第六話 討伐部隊
「私にはこれほどの非道な行為を見過ごすことは出来ません」
脳裏にリリムでの惨状が過ぎる。
「もしこれに負ければ大軍がこの街に押し寄せ、家や家族を奪われるかもしれません」
その言葉に周囲はどよめく。
「でもこれ以上理不尽に耐え忍ぶことなど到底無理だと思うのです」
私はグッと拳を握る。
「だから私は戦いたいと思ったんです。……未来を勝ち取りましょう!」
アンドロイドファイアを空に掲げる。
瞬間、人々の雄叫びが周囲の空気を震わせ、骨の髄まで響く。
私は一礼し、街の人々へ背を向けた。
あの後二人に連れてこられたのはこの街を収める町長さんの家。
盗賊を壊滅させるために力を貸して欲しいと告げにいったのである。
入るやすぐに二人がいつにもまして真剣な表情で頼み込む姿に私も精一杯の態度で懇願した。
すると町長さんは快く承諾してくれた。
「哀華お疲れさま」
「お姉さんご苦労様なのです」
「いやあ、お姉さんも中々良いこというじゃあないですか」
三者三様に私に微笑みかけてくれた。
見ず知らずの旅人をここまで信用してくれたのは他でもないレナとルナのお陰である。
レナとルナはこの町で一番尊敬されているといっても過言では無いほどの信用を得ている。
凄まじい治癒力を持つ回復スキルを誰構わず怪我をした人に使っていく姿に街の人々は感謝していた。
そんな二人が私を『信用』して、この街の人たちに私のことを説明した。
その上で私がどう考えているか、どうしたいか、それを全て説明した。
重要なのは私たちの力でも街の人たちの力でもない。
強奪を繰り返され心が疲弊した人たちへの鼓舞と彼らを纏める指標。
手段なんて、選択する余地はない。
必ず誰かが声をあげなければこの先の未来は永遠に変わらない。
だからこそ私を指標として扱ってくれるために尽力してくれたレナとルナには頭が上がらない。
皆を奮起させ、必ず勝利する。
「それではどうするか話し合いを始めましょうか」
賊のアジトが記されている地図を受け取り、その場に広げる。
「誰か作戦はある?」
私の言葉に周りがズルッとこけた。
あれ?
「お姉さん作戦とか何も考えていなかったのですか……」
「ちょっとは考えてると思ったんですがねえ……」
「まあ、哀華らしいといえば哀華らしいけど」
「か、考えてなかったんじゃなくてみんなの意見が聞きたかったの!」
揺れる私の信用を誤魔化すように話を遮る。
「じゃあ、作戦は?」
「どうするのです?」
二人はニコニコ笑いながら話を戻す。
ああ、もう!
「……えっとね。ちょっとまって」
私は思考を巡らせる。
この街を砦として戦うには少々難がある。
相手がいくら賊とは言えど所詮は烏合の衆。
だから自分の身が一番大切だと考えるはず。
それならどうするか?
自分の身を守りながら攻め入る方法……。
「敵は恐らくそこまでの連携は取れないでしょう。だから奇襲を掛けます。でも奴等は自分自身の身が可愛いはず。だから一つの集団で襲い掛かってくると思います。隣に誰かがいれば盾に出来ますからね。だから私たちはそこを突くために部隊を分けましょう」
そういって私は地図に記されている賊のアジトを囲むように部隊を二つに分けた。
私の隊とナナの隊。
私の部隊は私が特攻を掛ければ戦力的にも被害的にも問題はないはず。
それに比べてナナは予備の武器しか持って居ないためいつもより戦力が低下している。
リリムから逃げるときに剣を盾に逃げたため、本来の武器を失った。
だからルナとレナをナナの部隊に入れておけば万が一の可能性を除去できるからである。
本当はルナとレナを別々にしたいが、戦力が不足している部隊で怪我人が出れば恐らく連鎖する。
そうなれば一人の回復役では足りないため、二人配置した。
「でもそれだと左右ががら空きで逃げられるんじゃないの?」
ナナは疑問そうに首を傾げる。
「大丈夫。私のスキルに爆弾を設置するスキルが有るからそれをあらかじめ左右の逃げ道に仕掛けておけば伏兵がいると勘違いして戦うという選択肢しかなくなるはずだから」
特攻に向いている私が率いる部隊は正面に配置する。
この奇襲で驚いた奴らは間違いなく全員で私たちの方へと迫ってくる。
そこを突くためにナナの部隊を背後に配置し、人数を多めにしておく。
しかし完璧な作戦という訳ではない。
奇襲を仕掛けた後おびき出すために一度後退しなければならない。
その後ナナたちが攻撃を開始すると同時に私たちは転回しなければならないのである。
このタイミングを間違えれば確実に誰かが怪我、いや死ぬ。
それに殿をを担う以上失敗は出来ない。
人数も少ない上に危険が多い以上短期決戦しなければ勝ち目はない。
「皆さんもお分かりだと思いますが、最初に突撃する部隊は非常に危険が伴います。それでも自分は、と言う人だけ私の部隊に入ってください」
そういうと一人の少年が手をあげる。
「是非お願いします!」
その言葉に続いて街の若い人たちが次々と手をあげた。
「……ありがとうございます」
私は精一杯の感謝を込め、言葉を掛ける。
「大丈夫だって、哀華ならできるから」
ナナは私の方に手を置き、微笑んでくれた。
「それでは、今日の夜に作戦を開始します……!」
私の言葉に反応した人々が雄叫びを上げた。
―――――――――
「はぁ!」
銃声が鳴り響くと同時に、一人の男の頭が吹き飛ぶ。
頭部を失った体は首から血を噴出し、事切れたように地面へと倒れ付す。
突如起きた出来事に賊の集団は酷く狼狽しだした。
「今です。突撃して下さい!」
私の掛け声と同時に隠れていた街の人々がそれぞれの武器で戦闘を開始する。
統制も何もない賊は次々と倒れてゆく。
私はこの作戦を絶対に失敗させないためにも常に全体へ目を配り、神経を尖らせる。
集中力がすり減らされていく速度は計り知れない。
だが、一瞬の緩みが即全滅に直結すると理解している以上、気を緩めるわけにも行かない。
銃口を空へと掲げ、私は銃弾を空へ発砲した。
その音と共に街の人々は隠してあった馬に乗り、後退を始める。
私は最善策を考えた結果、後退の合図に銃を発砲するという形を思いついた。
激しい剣戟が行われる戦場でいかに合図を行うか。
発砲音を響かせ、皆に合図すればいい。
だが、それを行う結果私は戦えないということになる。
だから最初の突撃で敵が持ち直す寸前で人々を退却させ、私がこの場に残る。
そうすれば転回のタイミングで人々に危険が及ぶ事が無くなる。
私自身が危険な状態になるが、奇襲で混乱が完全に溶けていない集団を相手にするのはそこまで難しいことではないと判断した上での作戦である。
「死ねぇクソガキィ!」
賊の一人が誰よりも早く私に攻撃を開始した。
そう簡単に攻撃させるつもりなんて、無いけどね。
銃を構え、発砲する。
賊はあっさりとその場に倒れ、動かなくなる。
これで奴らの標的は私一人となった。
即座にスキルを発動して大群相手に戦闘を開始する。
幾多もの銃弾を放ちつつ、攻撃を躱す。
並外れた集中力を要す作業に、私の神経がさらに磨り減ってゆく。
一対一では適わないと判断したのか、賊が同時に私へと襲い掛かる。
しかし私にとってそれは幸いなものだった。
「がぁ……!?」
何故なら、これだけの集団が密着して襲い掛かってくれば、躱した攻撃の矛先は何処へ向くのか?
それは簡単。
躱した先に居た同じ賊。
要は集団で襲い掛かってくれば同士討ちを招くということ。
この出来事に賊の連携はさらに崩壊の一途を辿る。
これを好機と見た私は空へ向けてペネトレイトショットを放つ。
すると私たちが突撃した方向とは反対側からもう一つの部隊が一斉に賊たちへ襲い掛かる。
このペネトレイトショットを合図とし、ナナの部隊が攻撃を開始する。
ナナの大剣が巨大化し、賊を一斉に叩き潰す。
背後からの伏兵に驚いている中、私の部隊も戦場に戻る。
完全に挟まれた賊は酷く狼狽し、逃げ惑う者や無策に襲い掛かって来る者も現れ始めた。
そこで私は仕掛けておいたスキル、エクスプロージョンを発動させる。
一足先に逃げていた賊が激しく中へと舞う。
この光景を目の当たりにしたものは四方全てを囲まれたと悟り、絶望を表情に示す。
「賊よ、覚悟しなさい!」
私の言葉に全ての賊が絶望し、全ての部隊が希望を表情に示す。
それからの戦いはあっという間の出来事だった。
絶望した賊は既に戦闘どころではなく、案山子のように棒立ちしているものや全く狙いきれていない攻撃を仕掛けてくるものばかり。
この辺り一帯を襲っていた賊たちは蜘蛛の子散らすように崩壊していった。
―――――――
「お疲れさま!」
私たちは杯を掲げ、乾杯した。
戦闘に無事勝利し、街はどこもかしこも勝利に湧いていた。
しかし私は少し違った。
幸いにも作戦が功を奏し、誰一人死ぬことなく勝てた。
戦場の雰囲気がいかに人の士気を左右し、指揮する人間がどれだけ大切なのかを理解した。
いざ戦いが終わってみればまるで一瞬の出来事だったかのように感じる。
誰かが戦いの志を示さなければ、この今は無い。
でもまだ手に残る感覚に私は嫌悪を感じていた。
いくら相手が残虐非道なことをしていたとしても、同じ人間であることには変わらない。
戦場では躊躇無く人を殺していたが、いざ考えてみれば奴らがやっていたことをやり返していたに過ぎない。
でも、戦わなければきっとまた誰かが被害にあう。
そう考えると自分の行動が正しいことだと思えた。
いや違う。
そう考えなければ自分の行動が正しいものだと証明できなかった。
「いたっ」
突如頭に衝撃を感じ、顔を上げた。
「哀華!そんな暗い顔しちゃだめだよ?」
「そうなのです。折角平和になったのですから」
「うむうむ。お姉さんが主役なんだからそんな顔をしてはだめですぞー」
私は泣きそうになりながら笑う。
今日起きた出来事、今日私がやったこと、全部忘れてはいけない。
だから私は笑いながら言った。
「まさかひきつけるのを一人でやるとは思わなかったよ……」
「アレが一番安全だと思ったものだから」
私は苦笑いしながら言う。
「でもみんなのお陰で無事戦いを終えることが出来た。今日はありがとう」
そういってもう一度私は乾杯した。
今回もみて下さりありがとうございます。
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