大切な人への道標
地獄への道は、意外にたくさん各地に点在している。
――地獄への道、それはもちろん生命あるものには認知はできない。そこにあっても、生命あるものは皆通りすぎる。それは、最初からそこに存在していないものとして扱われる。
地獄への道など、生命あるものが間違っても通ってしまっては危険。だからこそ、認知はできない。
骨塚朝陽の住むアパートの近くにある川の近くの祠も、そのひとつであった。道端の三叉路の境に建てられた、小さな小さなお地蔵さんの祠だ。
お地蔵さんは、地蔵菩薩のことだ。境の神である道祖神の性格もあわせ持ち、災厄等の災いの侵入を防いでいるという。また、閻魔大王は地蔵菩薩として此岸人々の生きざまを見て、死後を裁くともいう。
――つまり、お地蔵さんは地獄とは縁深く、とても距離が近い。故に此岸と彼岸の境が曖昧で、地獄への道筋となっている。
いまだって、柊とセラの瞳には、祠の向こうに陽炎のように揺らめく、絨毯のように地を覆い隠す彼岸花が見えている。
――これこそが、生命あるものには見えない地獄への道筋である。
柊たちのような彼岸の住民たちは、普段はこういった道筋を此岸と彼岸の移動に使用する。生命あるものを無理やり彼岸へ飛ばしたり、彼岸から鬼の手を呼んだりする朱色童子が色々とおかしいのである。
「ま、まっ、待ちにゃさいよ、は、速いのよ」
セラは四本足で懸命に歩を進めていた。はたから見れば、黒猫が早足で進んでいるように見えることだろう。ちなみに、セラの声はにゃあにゃあとしか聞こえない。
『ああ、すみません。急いでいるもので』
柊はゆらゆらと揺らめきながら淡々と答えた。柊は今は仮の姿ではない。だから、飛ぶように移動する。
「護衛対象があっちにいるのに、淡白すぎにゃい!?」
セラはぴしっと尻尾で柊を叩いた。しかし透き通る柊の体をすり抜けるだけであった。
にゃんにゃん騒ぐセラに対し、柊は淡々としていた。焦りや動揺というものは、あまりに度が過ぎると逆に落ち着くらしい。
なので、柊はさらっと流す。
『動揺しすぎて落ち着きました』
「にゃんと!」
セラは柊をぺしぺし叩いていた尻尾を、ぴんと立てて驚きをあらわした。
『そういうあなたは、にゃんにゃんと普段の調子がぼろぼろ出てますが。にゃんにゃんいうとなめられるから、にゃんにゃん隠してませんでしたか』
「にゃあ、もう! ……落ち着きすぎにゃのよ!」
柊の苦笑が混じる言葉に、セラはひときわ大きく尻尾をずべしと柊に叩きつけた。
セラは本性が猫の姿をした神だ。いまはいろいろ紆余曲折あって朱色童子の配下についたが、もともとは閻魔大王の愛玩動物ある。
にゃんにゃんいう黒猫は、あまりにも個性と迷惑さが強すぎる朱色童子を上司に持つ苦労性な彼らの部下の間では、見事に癒しであった。
セラとしてはなめられているような気がし、普段は頑張って口調を改めていたりしたのである――そんな様子でさえ、意固地になって背伸びをしようと一生懸命な幼子のようで、周囲からは生暖かい目で見られていたりするのだけれども。
「ちょ、無視しにゃいでよー!」
にゃんにゃん騒ぎ尻尾を振りまくる黒猫に和みながらも、柊は道を前に気を引き締めた。
柊の視線の先は、揺れ揺らめく陽炎。灰色一色の世界に、紅い燃えたぎるような彼岸花が群生する世界。
その向こうに、彼が求める彼女はいる。本来ならあちらにいるべきではない、生命ある彼女が。
柊は、陽炎の中へとすーっと滑るように入りこむ。彼女――朝陽のことを思うと、とうの昔に地の下で朽ちたはずの肉体の鼓動が、暴れるように激しく打つような衝動にかられた。
柊は手のひらを見た。向こう側が透けて見える、蜃気楼のような手。確かに存在するのに、生命あるものとは触れあえない、幻のような手。けれども、陽炎の向こうでは実体を持つ手。
はやく会いたい。はやく助けたい、はやくこの手に触れたい。骸骨の仮の姿ではなく、柊として、朝陽に触れたい。
柊はぎゅっと拳を握り、力強い目で前を見据えた。陽炎の中を歩き、振り返れば、此岸の世がうっすらと湯気のように漂う様子が見えた。
「ちょっと、置いてかにゃいで!」
過ぎ去る此岸の世を見て、朝陽を助ける決意を新たにしていた柊は、すっかりセラのことを忘れていたのだった……。




