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朝陽と骸骨  作者: 山藍摺
8/33

再会、そして―2

後半ですこーし残酷描写。


「ほう、祓い手とな?」


 天狗が哄笑した。大きな下卑た声が空中に響く。続いて鼻高の赤ら顔に嘲笑を浮かべた。


「もとが魂ごときの存在が、天狗に勝てるとでも?」


 笑止、と天狗は手を翳した。どこから取り出したのか、その手には大きな羽団扇が握られていた。白い羽毛がふっさふさのもっふもふの団扇である。


「喰らうがいい――そいや!」


 天狗が、ふっさふさのもっふもふの団扇を、ベランダへ向けてひと扇ぎした。

 ぶぉ、と風が渦を巻き、小さな竜巻が発生した。その竜巻は、瞬く間にベランダに突進、接近していく。

 このとき、既にセラによる結界が復活していた。柊が、天狗と少し交わした会話の間、ほんの少しの僅かな間に再構築したのだ。

 ――といっても、ガラスの引き戸から室内にかけての結界であり、また急拵えのために長くはもたない。

 だから、ベランダまで結界は届いていない――つまり、ベランダに結界は張られていない。よって、渦巻きく風はまともにベランダに直撃するかに見えた。


「させません」


 柊は抜刀し、その勢いで迫り来る風を一閃した。剣の軌跡が見えないくらいに素早い一閃であった。


「――む?」


 顎の髭を触って様子見を決め込もうとしていた天狗は片眉をあげた。切られるとは思わなかったのである。

 一閃、ただそれだけだった――だというのに、風は一瞬にして無に帰した。まるで最初から風がなかったかのように、空気は凪いでいた。


「侍の魂風情が……」


 凄絶、という表現はこのためにあるのだろう。見るものをぞっとさせる笑みを、天狗は浮かべた。見るものを恐れ、自然と戦慄かせる、悪鬼や般若もかくやの笑みである。

 しかしセラも柊もびくともしない。セラは神であり、柊ももとを辿れば幾百年か経た侍の魂である。柊は生前も死去後も幾度も幾度も戦いに身を置いてきた――天狗から見て小僧であったとしても。


「ここから先へは行かせません」

「こちらも譲れはせん」


 幽鬼となった侍の魂と、鼻高天狗が睨みあう。

 柊は次の動作に移るタイミングをみていた。天狗もだ。

 柊が動きかけ――と見せかけて止まる。天狗もつられかけ、止まる。それが幾度か、間をおいて続いた。

 じり、じりと時が過ぎていく。一触即発の時間が過ぎていく。

 ――その時間を破っのは、天狗だった。


「畜生のくせに生意気な」


 天狗がぎろ、と血走った眼と殺気ををセラへ向けた。研ぎ澄ました刃のように鋭い眼力、そして何人も切り殺したような血塗れの刀を思わせる殺気を。


「結界を張りおったのか」


 セラは、柊が時間稼ぎをしていた間に結界を張り直したのだ。まだ張れきれていないと見せかけて、その実みっちりきっかり張っていたのだ。

 セラは神さまだ。結界も、自分を拠点として張る神域の結界。自分さえいれば、いつでも張り直せるのだ。息をするのと同じように、自然に。

 しかし天狗は気づいていない。もうひとつの策に気づいていない。隠れて結界を張っていた、そのことだけに目がいっている。

 この結界自体が、カモフラージュを兼ねているのだと、気付いてはいないのだ。

 柊とセラは、今まで何度もペアを組んでいた。だからこそ、このような打ち合わせ無しの、いきなりぶっつけ本番の作戦もできる――神罰執行の後、計算外の彼の登場は、セラにとって吉と出たらしい……今のところは。

 どこまで、その場しのぎのはったりが効くか。

 柊とセラの時間稼ぎが続く。――セラにとっては、獄卒鬼とともに時間を稼ぐつもりだった時間だ。

 セラにとって、これからは全くの計算外、予想外の展開となろう。


「畜生風情で神を名乗る愚か者の結界、破ってやろう」


 怒りのこもった大音声が響き、空気がピリピリと震える。天狗は片手に身の丈の倍もある錫杖を召喚した。おそらく、羽団扇もそうやって手にしたのだろう。


「なれば、こちらもその考え、折ってしんぜましょう」


 鞘に戻した刀を顔面に掲げ、柊は腰を落とし構えるがはやいか――叫んだ!


「――蛇なる鉄、空を走りなさい!」


 ぶぉん、と空気が低く振動する。先程よりもはやく抜かれた刀身は、空気中をうねる蛇のごとく進んでいく――その様はまさしく、獲物に食らい付き牙をたてんと、獲物に迫り襲う蛇。

 刀の蛇は、一瞬にして天狗に間合いを詰めた。


「ぬらぁっ!!」


 しかし天狗とて、刀の蛇の好きにはさせない。裂帛の大音声をあげ、ばばばっと刀の蛇に負けない速度で、素早く錫杖を捌く。

 カン、カカカン! と金属のぶつかる音が響く。


「珍妙な刀とな! しかし己れの敵ではないわ!」


 刀の蛇は、意思を持つかのように自在に空中を泳ぎ、時には錫杖に巻き付き、時には食らい付き、虎視眈々と天狗の首を狙う。


「そいや、そいや!」


 天狗は何度も何度も、気合のこもった裂帛を放ちながら、錫杖の先端を切っては返し、返しては切る。


蛇鉄じゃてつ、泳ぎなさい!」


 柊は両の腕と手を小刻みに動かし、うねる刀を操り動かす。蛇の先端は、何度も何度も天狗の喉元を狙い、泳ぐ。天狗の錫杖に往なさされれば、直ぐ様距離をおき、天狗から離れる。そして近付く。


「ちょこまかと!」


 天狗も、錫杖で刀の蛇を捌きつつ、柊たちに迫らんとタイミングを狙う。

 客観的に見れば、柊も天狗も武器の打ち合いに気がとられているように見える。互いに夢中で、他のことに気をとられていないように見える。

 しかし天狗はセラにも注意を配る。セラがどのような動きをとってもいいように、柊と打ち合いつつも周囲に視線を配る。

 それが、柊とセラの目的だと気付かずに。


「蛇鉄、噛み付きなさい!」


 柊が叫んだ。

 蛇なる鉄の刀の先端は、蛇のように動くとはいえ、確かに刀の切っ先に相違なかった――が、しかし。


「奇手烈な!!」


 刀の切っ先が波打ち、表面が蠢き鱗状を成し、先端には蛇の頭が現れた――鉄の、蛇だ。鈍く輝く頭部の、口を開けば、鋭利で細かな刃の歯がぎっしりと並ぶ……文字通り、刀は鉄の蛇へと変貌を遂げた。

 そして、蛇は鈍く光る硬質な瞳を光らせて、嘲笑った。


「な、……ぬ?」


 蛇は動きを止めなかった。

 目も止まらぬ速さで――先程までの動きとは比べ物にならない――天狗の鼻に巻き付き、


「ぎゃあああああああ!!」


 刀は、片方に刃が、片方に峰がある。刀である蛇にも、刃が、峰がある。蛇は、鋭利な刃の部分にあたる腹を天狗の両目に這わせたのだ――おもいっきり素早く。

 結果、まず傷口から黒い靄が噴出した。続いて、天狗の両目から血が迸り、空中へ赤い滴が、風にさらわれ舞い落ちる花びらのように散った。

 それは天狗の気を逸らすには十分だった。

 天狗は、片手を顔に持っていく。羽団扇が天狗の手から離れ、空中に溶けるように霧散する。

 しかし、それだけでは終わらない、終わらなかった。


「ぎゃああああああああ!!」


 天狗の悲鳴が大気を劈く。セラは思わず耳をぺしゃんと伏せた。

 蛇は、その鋭い刃のごとき歯で、天狗の喉をかっ切った。しかし、最初に血が迸るわけでもなく、変わりに黒い靄が勢いよく噴出し、続いて血が噴出、勢いを徐々に無くしていき、次第に重力に従い弱々しく垂れ落ちていく。


「……相変わらず、悪趣味な刀ですね」


 墜落していく天狗を、鞭のようにしなり空を泳ぐ蛇鉄が後を追う。すぐに蛇鉄は追い付き、追い抜いて縄のように天狗の体に巻き付いた。

 その様を見ながら、柊は呆れた様子を隠さずに呟いた。彼の手から既に蛇鉄の持ち手は無く、柊の制御下からも離れ、完全に蛇鉄は空を泳ぐ鉄の生き物と化していた。

 そもそもあれは普段から彼が腰にさしている愛刀ではない。腰にさしていた刀は、今回に限っては違うのだ。


「そうね、えげつないわよね。悪趣味よね」

「ええ。さすがです」


 柊は同意しながら、空中に浮かぶ拘束された天狗の横を見て溜め息を吐いた。


「……君たち、仮にも上司に酷くない?」


 朱色の瞳を細め、むすっと口を尖らし不機嫌を隠しもしない童子が、天狗の横に浮いていた。異常に大きな笹の葉に座り、足をじたばたとさせる性別不詳の童子は、彼らの上司・朱色童子だった。


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