苺オレとコーヒー
「……俺、嫌いなんです」
一瞬、心臓が止まるかと思った。
普段めったに喋んないような男が突然話しかけてきて、しかも第一声が嫌いだなんて誰が聞いても固まる。
ましてや、自分は彼にやましい感情を抱いている分余計に………。
「あ、その……コーヒー。俺、飲めなくて」
彼の目線が自分の手元にあるのに気づいて、やっと理解する。
「あ、ああ! コーヒー! コーヒー嫌いなのか!」
俺の言葉に彼は嬉しそうに、でも少し照れた様子で頷く。
そういえば、彼の手の中にあるのは苺オレと書かれたピンクの缶だ。なるほど……彼は甘党なのか。
「へえ、甘いの好き?」
俺はさりげなく彼の隣に行って、同じように壁にもたれかかる。
そういえば、彼を知ったきっかけは自分と同じくらいデカイ男が下のフロアにいるって聞いたからだっけ。
「あの……」
「なっ、何?」
やばい、思えば彼と話すのはこれが初めてだった。初対面でいきなり寄ってきたら、へんに思われるんじゃないだろうか。
『ちょっと声かけたくらいで馴れ馴れしい』
脳内で勝手に流れた彼の声に動揺して俺はうっかり手に持っていた缶コーヒーを落としてしまった。
「わっ、悪い!! 靴っ!! うわ、ズボンにもかかってるよな……本当にごめん! クリーニング代払うし、靴も弁償するから!」
そう言ってポケットのハンカチで彼にかかったコーヒーを拭くが、それは彼の冷ややかな声で止められた。
「いえ……大丈夫です……」
「本当にごめ…」
え、………
俺は、思わず中途半端なところで言葉を切ってしまった。
顔を上げると、今にも泣き出しそうな彼の顔が見えたからだ。
「すっ……ませ………」
「ま、待って。どうして君が謝るの? 俺が悪いのに」
俺が…と呟く彼の声は小さくて、俺は聞きもらさないように耳を寄せた。
すると、彼の手が顔に触れ、次の瞬間には俺の唇に彼の唇が重ねられていた。
「ずっと……好きでした。あなたのことを知っていくうちに忘れられなくなって……あなたにも、俺のことを知ってもらいたかった…」
彼はまた、すみませんと謝った。
男に好きと言われるなんて気持ち悪いだけですよね、とたたみかけるように続けた。
口下手な彼がこんな事を勢いだけで話しているわけがない。俺は、彼が持っていた苺オレに触れた。
「……苺オレ、冷めてるよ」
彼の手の中の苺オレは開いてもいないのに冷たくなっていた。
「えっ、あ……」
「そんなに俺のこと待っててくれたの?」
また謝ろうとするから、今度は俺から、彼の口を……彼がしたように塞いでやる。
「わかってもらえた?」
彼と至近距離で目が合わさる。彼は驚いた顔で固まっていたが、じわじわと顔を赤らめて恥ずかしそうに目をそらした。
そして、恨みがましく可愛い文句を言う。
「………にがい…」
俺は、笑いながら……少し泣きそうになった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
また別の作品でもお会いできることを楽しみにしております。
それでは。




