ってみれば?」

 眼をくわっと見開き、叫んだ。


「俺は童貞だ! つまりッ! この世に生を受け十余年、未だに女とヤった事が無い! それがどういう事か解るか!? お前に解るのか!? 男として、童貞のままで死んでもいいのか!? いや、そんな訳が無いッッ!! だから頼む! 俺としてくれ!!! お前のそのおっぱいを死ぬ前に思う存分揉ませてくれッッッッッ!!!」


 広場が凍った、という説明は必要無いだろう。

 長い沈黙を破り、マナが口を開いた。

「……死ね。いや、もう、死ね。死んで。ごめん、死んで。ホント死んで。というか死んで下さい。お願いします、死んで下さい。頼みますから死んで下さい。何とか死んで戴けないでしょうか」

 どんどん懇願になっていく様が面白いと思った。

「宇宙の 性欲が 乱れる!」

「嫌ァァァッッッ!! 殺して!! 早くこいつを殺してッ!!!」

 マナの悲鳴で、兵士が刃の留め金に手を伸ばした。

「おっとマナ、本当にこのギロチンで殺してもいいのか!?」

「こ、今度は何よ! 何が悪いの!?」

「この世界の奴等は知らないだろうが、実は! 人間は首を飛ばされて死んでも、少しの間だけ意識が残るのだ!! さあどういう事か解るな!? 首になってもお前を追い掛けてそのおっぱいにむしゃぶりついてやる!!」

 殆ど嘘ですけどね。断頭された後の頭に意識があるか、といえばラボアジエが有名だが、実際は都市伝説、確かめる暇も無かったという。

「う、う、嘘言わないで! そんな丸解りの嘘!」

「嘘じゃねえ。身体から解き放たれた我が頭は、一心不乱に這いずり回るだろう。そう、お前のおっぱいを求めてッ!!」

 しつこい様ですが、本当か嘘かも解っておりません。おっぱいに何としても齧り付いてやる、という執念だけは本物だが。意外と頑張れば本当に動けるんじゃないだろうか。最近見た、五人の女の子達が勇者となって頂点的怪物と樹海で戦うも、戦いが原因で酷い目に遭ってしまう、直接ハートを抉り込む様な展開のアニメでも、"なせば大抵なんとかなる"という格言が産まれていた。

「くそっ……せめて死ぬ前に、おっぱいの柔らかさをこの手に刻みたかったっ……!」

「殺して! 早く殺してッ!! あぁっ、駄目、ダメッ! 首切りは駄目ぇぇっっ!!」

 ハッタリが効いたのか、物凄く焦っている。このまま篭絡すれば、もしかして……。

「いい加減にしなさい! よく考えれば解るでしょう! 死体が動く訳が無い!!」

 そのデブの一括で、辺りに漂っていた"ひょっとして"が全て吹き飛んだ。

「そ……そうね。冷静に考えれば、首を斬り離された人間が動ける筈が無い」

 万事休す。これ以上はハッタリも通用しないだろう。この後間もなく、俺の身体、そして命は二つに分たれるのだろう。まるで蚊の様に、簡単に潰される命なのだ。……そうだ、次に生まれる時は蚊がいいな。何も考えなくて済む。簡単に死ねる。

「さようなら、侵略者」

 再び、兵士が留め金に手を伸ばした。

「その処刑、暫し待って戴こうか」

 渋みのある、勇ましい声だった。

「……シ、シラ?」

「……兵士長よ、何のつもりだ」

 シラと呼ばれた男性が、断頭台に横たわる俺の横で言った。

「簡潔に言おう、君を勧誘しに来た」

 数秒前に飛んでいた筈の首を横に向け、隣の男性を見る。国の外でマナと共に居た、リーダー格と俺が断定した男性だった。

「兵士長、君の考えは理解出来ないぞ。こんな──こんな侵略者を兵に迎え入れるというのか!?」

「よしんばそうであったとしてもそのつもりですが、何か問題でも?」

「大有りだ!! 一度国に刃を向けた者を、国力として迎え入れる等という愚行が許される筈も無い!!」

 俺だって迎え入れようとは思わない。そんな奴が新しく入っても、とてもお友達にはなれそうにない。

「お言葉ですが大臣」

 振り返り、剣を抜き、近寄り、首筋へ突き立てる。この間コンマ数秒だった。

「随分と処刑を急ぐ様ですが、ひょっとしてこの少年と何かあったのでしょうか?」

「ッ──!」

 何と白々しい。シラさん、あんた裁判所に居たでしょう。

「このまま無理矢理彼の首を落としても、私としては全く腑に落ちない」

 首筋に向けた剣を鞘に収めながら、不満を述べる。心地良い金属音がカチャリと鳴った後、デブが再び口を開いた。

「き……貴様何のつもりだ!? な、ならばッ!! 何故この侵略者を戦力として欲する!?」

「この状況になっても尚軽口を叩ける胆力。兵士としてこれ程の逸材は中々居ない。もう一つありますが、それは後程」

 再度こちらへ振り返り言った。

「が、君はあくまで死刑囚だ。こうなってしまっている以上、只で解放する訳には当然いかない。そこでだ」

 再び剣を抜く。抜いたり収めたり面倒臭いなあそれ。

「君と私で、一対一の勝負をしろ。無事、私に勝利すれば、君は晴れて兵団で活躍出来る。だが、負ければ残念だがここで処刑だ。異論は無いな? 大臣」

「……勝手にし給え」

 この時、兵士長さんは剣をチラチラとデブに見せていた事を補足しておく。

「どうだ? この条件、乗ってみる気は?」

「……いや、あのなあ、普通に考えたら勝てねえぞ」

「使えるかもしれない戦力を、使わないまま無くしてしまうのは惜しいと、君も思わないか? それとも──逃げるか?」


 ……死んでもいいと、心の底から思っていた。


 それはあくまで死んでもいいという"承認"であり、死にたいという"願望"ではなかった。結論を言えば。


 死にたくなかった。


 "確実な死"が、"死の可能性"へと変わるなら。生き残る一縷の可能性が生まれるのなら。

「……やってやる」

 拘束を解かれ、兵士長のおっさんと対峙する。デブの考えなど読まなくても判る。勝てる訳が無いと、完全に決めて掛かっている。その条件があるなら問題無いと、完全に舐めて掛かっている。

「さあ、剣を抜け。相手が負けを認める、相手を戦闘続行が不可能な状態に追い込む、このどちらかが勝利条件だ」

 金属音を響かせ、鞘から剣が抜かれる。肉厚な刀身に、最小限の装飾が施されるのみの持ち手。かなり実践的な剣だ。よく手入れが行き届いているのか、刃に一切の曇りは無い。

「……どうした、剣を抜け」

「……あのー、俺、剣なんて持ってないんですけど」

「……なんと」

 おっさんは少し考えた後、近くに居た兵士に喋り掛けた。

「修練場から、修練用の剣を持って来てくれ。二振りだ」

「は、はぁ」

 お使いを促されたらしい兵士は駆け足で消えていった。

「……なあ、今のうちに逃げれるんじゃないか、俺」

「無論、そんな事をしたらどうなるか解らない程愚かではないだろう?」

 おっかねえ。民衆も呆れているのか、さっきまでの喧騒が嘘の様に静まり返っていた。そのまま何も発しない事数分、さっきの兵士が鞘に収められた剣を二本持って戻って来た。

「有難う」

 おっさんは一言礼を述べ、兵士から剣を受け取った。

「受け取れ」

 剣をこちらに向かって放り投げる。

「うわ、ちょ」

 一瞬びっくりしたが、よく考えれば鞘に収められているので安全である事に気付く。

「ん、意外と軽いな」

「修練用の剣だからな。比較的軽目に作られている。逆に重目に作られているのもあるが……そっちの方がいいか?」

 軽いので大丈夫だと返答し、鞘から剣を抜く。さっきの剣に比べれば、随分としょぼくれた剣だった。

「勿論、公平性を維持する為、私も同じ剣を使わせてもらう。殺傷能力は本物に比べれば極めて低いがそれでも──」

 おっさんは腕を出し、剣を当てがった。その後、当てがった剣をすっと引いた。剣が当たっている場所から、紅が溢れて来るのが見えた。

「肉くらいならそこそこ切れる。人を本気で殺めるならば、そう難しい話でもないだろう。──さあ、喋るのはここまでにしようか。構えろ」

 そう言っておっさんは構えを取った。

 だがちょっと待ってほしい。

 ここは高台である。戦うに足る十全なスペースがあるとは到底言えない。

「……取りあえず降りようぜ? どうやってこんな狭いところで戦う気だよ」

「……そうだな」

 緊張が一気に切れた。

 高台から降りると、民衆が一斉に俺達を取り囲んだ。兵士長様と憎き侵略者の一騎打ちを、誰もが間近で見たい様である。

「さあ、気を取り直して構えろ」

 言われたとおりに剣を抜き、攻撃に対処する為の構えを取る。

「なあおっさん」

 おっさんに言葉を投げ掛ける。どうした? という返事が返ってきたので、俺は言葉を続けた。

「戦闘続行不可能な状態、って事はさ」

 剣先を相手の喉元に向け、言い放つ。

「殺してもいいって事だよな」

「……また随分と大きく出たな。勿論、それでも構わない。……が、なるべくなら殺してくれない方が助かるな。こちらも殺すつもりは無いが、その気で行くからな」

 意外だ。おっさんの様な人間は、戦いで死ねるなら本望みたいな印象しかなかったのだが。

「あ、別に手ェ抜いてもらって大丈夫なんで、そこんとこ宜しく」

「っはっはっは! 冗談を言うな。私は"手抜き"という言葉がこの世で二番目に嫌いでな!」

 その台詞で、おっさんが一気に踏み込んだ。実力差は火を見るより明らかである。それを踏まえた上でおっさんに勝つには、不意を突いた攻撃しか無かった。

 なので俺は。


 剣を収めた。


「勝負を捨てる気か!?」

 絶好のチャンスと見たおっさんが更に勢いを上げる。その間、俺は静かに柄に手を掛けた。

「貰──」

 抜刀。抜いた勢いで剣による攻撃を与える。俺は迷わず首を狙った。

「ッッ──!」

 逸早く居合いに反応出来たおっさんはわざと転び、剣をすんでのところで躱した。

「……マジか」

 実力差が大き過ぎる以上、おっさんに勝つ為には不意打ち以外に存在しないだろう。中性風のこの世界に"居合い斬り"という芸当が存在しないと踏んだ俺は、迷わずその一手に掛けた。……敗因は間違い無く、実力差が余りにも大き過ぎた事である。一度技を晒してしまった以上、二度も通用はしまい。──あ、詰んだ。

「……速いな。鞘から抜いた勢いをそのまま利用したのか。何処の剣技だ?」

「別に何処の剣技でもねえぞ。それに多分さっきのはもう見切られてる筈だ。もう対抗手段がねえ」

「そうか。では終わりにしよう。何、君が負けても何とか打診して貰うさ。……それとは別に、一つ気に入らない事がある」

 突然、おっさんは不満を述べた。その一言で、周りは再び凍り付いた。


「どうして君は本気を出さないのか、だ」


「……は?」

 何を言ってんだこのおっさん。本気も本気、大本気(マジ)だってのに。そんな俺の心情は知る由も無く、民衆はあの素早い剣技の他に、まだ力を隠し持っているという俺の力に困惑している様だ。

「惚けなくてもいい。私は裁判所で、君が魔眼を使ったのをはっきりと見た。それが君を誘う二つ目の理由だ」

 なるべくバレない様に使ったつもりだったのだが。矢張一流は違う。……が、よく考えろ。おっさんは重大な勘違いをしていないか。

「確かにこの世界でいう魔眼……っぽいのを持ってるのは事実だ。けど、未来を見る力は持ってない。あくまで人の心を覗き見るだけの能力だ。この場じゃ多分役に立たない」

「ちょ、ちょっと侵略者!! 見たの!? 私の心覗き見したっていうの!? このケダモノ!! どうなのよ!? 答えなさい獣!」

 うるさい外野(おっぱい)を完全に無視し、崩れた構えを直す。

「そんな事は判っているさ。私が言いたいのは、生き残る為の術はどんな手でも使ってみるべきだと言っているんだが」

 心を見るだけの能力をどう使えというのか。

「幾らでも使いようはあるんじゃないか。相手の動揺を誘う、揺さぶりを掛ける、ひょっとすると思考から次の行動が読めるかもしれない」

 問いを投げると、そんな答えが帰ってきた。土壇場でそういった使い方が出てこない辺り、俺はまだまだ三流である。

「それなら俺も一つ疑問があるんだ。おっさんは、"手抜き"って言葉は二番目に嫌いって言ってたよな」

 ああ、とおっさん返答。

「一番目は何?」

「それを知ってどんなメリットが?」

「……疑問が晴れてすっきりとした気持ちで戦える」

「成程。それなら教えない方が有利そうだな」

「あ、ずりーぞおっさん。そうだ、目を使えば」

「碌な使い方をしないな」

 虐めの原因はそういったところにあったのだろうか。別に自業自得だとは一切思っていないので今更どうでもいいが。

「さあ、休憩はこれまでにしようか? 魔眼をもって私を討ってみろ」

 おちゃらけた雰囲気が変わった。鬼気迫る様相を肌で感じ取る。使えと言われた以上、使わない訳にはいかない。このまま頑なに使用を拒否し、相手の機嫌を損ねてしまう事もありえる。

「っ」


 第三の目開放。


 翡翠と化した右目で、おっさんを捉える。おっさんの思考を読み取るッ……!

(うむ、使った様だな。何か私に揺さぶりを掛けてみろ)

「覗いてる意味無いじゃねえか!!」

 逆手に取られこっちが揺さぶられている……!?

「……成る程」

 今の一瞬のやりとりで何かを理解したらしいおっさんは、口元をニヤリと歪ませ呟いた。

「左だ」

(右だ)

 左から来る斬撃を何とか剣で受け止め、弾く。

「左だ」

(左だ)

 そう両方で言った癖に、斬撃は右から飛んできた。

「っ──!?」

 ギリギリのところで剣を割り込ませ攻撃を防いだ。

「今度は右だ」

(と見せかけて左だぞ )

 刹那、右から飛来する剣を察知し、剣で弾き返した。

 ……待て。待て待て待て待て!? 心を読み取る筈なのに、どうして嘘が飛んでくる!?

「どうした? その困惑っぷりを見るに、相当惑わされている様だな」

 混乱する頭を何とか落ち着かせ、必死に思考する。

「……!」

 そうして辿り着いた一つの結論。この目は、深層心理を読む目では無い。心が発した声を聞き取る目なのだ。つまりどういう事か。意識して心で嘘を言えば、この目に対して嘘を伝える事が出来ると言う事だ。深層心理を読めないこの目では、心の嘘を見抜く事が出来ない……!


 中途半端だった。


 一種の自信すら抱いていたこの能力が、この上無く中途半端な能力だと。俺は……遂に知ってしまった。

「糞……」

 力が抜け、地面へと崩れ落ちる。

「糞っ……」

 唇を噛み締めた。

 落胆した。心を読む、等という大層な能力ではなく、上辺だけの心の声を聞き取るだけだったという事実に。

 絶望した。今まで、この程度の力だとも知らずに自信を感じていた事に……!

「糞ッ!」

 事実を否応無く見せ付けられる事になったおっさんを睨みつけた時、視界が変わった。おっさんの実像に付き従う様に動く、翡翠色の虚像。否、その逆だ。翡翠の像は、実像の先を行く様に動いていた。

「ッ!」

 翡翠が俺に斬りかかったので、俺はそれを躱す。その直後、おっさんがさっきまで居た場所を斬り裂いた。

「何……!?」

 おっさんは驚きの声を漏らす。当然だ。当人である俺ですら驚いているのだから。

「その動き方……今のは躱したなんてレベルじゃあない。完全に見えていたな?」

 鋭く、冷静な分析。おっさんの洞察力は目を見張る物がある。

「この後に及んでまだ力を隠していたとはな。どんな風に見えているかは解らないが、面白い!」

 台詞を皮切りに再び前へ踏み出す。数秒を先取りして動く翡翠を見ていれば怖くはない。未来像の攻撃を全て躱していれば、攻撃は絶対に当たらない。恐らくおっさんは、如何にして俺に予想外の一撃を浴びせるかを模索している。が、この目で捉えてさえいれば、予想外等というモノは存在しない!

「ッ──!!」

 回避の中に、攻撃を混じえてみた。虚像に向かって攻撃すれば、勝手にカウンターヒットが入るという寸法だ。

「全部見えてるぞ!」

 右に左に、時には上から、縦横無尽に飛び回る剣戟。俺にはその全てが、翡翠色の虚像としてワンテンポ早く見えていた。

「く……この──」

「たッ!」

 喉笛に剣身が掛かる。後少しずらせば、そのまま首を掻き斬れる距離だった。

「参ったと言え。ここでやめる」

 その気になれば、本当に殺すつもりだった。──が、おっさんの反応を見て背筋が凍り付いた。

 笑っていた。

「これで勝負はついたか? いいや、まだ終わっていない」

「な……にが言いたい!?」

「私からアドバイスだ。勝負は最後の最後まで絶対に油断してはいけない」

 瞬間、右足に猛烈な激痛が走った。

「っあああああぁッッッ!!!!??」

 余りの痛みに耐え切れず、剣を落として蹲った。

「どんな状況であっても、逆転の一手は大抵残っている」

 こいつ……! 上半身の体勢を殆ど変えずに右足を蹴りやがった……! 幾ら未来が見えていようが、視界に捉えていなければ意味が無い。接近状態で顔を睨んでいた俺に下半身の動向等解る筈もなかった。

「その火傷、件のドラゴンに焼かれた痕だろう? 少々汚い手だが利用させてもらった」

 既に痛みは引いていたものの、右足は火傷で腫れている事に違いは無い。少しの刺激を与えれば簡単に痛みはぶり返す。余裕をこいているうちにまんまと利用されてしまった。五体を貫く痛みに呻く中、おっさんが剣を掲げる。

「参ったと言え」

 痛恨の台詞返し。勝負は決した──かに見えたが、往生際の悪い俺は諦めていなかった。

「食らえッ」

 周りの砂を握り締め、顔目掛けて投げ付けた。

「ッ……!? 砂!?」

 流石の兵士長様も砂までは予見していなかったらしい。顔に直接砂を受けたおっさんは咳き込み、噎せ返った。

「っ──ォオオオオオオッッ!!!」

 この一瞬を見逃したら絶対に勝てない。直感で理解した俺は、剣を拾い、おっさんを無理矢理押し倒した。馬乗りの体勢──そのまま剣を逆手に持ち、心臓に狙いを定める。

「ッあああああああァァァァ!!!」

 咆哮と共に剣を突き下ろそうとした瞬間、おっさんは声を発した。その言葉は、頭に血が上り切り、アドレナリンが出まくっている俺の脳を停止させた。


「参った」


「……!」

 枚った。毎った。舞った。参った。まいった。マイッタ。maitta。言葉の意味を瞬時に理解出来ず、脳内で渦巻く。

「砂は流石に予想外だった……。あそこまで汚い手を使っておきながら尚もここまで追い詰められては、負けを認めざるを得ない」

 一息置き、また紡ぐ。

「君の執念の勝ちだ」

 漸く言葉の意味が理解出来た俺は、手に持った剣を投げ捨てた。泥臭く、無様でも、生を勝ち取る事に成功したのだ。

「……何だあいつ」「勝ちやがったぞ」「マジかよ」

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』

 民衆が沸き上がった。血湧き肉躍る、というありふれた表現の戦いに、心から興奮している様だった。……民度低くねぇ?

「では改めて、歓迎しよう。ようこそ、我が兵団に」

「……まあ条件なら仕方ないわな」

 おっさんと固い握手を交わす。兵団へ入るのは、不本意ではあったが。

「……ま、待て!! 勝手に話を進めるなッ! 侵略者の処分はどうなるッ!? 殺せ! 早く殺してしまえ!!」

 まだ諦めていないらしいデブが意地汚く口を出す。

「ですが大臣、これは私達で決めた取り決めですが、貴方もこの条件で承認したではないですか。少年は兎も角、私のプライドまでも汚すおつもりで?」

 すると民衆、そうだそうだの大ブーイング。何故か皆、一丸となって俺とおっさんを庇っていた。

「プ……ラ、イ、ドだァとォ……!? 貴ッ様、こんなガキに負けておいてプライドも糞もあるものか!?」

「ええ、私達は全力で戦いましたとも。私のプライドには傷一つ、埃の一粒も付いておりません」

 目を血走らせ、犬歯を剥き出しにして憤怒するデブ。

「ヒッヒッヒ、儂もその小僧は殺さん方がいいと思うがね?」

 城門から人の海をモーゼの様に割いて出てきたのは、齢何歳か、それどころか性別すらも判別出来ない程に老け込んだ老人だった。全身を茶色いローブで包み、どの様な表情なのかも読み取れない。

「リ……リーフェロ様……!? どうしてこの様な場所に!?」

 マナが驚愕する。リーフェロと呼ばれた老人が、俺のところによたよたと歩み寄ってきた。

「……へえ、こんな小僧が魔眼をねェ。それも"鬼の目"ときた」

 ……鬼の目?

「ご存知なのですか、リーフェロ様」

 おっさんが訪ねた。

「おお知ってるとも。この世界に平穏、若しくは滅亡をもたらすべく、世界を超えてやって来る者の目にこいつは現れる」

「せ、世界を……!?」

「世界を超えてやって来るだと? ならば、このガキは本当に……!」

 辺りが一斉に驚く。どうやらこのリーフェロという老人は、この国の中でもかなりの影響力を持つらしい。

「儂の光無き目でもよく解るとも。いいか小僧、その目は、心を聞く、未来を見る以外にも様々な力がある。その力、なるべく正しい使い方をする事だ。儂を落胆させるなよ?」

 老人が凄む。心配しないでくれと返事をすると、満足そうな声を上げて城に戻った。

「……フン、あの耄碌ババアがそう言うのだ。納得は出来ないが……貴様は生かしておいてやる」

 そうデブは言い残し、不機嫌そうに城へ引っ込んでいった。

「……シラ」

「どうしました? 姫」

「……見損なったわ。それだけよ」

「それは残念」

 彼女のおっさんへの評価はダダ下がりらしい。仕方あるまい。ぽっと出の何処の人間かも知れない死刑囚に敗北を喫したとなれば。申し訳無いと思うのは驕りだろうか。

「……」

 続いてこちらを見る。

「……その、う……疑って悪かったわよ。……で、でも、私に対して言った侮辱は忘れてないわ!」

 そう言い、マナも城へ入っていった。結構可愛い反応ではないだろうか。その後民衆も、蜘蛛の子の如く散っていった。王様もチラリとこちらを見た後、城へ入った。処刑台の広場に取り残される。さっきまでの密集状態から一転、周りには疎らに人が見えるのみ。活気が無いという訳では断じてないが、それでも直前の喧騒に比べるとレベルが違う。人々は未だ"興奮冷めやらぬ"といったところだろうが。

 何となく空を見上げていると、不意におっさんが声を出した。

「改めて自己紹介しよう。私の名はシラ・クラウディーラだ。宜しく頼むぞ」

「磯崎勇輝。磯崎が姓、勇輝が名前だ。取り敢えず頼まれる事にするよ、おっさん」

 拳をぶつけ、信頼を交わす。

「……ところで、そのおっさんというのは止めてくれないだろうか? 確かに顔は老けてる方だが、まだ二五歳だ。……そういう君は一体何歳だ? 見たところ十三、四……いや、大人びた口調やらを考えれば、十五かそこら辺りだと思うが」

 ……低身長で悪かったな、十八だと恨み言を返す。身長一五〇センチと少ししかない俺は、実年齢より若く見られがちだった。言うまでも無く、同年代の平均身長からは逸脱している。何度十八禁コーナーで声を掛けられた事か……エロゲくらい落ち着いて見させろ。

「それは失礼。……ずっとギロチンの横というのも嫌だな。早く私達も中に入ろうか」

 即座に肯定。城門を潜り、中へと入った。

 波乱ありつつ、俺の異世界生活はこうして始まった。この世界に、あわよくば安寧があると信じて。

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