マリーゴールド
昔、私の家の前の小さな花壇にはマリーゴールドがよく咲きほこっていたものです。夕陽が海に沈む前、一瞬見せる色と同じ濃厚なオレンジはゴールドと呼ぶにまさしく相応しいと、幼いながら思ったものでした。華麗な花弁を一枚一枚数えたり、種を探したりしたのなんかも懐かしい思い出として、他のマリーゴールドを見ると蘇えってくるのです。私は知りませんでした。その当時の私は何も知りませんでした。そう、何も知らなかったのですから、仕方ないといったらそれは仕方のないことだったのです。優しい母がどのような気持ちでその花を植えたかということなんて、純粋無垢だった私には何もあずかり知らぬことだったのでした。そんなある朝、一夜にしてマリーゴールドはなくなってしまったのです。根こそぎ。土から掘り起こされ、その葉一片すら見つけることはできませんでした。母でした。能面のような優しい笑顔をはりつけた母は私の手をただただ握っていました。今なら、その手を握り返すことができたでしょう。そうして同情とも慰めともいえる言葉をかけることができたでしょう。なぜなら、私も、マリーゴールドになってしまったのですから。
嫉妬・絶望