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朝陽と骸骨  作者: 山藍摺
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アマチカ山頂にて



 地獄に存在する数多の山の中でも、アマチカ山は特別だった。

 アマチカ――天近アマチカ天誓アマチカ天地下アマチカ

 アマチカ山は天に近く、また天と地獄の境であり、天からみたら地下にあたる山だ。そして天に誓う山。

 アマチカ山は、岩肌むき出しの草木が一切見当たらない――ただし、唯一たる例外の、頂きに一本ある宝木を除いて。

 頂きにある一本の宝木には名がない。灰の色に満ちた地獄にて、唯一鮮やかに輝く虹色の水晶の木であった。水晶の木は、これ以外には天の世界にしか存在しない。

 この宝木は、枝がしなるだけで葉はなかった。

 頂きについた朝陽と老婆を待っていたのはそんな特別すぎる木だった。

 息も切れずに頂きについた朝陽は、天に向かってそびえ立つ大木を見上げ、殊勝な気分を抱いた。見れば見るほど、なんだか平伏したくなるような威厳を放つ大木であった。


「これが、特別な水を得るのに必要な木さ!」


 老婆は、そんな大木をばしばしと叩いた。怪力の老婆が激しく叩いても、大木はびくともしない。それでも、朝陽は見ていてなんだか落ち着かなかった。大木を叩く老婆は、なぜか見るものをひやひやさせるのだ。


「さあ、さあ! こいつに、触れな!」


 ばしん、と空気が大きく震えた。老婆が一段と力を込めて大木を叩いたのだ。しかし大木はびくともしない。老婆は朝陽を手招きする。朝陽はびくびくとしながら老婆に近寄った。


「さあ、これに触れて、祈るんだよ! 思ってる相手と子をつくりたいってね!」


 朝陽は老婆のストレートな表現に危うく吹きかけた。

 朝陽は深呼吸して、ゆっくりと歩みだした。

 大木の滑らかな表面に、朝陽はおそるおそる近付いた。近くで見れば、大木の放つ威厳に自然と萎縮する思いだった。

 きらきらと雨上がりの虹のように輝く表面を前に、朝陽はごくりと唾を飲んだ。この表面に、触れる。どことなく神々しい表面に、触れる。


「怖じ気づくことはないよ!」


 ばしん、と再び空気が大きく震えた。同時に朝陽は激しく咳き込んで前へと転倒しかけ、どうにかたたらを踏んで転倒を防ぐ。老婆は今度は朝陽の背を景気づけに叩いたのだった。


「さ、あの若作りがちゃちゃ入れてくる前に触れな! 触れて、自分がどんだけ想ってるか伝えるんだよ、子作りしたいか伝えるんだよ!」


 朝陽は再びぶふっと吹きかけるもどうにか踏ん張り、勢いのまま表面に触れた。老婆の言動を前にしていたら、なんだかゆっくりしていられなかったのだ。ものすごく深呼吸などしていられなかったのだ。

 大木の表面は、暖かかった。ほんわかと、毛布にくるまれたかのような、優しい暖かみがあった。


「ラギと」


 朝陽は目を閉じ、まぶたの裏に骸骨姿の柊と人の姿の柊を交互に思い浮かべた。


「さあ、天に誓いな! 空に向かって誓うんだよ!」


 自然と、目を閉じる朝陽の顔が頭上を仰いだ。

 一緒にいたい、離れたくない、ずっとそばにいたい。そう気持ちを天に向かって飛ばす感覚で、朝陽は無意識に下腹部をなでた。

 いつか宿る子の、非力な自分を母に選んでくれたまだ見ぬ子の父となってほしい柊と、結ばれたい――朝陽は強く願った。

 ――大木の全体の虹の輝きが、脈打つように一度大きく瞬いた。

 老婆は、にたりと口角をつり上げた。






「にゃんか呼んだ?」


 柊たちは、蜃気楼を抜けて塞の河原にたどり着き、柊が感じる朝陽の気配をたどっているところだった。先導する柊の背に、いきなりセラが声をかけたのだ。


「何も?」


 柊はセラを見下ろし首を横に振った。否定した柊に、セラは首をこてんと傾げ、尻尾をゆらりゆらりと揺らした。


「おかしい……にゃんか呼ばれたような気が、」


 したようにゃんだけど、とセラは続けかけて目を見開いた。


「柊、柊、はやく抱きにゃさい!」


 え、と驚く柊を待たずにセラは柊の懐に飛び込んだ。此岸の世とは違い、こちらは彼岸。あちらとは違い、セラは柊をすり抜けずに着物へ爪を立てることができた。


「指名、来たにゃのよー!」


 わけがわからず状況が読めない柊が、爪のみでぶら下がる状態のセラを落ちないように抱き上げたところで、彼らはなにかによって強制的にその場を離れさせられたのだった。セラはなにかがわかっていたようで、その顔はやる気に満ち、鼻息が荒くなっていた。






「いいぃひっひっひっ、来たようだね?」



 目を閉じる朝陽を視界におさめつつ、老婆はしたりと笑みを深めた。

 アマチカ山は霊山。霊力が強いものは山の頂に近づくにつれて、その影響を受ける。

 例えば肉体疲労が癒され、山を降りたあとずっと疲れにくい体を得る。

 アマチカ山は濃い霊力に満ち、かつ地獄の中でも聖なる気配が濃い。それは天に近いことを意味する――聖なる気配、つまり天に満ちている空気が天より漏れ出ているのだ。

 アマチカ山の頂きの上空は、天へ通じる穴が開いているのだ。そこから宝木に触れて誰それとつがいになりたいと祈った願えば、その祈り願う気持ちが強ければ強いほど叶う――願いを叶えるに値する強さの想いを抱くものにだけ、アムリタは降る。

 アムリタが降るとき、願いを叶えるまで、願いを成就するものを邪魔するものから守る力を持つ存在が天より選ばれ、アムリタとともに――


「にゃああああああん!」


 ――空から降ってきた。


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