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朝陽と骸骨  作者: 山藍摺
3/33

朝陽と骸骨―3



 朝陽はとてもわくわくしていた。

 先日のことだ。大学に入学してから、人生初の友人と呼ぶことができる大切な存在ができた。

 そして今日は、日曜日。その友人と少し遠出をして遊びに出掛けるのだ。朝陽にとって“友人と遊ぶために”外出するなんて初めてのことだった。昨夜なんて、今日のことを考えただけで眠れなかった程である。


『気をつけて くださいね 』


 骸骨は、朝陽が遠出をすると聞いて、大学へ行くときよりも心配した。

 朝陽は「大丈夫だよ」「心配しすぎだよ」といったが、『危険な人に ついていかないでください 』『暗くなるまでに はやく帰宅してください』『あなたは 若い女性ですから なるべく人気の多い道を とおってください 』などと念をおされた。

 朝陽は「過保護だなぁ」とは思ったけれど、これは骸骨が朝陽のことを思ってくれているからこそ出た言葉の数々だ。それがわかるから、朝陽はすごくすごく嬉しかった。

 骸骨は朝陽のことをすごく心配してくれる。それは朝陽が大切だから――骸骨は家族だから。そう、朝陽にとって骸骨は友人でも、親友でもない。骸骨は、いつも側にいて当たり前の家族なのだ。


(……何か嫌だ……)


 骸骨は叔父と同じ家族。ずっと側にいる家族。朝陽は自分に言い聞かせた――骸骨は、家族。

 それは変わりのない事実のはずで。けれども、そのことに朝陽の胸がチクリと痛んだ。

 そして――朝陽の胸に漠然とした不安がよぎる。


(いなくならないでね)


 もう二度と、いなくならないで。


“わたしは あなたのそばに います いつまでも ”


 朝陽は自然と手を握りしめ、空を仰いだ。


(神様、いるなら――わたしからもう大切な人を奪わないで、どうか)


 もう二度と、寂しい思いはしたくはないから。

 朝陽は、この十何年間で誰かが側にいる“当たり前”な幸せを知った。

 だから、喪いたくはなかった――あの優しい骸骨を。自分の側にいてほしい……自分の側になくてはならない存在を、かけがえのない存在を二度と喪いたくはなかったから。

 少しセンチメンタルな心境になった朝陽は、その考えを振り払うかのように頭をぶんぶん振った。次に両手で頬をパンパンと叩いて気合いをいれ、よっしゃとガッツポーズをして歩き出した。

 空は、まるで朝陽の心中を反映したかのように曇り始めていた。

 雨雲が空を覆うように移動し始めていた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



(やはり、心配ですね)


 朝日が出掛けたあと、骸骨は部屋の中をうろうろと歩き回っていた。骨の腕を組み、時折指の骨で肘の骨辺りをトントン叩く様は、落ち着きがなく苛ついているように見える。

 実際、骸骨は苛ついていた。それは無意識だった。


(とてもとても心配です)


 骸骨が朝陽の側を離れた一ヶ月の間、彼は故郷の職場から常に朝陽の様子を見ていた。故郷にはこちらの様子を生中継で映す水鏡があった。

 だから安心してあちらにて一ヶ月も過ごせたのだ、水鏡で逐一逐一確認していれば、いざというときに駆け付けられるから。

 しかし、今はない。

 ここは故郷ではない。骸骨の手にあるのは腰から下げた刀だけ。


(何かあれば、駆け付けられますが、それでは遅いのですよ)


 骸骨たちには、守るべき対象が“大変な目に遭遇した”場合、すぐにそのことを察知できる。これは彼らが持つ武器――骸骨の場合は刀――の機能だ。

 その危険察知の機能はあくまで保険であり、守るべき対象にアレを寄せ付けないことがまず大事である。


(わたしの施した“結界”は万全でした)


 骸骨たちは、守るべき対象に“結界”を施す。これは守るべき対象たちが寝ている間に定期的に行われている。彼ら各々によって手段は異なり、骸骨の場合は“夜間ずっと天井に張り付く”ことで朝陽を視界にいれて、“ゆっくりゆっくり力を注ぐ”ことだ。

 はたから見たらホラーな状況ではあるが、今のところ彼にはこれしかできなかった。もっと手っ取り早い確実な手段もあるにはあるのだが、それは彼の理性が許さなかっただけである。

 それに、骸骨は朝陽にとって家族。朝陽が初めて友達が出来た、といっていたように……骸骨は、朝陽にとって友人ではないのだ。

 そのことに、骸骨は見たことの無い朝陽の友人に対し、優越感があった。しかし同時に――そんな自分への嫌悪と、家族以上のものになりたいんだという欲求があった。

 骸骨は邪念を振り払うべく、かたかた音をたてて首の骨を左右に振った。


(出掛ける前に確認しましたが、まだ結界はほつれていません。ですからアレが近付こうとしても不可能です、しかし)


 今までなら、骸骨はここまで心配しなかった。骸骨は“払い”の力に特化した使い手である。しかも“史上最強”のが頭につく払いの使い手だ。そんな彼が念入りに施した結界は無敵である。


(心配すぎて頭がおかしくなりそうです!)


 朝陽が、髪に異性の――友人らしい――匂いをつけて帰宅したあの日、骸骨は朝陽への気持ちを自覚した。

 それ以来、以前のように対応が出来ない。以前のように任務がこなせない。


(ああ、もう!)


 骸骨は無い髪をかきむしりたい心境だった。故郷でなら可能だというのに、この仮初めの姿はこういうとき不便だった。


(――あ)


 骸骨は閃いた。


(そうしましょう!)


 そして骸骨はうきうきと支度を始めた。

 ハイテンションな姿を水鏡越しに見られているとは気付かずに、骸骨は今にも踊り出したい気分であった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 朝陽が駅前の時計広場に到着した時、既に居附は到着していた。広場中心にあるメルヘン大時計は9時50分を示しており、まだ待ち合わせの時刻まで10分の猶予があった。


「わたし、遅かった?!」


 驚き焦る朝陽に、居附は朝陽を見上げ、朝陽の背を叩いた。


「ちゃうちゃう、うちが早よう来すぎただけやて、気にせんとって」


 居附は朝陽を安心させるためににっこり微笑んだ。ほんまに純真で可愛らしいわ〜と居附は思った。


「ほな行こに。電車の発車時刻までまだあるさかい、少しコンビニでもよろに。ほんでお菓子をようさん買うていこ」


 居附は、まだあたふたしている朝陽の手をぐいぐい引っ張って、駅前のコンビニへ姿を消した。




(おや、お友だちは女性の方ですか)


 そんな二人の様子を、離れた場所から骸骨が見ていた。

 骸骨たちがまとう仮初めの姿は、守るべき対象にしか見ることが出来ない。それを逆手にとって、こうして尾行をしているのである。骸骨の姿は誰にも見ることが出来ないがゆえの芸当であった。


(しかし、羨ましいですね)


 骸骨は、自分の姿を見下ろした。どこからどう見ても白骨である。

 “任務中”である現在は、本来の姿には戻れない――戻ってはならないのだ。

 守るべき対象の側にいるためには、姿を隠す必要性がある。アレから――敵から姿を隠すためでもある。敵から姿が丸見えでは、側で守護する意味がないからだ。守護するために、彼らは本来の姿の上に仮初めの姿をまとい姿を消す。


(戻れたら)


 戻れたら、いいのにと骸骨は思った。思って、しまった。

 任務ではなく、異性の一人として、朝陽の側にいたい。そう、望んでしまった。一瞬でも、任務を放棄したのだ。

 それが――トドメだった。


(な?!)


 骸骨の周囲が突然真っ暗になった。どこまでも広がる暗闇に、骸骨は見覚えがあった。そして、この暗闇が自分を包んだことを理解して――仮初めの姿の下の肉体の血の気が一気に引くのを感じた。きっと顔色は真っ青を通り越して真っ白のはずだ。


【情けない、情けない】


 暗闇に小さな子供特有の甲高い声が響いた。


【柊、情けない。稀代の祓い手であるおまえが色恋にうつつを抜かすなど、情けない。実に情けない】


 骸骨は、ついに“その時”が来たのを悟った。


【お前をはずす】


 その時――朝陽の側から離れるときが。骸骨が――柊が、朝陽に恋をしたから。


【お前は規則違反を犯した】


 声は淡々と告げていく。柊のことなど無視して告げていく。


【罰として――】


 そして、柊は。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ただいま……あれ?」


 朝陽が帰宅したのは夕方であった。いつもならすぐに駆け付けてくる骸骨の気配がない。


「……ラギ?」


 靴を脱ぐことも忘れて、朝陽は部屋の中を歩き回った。

 洗面所兼脱衣所にいない。

 ベランダにいない。

 天井にも張り付いていない。

 コンロの前にもいない。

 骸骨が――ラギの姿がどこにも見当たらない。

 朝陽の顔から、全身から血の気が引いていく。


「や……だっ!」


 もう一度、朝陽は骸骨を探す。天井に張り付いてはいまいか、ベッド下や、押し入れに掃除のために入り込んで、骨を崩して身動きがとれなくなってはいないか。


「やぁ、だぁ……どうして、どうして、どうしていないのぉ……?」


 朝陽はへなへなと床に座り込んだ。あちこち土まみれだが気にしない。そんなことはどうでもいい。骸骨が、彼が。ラギが、いない。

 側にいて当たり前の――側にいてほしい存在が、朝日の横にいない。また、また消えてしまった。朝陽の側から消えてしまった。両親のように、突然に。


「側にいるって、離れないって、いったじゃない……!!」


 朝陽の頬を、涙がいくつもいくつも流れていく。ぽた、ぽたと床に涙が小さな水溜まりを作る。


 ――『わたしは あなたの側を離れないと 約束しましたから 』


「嘘つき……!!」


 次から次へと涙がとめどなく流れる。涙を流すなんていつ以来だろう、と朝陽はむせび泣きながら思う。


 ――カタン


 その時、朝陽の後ろで物音がした。


「ラギ?!」


 朝陽は期待して振り向き――絶句した。


『ラギでなく、申し訳ない』


 そこにいたのは、黒猫だった。黒猫がにゃん、と鳴けば不思議なことに“声”が朝陽の頭に入ってくる。


『今日からラギの代わりにあなたの側にいます。わたくしでは不安でしょうか……?』


 そういう黒猫自身が不安そうにひと鳴きした。


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