再会、そして―1
朝陽は、膝を抱えていた。
(……嘘つき……)
骸骨は、嘘はついていない。愛称で友人を呼んだ、それならあなたも名を教えて、といって愛称を教えてくれた。それを名だと勝手に信じて、勝手に嘘つきだと決めたのは朝陽。
それは、わかっている。でも、なかなか素直になれない。
戻ってきてほしい。一緒にいたい。でも戻ってきてほしくない。一緒にいたくない。
こんなに歪んだ、こんなに矛盾した想いを見られたくない。
でも、でも。
「会いたい……会いたい……」
ずっと側にいた。ずっと、ずっと。これからもきっと、ずっと一緒だと思っていた。何も疑わずに、それが普通だと、当たり前に続いていくのだと思っていた。朝陽の側にはいつも必ず骸骨の姿があったから、それが当たり前だった。
(……ラギ……)
――『わたしは あなたのそばに います いつまでも 』
まだ、側にいたいと思っていてくれるだろうか。
何で、突然姿を消したかわからない。知りたい。怖いけれど、知りたい。
(……もう一度会って、いいたい)
もう一度会えるなら。もう一度、骸骨――ラギに、会えるなら。
――あなたの名前を、教えて。
今度は、きちんと名前を聞こう。そして、いおう。
――あなたと、ずっといたい。側に、いて。
朝陽は俯いていた顔をあげた。
そして、ベランダで起きている戦いを見て、開いた口が塞がらなかった。
「え……、えぇ……?」
窓の外には、天狗としかいえないものがいた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「なぬ……?」
ひゅおお、ひゅおおと風が女性の悲鳴のような音をたて、天狗の制御下から離れていく。
「お主、何をした……?」
訝しみ、そして怒りを露に見下ろす天狗に、セラは鼻で笑った。
「答える筋はない」
それは、先ほど天狗がセラにいった言葉だった。
「ほぅ……?」
天狗は、ふさふさな白い眉を片方、吊り上げた。
「畜生風情が、我に抗うか。ふん、生意気なものよ」
天狗は錫杖を振り上げた。セラは毛を逆立てた。
「――無駄よ!」
セラが仕掛けた罠のひとつは、攻撃し結界を破壊した輩の力を――一部だけだが――一時だけ、自分の支配下に置くこと。
残るもうひとつは。
「なぬ?」
天狗は眉間のシワをぎゅっと寄せた。
「あたしだけじゃないわ!」
「――魂……、幽鬼とな?」
狭いベランダに、半透明の青年が姿を現した。
漆黒の胸まである髪をゆるく結わい、ひとつにまとめて背に垂らした青年だった。丸眼鏡に、灰色を帯びた紫の着物をまとい、腰から刀をさげている。刀を下げている紐は、カラフルで渋い。
「柊、あんたが来たの?」
あれーおかしいな? とセラは首を傾げた。もうひとつの罠は警報の役目であり、朱色童子の配下の屈強な獄卒鬼あたりを(勝手に)引っ張ってくる(※事後承諾)術だったのだが。
現れたのは獄卒鬼ではなく、前任者の柊。しかも、仮初めの姿ではない。
仮初めの姿は、守るべき対象の側にいるために、姿を隠す必要性があったからこそ纏うものだった。また、敵から姿を隠す目的もあった。敵から姿が丸見えでは、側で守護する意味がないからだ。守護するために、彼らは本来の姿の上に仮初めの姿をまとい姿を消す。
そして、もうひとつ目的がある。姿を安定させるためだ。柊のような存在は、魂だけの存在である。神であるセラと違い、魂そのものだ。魂だけの存在は、現世では安定しないのだ。
セラは仮初めの姿として猫の姿をとってはいるが、そもそもセラは現世で生じた神であるので、現世では安定しないということにはならない。
「――わかっていますよ、セラさん。一瞬で、ケリをつけます」
柊は刀に触れた。
「稀代の祓い手といわれたわたしの実力、とくとご覧に入れましょう」
柊は、不敵に笑った。
◇◇◇◇◇◇◇
「……………」
ベランダに、天狗がいる。猫を閉め出したベランダに、天狗がいる。
朝陽はしばらく呆然としていた。朝陽ははっきりいって、人には見えないもの――お化けや妖怪の類いを実は見たことはない。骸骨とあの猫は例外だ。
「あ、猫!」
朝陽は猫のことを忘れていた。思いだし、一気に血の気が引く。喋れる変な猫だが、あの天狗を前にして大丈夫だろうか。危害を加えられやしないか。だって、あの天狗は何となくだが――とても禍々しいのだ。危険だと思ってしまうのだ、見ただけで、近寄ってはいけないと勘が叫ぶのだ。
「どうしよう……?」
こんな時、骸骨――ラギがいたら。ラギは腰に刀を下げていた。刀を抜いているところを見たことはないけれど、たしなみといっていたくらいだから、少しは使えるはず。
けれども今、彼はいない。
「どうしよう……!」
自分が閉め出したから、猫は危ない目に――天狗と遭遇してしまった。しかも何故か竜巻みたいなのが発生しかけてやいないか。
おろおろする朝陽の視界に、いきなり人影が見えた。本当に、いきなりだった。
背の高い、髪も長い肩幅のある着物の男性だった。こちらに背を向けているから、顔はわからない。しかし半透明で、かげろうや蜃気楼のように揺らいで見えるのがわかる。
それよりも、それよりも。その立ち姿に、後ろ姿に、朝陽は既視感があった。見たことがないはずなのに、何故か懐かしい。
「あ……?」
朝陽の目に、背の高い人影が刀を抜いたのがわかった。その時に、腰に巻かれた帯に巻き付けた太い紐が見えた。
カラフルな、けれども渋い紐。まさか、と朝陽の口が空回る。
「……ラ……ギ?」
朝陽の記憶が、繋がった。
次の骸骨の更新は19日です。