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朝陽と骸骨  作者: 山藍摺
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骸骨の真実と、襲撃


 世界は、現世うつしよ幽世かくりよにわかれている。

 現世は生命あるものが営む世界。幽世は黄泉の世界、彼岸の世界。

 黄泉の入り口に広がる塞の河原。河の向こうが彼岸、こちら側が此岸。ここはまだ、境目。事故などで生きたまま身体より離れ、さ迷い来た魂がまだ現世へ戻れる場所。

 彼岸には、赤く紅い緋色の死人花が広がる。

 彼岸に逝きつけば、そこから先は閻魔の王が治める世界。こちらへ来れば――さ迷い来た魂は、二度と還れない。


「本当に、戻ってきたんだ〜」


 柊たちが渡り着いた彼岸には、死人花が群生する赤空も変わらぬ曇天ではあるが、先ほどとはまるで違う鮮やかな世界だった。

 優しい渡し守の小鬼に別れを告げ、柊が向かう先には、赤に囲まれた平屋があった。

 屋根は漆黒の瓦、壁は漆喰、柱は木。窓はなく、戸の無い玄関より、明るい子供の声が響いてきた。


「柊、馬鹿だよね」


 とてとて、と可愛らしい足音を立てて柊のもとへやって来たのは、五つか六つくらいの幼子だった。幼子特有の色素が少し薄い髪に、くりっとした大きな眼。朱色の模様無しの着物に、白地にカラシと緑と藍の格子模様の半纏を纏っている。足元は裸足に草鞋だった。


「そうですよ、戻ってきました。あなたは相変わらずはっきりと感情を出すのですね、朱色童子しゅいろどうじ


 柊の声に暖かさはなく、そこにあるのは冷たさだった。柊は冷えた目で幼子――朱色童子を見下ろした。

 夕暮れのような朱色の一組の瞳が、ぱちぱちと瞬き、にーっと笑った。くふふ、と悪戯を考えついた楽しそうな顔で朱色童子は笑う。明らかにたくらんでます、という顔だ。


「だって、馬鹿だもん。足掻かずに、抵抗もせずに、素直に塞の河原へ戻されて、ねぇ?」


 朱色童子は、近くにあった死人花を手折り、くるくると回した。


「稀代の祓い手が恋に堕ちたのも馬鹿だし、ね? しかも相手は、次代の子を孕む予定の娘だよ?」


 朱色童子は笑みを深くした――幼い容姿には不釣り合いな、とても老獪な笑みだった。


「守護する者は、守護対象の次代の子の母となる娘への恋慕は禁止。意味、わかるよねぇ」


 くるくると回していた死人花を背後へ放り投げ、朱色童子は語り続ける。黙りを決め込む柊に、脅すように。


「ねえ、柊。君は鬼なんだよ? 死した生命の成れの果て。君は幽鬼のたぐいなんだ……君になついていた彼女と君がもし、結ばれたら? 次代の子の誕生を阻むんだよ?」


 次代の子は、いつか生まれる霊力のとびきり強い子だ。その子は、次代の閻魔となる。閻魔は万の単位に一度代替わりをする。その次代となる者は、子の霊力に耐えきれる器を持つ娘の腹から産まれる。子を宿しても、産まれ来る子の霊力の強さに耐えられない娘なら、子の霊力にあてられて母体が死ぬからだ。

 次代の子の父となるものは特に決まっていない。しかし、柊は駄目だ。柊は遥か昔にその生を終え、霊力の強さを見込まれ、閻魔に仕える鬼となった。つまりは死人。死人は生きた肉体を持たない。だから、子を成す種がない。


「君はね、指をくわえて見ていたらいいんだ。セラが見守る中、朝陽が別の異性と結ばれて、子を成すのを!」


 柊は唇を噛みかけ、とどまった。

 柊は確かに死人で鬼だ。かつての肉体は地に埋まり、骨となった。だから、現世に戻り、得た仮初めの幻の姿は骸骨だった。柊は既に、地上では骨となる年月を過ごしているのだから。


「次代の閻魔の子を産ませんと狙う奴は、セラが倒すよ。君はね、お払い箱さ!」


 柊は悔しかった。しかし反論は出来ない。その通りだからだ。


「うん?」


 ――それに気付いたのが、朱色童子だったのは幸運か不運か。


「獄卒鬼、何用だい?」


 黄泉の世界のうち、悪人を裁く地獄にいる獄卒鬼――赤や青の巨体に、額に何本も角を生やした鬼たち。生前の姿を保つ柊とは違い、産まれたときより鬼だった彼らが、地獄を離れることはない。しかし、いる。平屋の戸の無い玄関より、現れた――地獄に通じる入り口より、現れた。


「〃*#∞〆→↑〓」


 野太い大音声が、あたりに反響し、空気がぶるりと震えた。

 その声の紡いだ言葉を聞き、朱色童子と柊の顔から血の気が一気に引く。


「え、な――」

「何ですって!?」


 朱色童子の声を遮って、柊は叫んだ。


「朝陽が……朝陽が、襲われたですって!?」


 柊は、頭の中で何かが切れたのを感じた。



◇◇◇◇◇◇◇◇



「ちょっと、開けてよー……?」


 きゅりきゅりとセラはガラスを引っ掻いた。しかしガラスの引き戸を開けることは叶わない。


「猫を選ぶんじゃなかった……」


 セラは、かつては霊気の塊だった。人が神聖と感じ奉った地に自然発生した塊だった。いつしか祈りを捧げる民の願いが、信仰心の強さが凝り固まり、自我を得て神となった。

 しかしいつしか忘れ去られ、消え去りそうになり――閻魔の配下たる朱色童子にスカウトされ、今に至る。

 願いを聞き、色々叶えてきた彼女は、カウンセラーのような仕事をしてきた。かつての住まいは、猫の住む深い森だったため、ずっと猫の姿をとっている。人の姿、それこそ猫以外の姿をとったことなどない。

 だから、開けられない。猫の手足で、鍵のかけられた引き戸など開けられないのだ。

 しかも彼女は、神聖な空気の聖地に誕生したゆえに、神社のように、限られた空間に結界を張ることは出来ても、物理的なことはできないのだ……他の神のように、触れずに動かすなんて不可能なのだ。元をたどれば、願いを聞いて初めて結界以外の力を発動できる、人々の願いから生まれた神だから。


「会いたい……会いたい……」


 先ほどから、朝陽は呟くだけ。よほど衝撃が大きかったらしい。

 セラが朝陽に自己紹介し、ベランダへ放り出されてまだ幾時間も経っていなかった。おそらく、しばらくこのままなのだろう。


「……会わせてあげたいけれど」


 セラにはその力がある。セラは願いが固まって生まれた神だ。願いを叶える、それがセラが存在している原動力だから。


「でも、できないの。あたしにはできないのよ」


 セラは朝陽がどのような境遇の娘なのかを知っている。朝陽が望めば、どんな殿方とも縁は結べるのだ、骸骨である柊よりもいい相手との縁を結べるのだ。セラは結びの神だから。


「長期戦、かしらー……?」


 セラはにゃう、と耳と尾が垂れてしまった。どうしよう、どうやって朝陽に引き戸をを開けてもらおう? 願いを叶えたくとも、話が出来なくては意味がない。このままでは対面さえできない。

 どうしよう、とセラは途方に暮れた。神様だって万能ではないのだ。

 うにゃう、とセラが更に耳を垂れたときだった。


「にゃっ、にゃに!?」


 ぶぉ、とセラの仮初めの身体の毛が逆立った。尾が太く倍になり、耳がピンと立つ。

 霊気だ。強い、とても強い霊気が風に乗って、セラのいるベランダへ叩き付けた!


「ふにゃん!」


 小さなセラの仮初めの身体は、ぺしゃっと引き戸のガラスに叩きつけられた。痛みは感じないが、動きは一瞬でも封じられた。

 セラがしまった、と思った時には結界が綻び始めていた。セラの動きを封じた一瞬の間に、風を伴ったそれは、結界を破ってのけたのだ。


「だ、誰にゃ……誰なの?!」

「答える筋はない」


 侵入者は、真っ赤な、高く長くのびた鼻の持ち主――天狗だった。

 ベランダの目と鼻の先の上空に、天狗が浮いていた。ベランダとの距離、数十センチしかない。


「次代の子の母の命、もらい受ける」


 二メートルはゆうに越える巨体が、セラを見下ろした。


「させないわよ!」「結びの猫神風情に何ができる」

「できるもの、末端とはいえ神さまだもの!」


 セラの築いた結界は、特殊だ。セラ流、セラ独自の結界だ。

 セラは神だ。セラがいる場所を神域と――神、すなわちセラの領域と見なし、神気に満ちた結界を張ったのだ。

 セラが己の領域と見なしたのは、このアパートの一室すべて。玄関の戸から、ベランダまで含む。

 神の領域は、強い――何しろ神さまの住居でもある。そんな神さまの住居を荒らしたならば、神罰が下る。セラは万が一、結界が破られたときに罠を張っていた。罠、すなわち神罰。


「神罰執行!」


 ぶわ、と風が狭いベランダで舞った。


次の骸骨の更新は15日です。

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