気持ちが繋がるとき
「……………」
セラの言葉に振り返った柊が見たのは、上気した頬に手を当てて、頭から湯気を出して一時停止している朝陽だった。寝台で上半身を起こしているところを見ると、いつの間にか気が付いて起き上がっていたようだ。
つまるところ、先ほどのやり取りは一部もしくは一部始終見聞きされていたのだろう。柊としては、一部であろうが一部始終であろうが、どっちにしろ穴があったら入って蓋をしたい気分だ。
「………朝陽ー?」
セラの言葉に、朝陽ははっとなりセラを見ようと視線を動かすも、途中で柊を見て「きゃっ」と両手で顔を覆って俯いてしまった。どうやら恥ずかしいようだが、柊としても同じように恥ずかしい。
「ねえ、ねえ、あるじ、あるじ。ちょっと朝陽のとこにいってくるにゃのよ」
セラに必殺・上目遣い(?)を繰り出され、かつニクキュウでぽむぽむ叩かれた閻魔大王は、脊髄反射で咄嗟に抱き締めた。
「みぎゃあ……」
ぐふ、とセラの目が半目なり、虚ろになった。おそらく人間でいえば白目をむいた状況だろう。愛猫の変化に閻魔大王は真っ青になってあたふたし始めた。閻魔大王が、である。
朝陽は「みぎゃあ……」の辺りで、ばっと手を顔から離した。あまりにも痛々しい悲鳴だったからだろう。
結果、抱き締める飼い主(閻魔大王)と締め技を受けているような飼い猫という組み合わせを見て、唖然としていた。
そんな一連のやり取りを見て、柊も唖然としていた。彼の頭の中の閻魔大王像は、このとき跡形無く消えてしまった。
そして、さりげなく飼い主と飼い猫から視線を外した柊は、彼を見ていた朝陽と目があった。
目があうと、朝陽は照れ臭そうににまっと小さく微笑んだ。
朝陽は、目をそらさなかった。顔を手で覆うことも、一時停止して固まることも、思考がフリーズしていることもないようだった。ただひたすら、熱い眼差しを柊へ向けていた。柊も、視線が外せなかった。
――柊と、朝陽の目があう。視線がまじあい、互いの目に互いの姿が写し出される。想う相手の瞳に映る自分を見て、朝陽はなぜだか気持ちを無性に吐露したくなってきた。
彼が、好きだ。いいや、彼を、愛している。
そんな気持ちが、一気に溢れ、堰を切ったかのように止めどなく流れ出す。
その気持ちを後押しするように、閻魔大王の言葉が朝陽の脳裏でよみがえる――次代が選んだ次代の父は、骸骨である柊なのだと。
朝陽は、初めて骸骨、ラギの名を知った。骸骨は賀屋柊という名で、閻魔大王とセラに向かって心境を吐露していた。朝陽を想っているが、生者ではない己は朝陽に相応しくないのだと。
それに対して、朝陽は違うと内心で叫んだ。本当は口にして叫びたかったけれど、あの時はそういう流れではなかったので、叫ばなかった。
叫びだしたい、気持ちを伝えたくてたまらない朝陽に、助け船を出したのはセラだった。朝陽が上半身を起こしているのに気づき、こういったのだ。
――『朝陽は、柊のことが……これは本人から聞きにゃさい、当人じゃにゃいあたしがいってはいけにゃいことにゃんだから』
だから、朝陽はいう。気持ちを告げる。些細だって、気にしないって、貴方でないと嫌なんだって告げるのだ。
だから、朝陽は溢れる感情のままに、気持ちを告げた。
「わたしの産む子の父になってください」
――悲しいことに、恋愛事に関してうぶな朝陽は、ストレートかつ爆弾発言を繰り返しまくる老婆に影響され、柊の膝の上のセラがドン引くほどに、とてつもなくストレートにど直球に生々しい言葉で愛を告白したのだった。
「……じゃなくて、えっと!」
いいたいことがきちんと(どころではない)言葉にできずに、朝陽は混乱した。
そんな朝陽を、回復したセラが「にゃにやってるのー」と表情で語り、「母上の悪影響がここに……」と閻魔大王が額を手でおさえ、頭を振っていた。飼い主と飼い猫は、全身で「やっちゃったあ」と語っていた。
やられちゃった側の柊といえば、こちらは無言のまま寝台脇の机へ移動していた。
そして、あわあわしている朝陽に、お猪口を持って向き合った。
「朝陽、これがわたしの答えです」
柊はお猪口を持ち、もう片方のお猪口を朝陽に差し出した。
お猪口を差し出された朝陽は一瞬きょとんとし、すぐにはっとなって顔を綻ばせていった。
「……、はいっ!」
嬉しそうに返事をした朝陽の目には、涙が水晶のように光っていた。




