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朝陽と骸骨  作者: 山藍摺
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朝陽と骸骨―2



 骨塚朝陽、19歳独身彼氏募集中、想い人なし。もちろん、お友達も募集中。

 そんな朝陽は幼少期の影響から口下手で、人見知りが激しかった。今では養父である叔父と、小さい頃から一緒にいる骸骨以外に、会話が成立した相手がいないのである。

 だから、


「え、と」


 話しかけられて口ごもるのはいつものこと。この後、いつもなら「馬鹿にしてるの」とかいわれて相手に去られるか、「変な子」といわれて相手に去られるかの二通りの結果が待っている。

 しかし、今回の相手は違った。


「名前なんていうの? 可愛いよね、君」


 ここは大講義室−1。文学部に在籍する一回生なら必ず受けないといけない科目が終わったばかりで、周囲はざわついていた。

 階段上に座席が広がるこの教室の中でも、朝陽は一番後ろの端っこにいた。まだ友達のいない朝陽は、なるべく空いている端っこの席を求めてここまで来たのである。

 そして講義を終えれば、ひとつの空席を挟んで隣にいた男子学生ちゃらそうに声をかけられたのだ。ようするに、ナンパらしい。

 初めてのナンパ、しかも相手が去らないことも加えて、朝陽の頭はいつも以上にいっぱいいっぱいだった。パニックを起こしていたのである。


「あ………っと」

「今時、真っ黒の髪って珍しいよね。染めてないよね」


 戸惑い顔を青くする朝陽の髪を、男子学生は一房手にとって顔に近づけた。朝陽はそれを視線で追い――顔が茹でダコになった。

 朝陽が今まで接してきたのは叔父、骸骨。同性も、異性とも親しくしたことはない。だから、彼ら以外とのスキンシップに免疫がない。異性は特に初恋もまだなので、まっさらな状態である。


「うっわ、さらさらだ。すっげ、真っ直ぐ! アイロンとかしてないんじゃね、これ。天然真っ直ぐな黒髪、腰までのロング! 漫画ン中だけかと思った!」


 朝陽の髪を手に、男子学生はすげーすげーといいながら離そうとしなかった。

 朝陽はもうわけがわからなかった。異性にここまで触られるのは――もちろん触らせるのも――初めてだし、素直に称賛されたのも初めてだった。今すぐ、穴があったら引きこもってしまいたいところである。もしくは骸骨のもとへすぐさま帰りたい。あそこは朝陽が安らげる場所だから。


「あほう、相手の子困っとるやろが」


 男子学生の行動を止めたのは、高めの関西弁だった。

 朝陽は反射的にそちらを向いた。そこには、小柄な栗色の巻き髪の可愛らしい女子学生が、怒りの表情で男子学生の手をはたく光景があった。


「ってぇ!」


 パシン、と甲高い痛そうな音がした。男子学生は赤くなり始めた手を撫でながら、はたいた女子学生を睨み付ける。まだ男子学生は着席しているので、小柄な女子学生とはちょうど目線が近くなった。


「……」


 自由になった乱れ気味の髪をそのままに、朝陽は目を真ん丸にして呆然と目の前のやり取りを見ていた。


「あんたね、初対面の女の子に何しとるんよ。困らしとるんよ」

「これは俺なりの――」

「スキンシップとかいわんように。あんたの基準を他人さんに当てはめるなや。ほら」


 女子学生がそこで朝陽を見た。


「戸惑っとるやないの。あんたはそこで頭冷やしとけ、ええな?!」


 女子学生は、小さな指で男子学生の眉間をぐりぐりとして、最後にでこぴんを放った。


「ほな、行こ。行こ行こ」


 呆然とする朝陽を追い立てながら、女子学生は大講義室から外に出た。

 もちろん、男子学生は放置だった。


「ごめんやで」


 大講義室の近くにあるベンチに二人は腰かけた。朝陽はまだ状況がよく把握できていない。初めてのことに、思考回路の処理能力が追い付かないのだ。


「うちは居附寿いつきことぶきいうねん。皆にはいっちゃん”て呼ばれとるよ」


 せやからいっちゃんって呼んでぇやと女子学生は屈託なく笑った。


「……たしは、」


 ようやく思考回路が回復してきた朝陽は、つっかえながら自己紹介を始めた。居附は急かすことなく、にこにこしながら待っている。


「わたしは、骨塚……朝陽、です。先程は、助けてくれてありがとう」


 朝陽はぎこちなく笑った。叔父と骸骨以外の相手に笑みを向けるのはいつ以来かわからなかった。だから、笑みに自信が持てない。きちんと笑えているか、不安でたまらない。


「……」


 しかし、居附は別のことに驚いたらしく、くりくりの目をより大きく見開いて朝陽を見た。しばらくそのままだったから、朝陽は笑うのが失敗したかと焦った。


「ええよ、別に、気にしゃんとき」


 居附は嬉しそうに破願した。


(今時、素直な子やん)


 朝陽は別に失敗していなかった。ただ、その真っ直ぐな素直さに居附が驚いただけだった。


「あーちゃんて呼んでええかな?」


 自然に差し出された居附の手に、朝陽は驚いて――笑った。


「こちらこそ!」


 それは、父が死んで以来、ようやく叔父と骸骨以外の相手に見せた“心からの”歓喜の笑みだった。

 それを見た居附が眩しく思い、大講義室から二人を追ってきた男子学生がそれを見て、顔を真っ赤にさせ荷物を落としたのは別の話。





「ただいま!」


 骸骨は、嬉しそうに頬を上気させて帰宅した朝陽を見て驚いた。この時ほど、骸骨は“表情”が表に出ることはない己の今の姿に感謝したことはなかった。

 嬉しそうに「友達ができたの!」と語る朝陽の髪から、知らない若い男の匂いがしたから。

 ――誰ですか。自分以外に貴女に触れた異性は誰ですか、どこの馬の骨ですか。

 その黒い感情は、骸骨が朝陽を“見守り始め”た時より初めてかんじた嫉妬であった。

 骸骨は、まだ見ぬ相手に嫉妬した自分に驚愕し――別れの時も近いかなと、寂しくなり、それは自業自得だと自嘲した。




 骸骨も、立派に“異性”であった。たとえ、外見が骨、一般的にいう白骨遺体の見た目であろうとも。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 最近、朝陽は以前よりまして笑顔を見せるようになった。その度に、骸骨は内心赤面し、染まる肉も、表情筋も無い骨でよかったと胸を撫で下ろす。そして、思うのだ。この眩しくも暖かい笑みを、他の異性に見せたくはないのだと。


「友達ができたの」


 骸骨が『どうしたのですか 』と問えば、朝陽は照れながら、幸せそうに微笑んでそう答えた。

 骸骨が知る限り、朝陽にとって人生初の友人のはずだった――骸骨を除けば、血縁者以外で初めて親しい存在が出来たのだ。朝陽の性格を鑑みればとても喜ばしいことではある。

 しかし骸骨は喜べない。その親しい存在が、異性かもしれないのだ。


『良かったではありませんか 』


 骸骨は、胸に燻る気持ちを抱きながら、すらすらと筆ペンで書いていく。平常心、平常心と自身を言い聞かせながら書いていく。大丈夫、筆ペンを持つ骨は震えていない。

 けれども、


「どうしたの? 辛いの? しんどいの?」


 朝陽が、筆ペンを持つ指の骨に力が入っていると骸骨に指摘したのである。心配そうに骸骨の顔の骨を覗いてきた。やはり長い付き合いだろうか、隠しきれなかったらしい。


(やばい、という語句がぴったりです)


 骸骨は、体があれば冷や汗をかいている状態であった。骸骨は骨で良かったと心底感謝した。


「そうなの?」


 腑に落ちないながらも、朝陽は納得したらしい。首をかしげて、しばらくじっと骸骨を見ていた。そのつぶらな瞳に骸骨は耐えられず、視線を明後日の方向にやりかけたがどうにか耐えきった。骸骨が明後日の方向を見れば、またぞや逸れた朝陽の疑問がぶり返すと考えたからだ。

 それでも、時折こうして向けてくる純真な視線はどこか気持ちよくて骸骨は好きだった。その純真な視線は耐えられず逸らしてしまうけれど、その視線を向けられるときは、骸骨が朝陽を独り占めしているようだったから。


(いけません、いけません)


 最近、骸骨は以前のように朝陽に接することができないでいた。一月の間、職務のため一時故郷に戻っていたのが駄目だったのかもしれない。


(感付かれないようにしないといけません)


 朝陽の幼い頃から見守る、それは朝陽に伴侶が出来るまで続く――それが骸骨に与えられた職務だった。

 そしてこの職務にはひとつの破ってはならない規則がある。

 それは――


「ね、あのさ」


 朝陽は手にしていた箸を置いて骸骨を見上げた。

 今は夕飯どき、朝陽と二人で作った一人分の食事を、朝陽がゆっくりと食する時間。骸骨はその間、鍋やフライパンなどを洗ったり、調理のときに周辺に飛び散った汚れを拭きながら、朝陽と会話をする。そんなゆったりと流れる時間が骸骨が好きだった。


『どうか しましたか 』


 骸骨は、洗った鍋を拭く骨を止めてそう書いた。骸骨が書き終えるのを見てから、朝陽は話を再開する。


「いつもありがと」


 朝陽はにっこりと笑い、その輝かんばかりの笑みの破壊力に、骸骨が精神的ダメージを受けているのも気付かずに話を続ける。


「友達はね、お互いをあだ名で呼ぶんだって。それはあなたを信頼してますって証なんだって。でも」


 朝陽は不安げに爆弾発言を投下した。


「わたし、いまだにあなたのこと、あなた呼びだわ。ずっと一緒にいるのに、名前を知らないの」


 朝陽は、いつも一緒にいることに慣れて気付かなかったと続けた。大切な存在を名で呼ぶ、その行為を知らなかった。

 だから、骸骨に教えてといった。名前を教えてと、骸骨にとって破壊力のある笑みで、上目使いで。骸骨はその魅力的な破壊力を前に白旗を振った。


『わたしの 名前は 』


 白旗を振ったけれども、骸骨は逡巡した。

 名は体を表す。名はその者の体――本質を表す。名は骸骨たちのような者にとって呪となる。

 名を知られると、名を知った者に己を縛られる術をかけられることが多々あるからだ。だから、骸骨は朝陽に名乗ってはいない。骸骨のような者にとって、名は簡単に名乗ってはいけないものだ。

 そして友達のいない朝陽は、大切な相手に名がないことを不審に思わなかったから、骸骨自身も余計に名など意識したことがなかった。

 だからといって、偽名を名乗るのも憚られた。今まで朝陽との間に築き上げた信頼を崩す行為に思えたから。骸骨にとって、朝陽との間に築き上げた信頼、絆はけして失いたくはないものだったから。

 それに――どうせ呼んでもらえるなら、偽名など論外だとも骸骨は思う。可愛らしい朝陽の声で、己を呼んでほしい。

 そこまで考えて、骸骨は心中で頭をかかえた。最近、本当に以前のように朝陽に接することができない。


(ここまで影響が出ているとは考えもしませんでしたね、覚悟が足りませんでしたね)


 骸骨に与えられた職務にはひとつの破ってはならない規則がある。

 それは――


「どうしたの? 本当に大丈夫なの?」


 骸骨は『心配 いりませんよ』と記し、少しためらって――ふと、思い付いた。


(朝陽だって、嬉しそうに話していたではありませんか)


 それでも骸骨には抵抗があったけれども。本音なら、あの可愛らしい声で名を呼んでもらいたいけれど。それは、叶えてはならない望みだから。



『では こう呼んでください 』


 骸骨は、愛称を――あだ名というものを記した。


『ラギ と 』


 骸骨の名は、“払い”を司る。ラギ、はその名を短縮したものだ。


「ラギ」


 朝陽は嬉しそうに、何度も何度も繰り返し繰り返し骸骨の名を呼んでいた。







 今はこのままでいい、と骸骨は思う。いつかは自分は朝陽の側から離れる時が来る。それは朝陽に伴侶が出来るときではない。

 骸骨が、規則を破りつつあるから。破ってはならない規則を、破ってしまったから。このことはいつか彼の上司の耳に入るだろう。

 骸骨のような者は、守るべき対象に恋をしてはいけないのだから。


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