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朝陽と骸骨  作者: 山藍摺
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遡上する船上にてー2



 いまは脱衣婆と呼称される存在となった老婆にも、乙女の時代は存在した。

 国という形がなく、まだ人と人ではない存在の境界が曖昧だった遥か昔、閻魔という強い存在を胎内に宿すに耐えうる器として、老婆の人生は既に決められていた。

 だからこそ窮屈で、自由への渇望が強かった。閉じ込められて、その時――子を胎内に宿し、産むその時まで狙われるために、安全な場所に飼い殺されることへの不安や反発ならびに色々な鬱憤が強かった。

 自身の立場を思えば、籠の鳥のように飼い殺されることが安全であることは理解できたし、周囲が自身の身を思ってくれてのこそだとはわかっていた。

 しかし、反発してしまう。大空を泳ぐように飛んでいく鳥のようにありたいと望んでしまった。

 そうして、外へ出て。

 狙われて、狙われて、狙われて。しかし老婆は強かったから、逆にやり返したけれども。

 けれども、老婆の次の代の“次代の母”である朝陽は、弱い。守らなければ、やられてしまう。また、同時に非常に素直だから、老婆のように反発心から籠の外へ出ていこうとは思わない。

 素直で無垢で優しく穏やかで芯が強い、守りたいと思わせる存在。それが朝日だった。非常に行動的な老婆とは正反対だ。

 だからこそ、老婆は強く想う。

 ――老婆のように自衛の手段を持たないがゆえに、傷つくところを見たくはないし、傷ついてほしくない。ずっとそのままでいてほしい……朝陽が紡ぐであろう未来を見たいのだ。


「ひぃいやぁっはっはっはあっ!」


 老婆は高笑いを響かせながら、船の床を軽く蹴り、跳んだ。

 上空には鬼の大群。百鬼夜行が、雲のように空中を泳ぐように覆い尽くしていた。

 鬼たちの眼下、船上では眠る朝陽と、空を威嚇しながらも朝陽をかばいたつ船頭たる小鬼。小鬼は、船上――船の中から外へ出ない限り、船に乗るものの存在を必ず守る。だから、老婆は思う存分に“やれる”。


「わしを相手にまわしたのが運のツキってもんさぁあ!」


 老婆は、まず左手でと右手でそれぞれ一匹ずつ、目の前の鬼の腕を掴み、旋回させるように振り回した。

 ぶんぶん振り回しながら、近くの別の鬼を足場にしてさらに右足で跳躍し、左足で鬼を薙ぐように蹴りあげる。蹴りあげられた鬼たちは落下、振り回される鬼は近づく同胞を飛ばし散らす。しばらくして老婆は振り回した鬼を投げ槍のように投擲、一塊の鬼を河へ落とす。

 鬼を掴んで振り回し敵を散らし、蹴り落としながら跳躍し、薙ぎ落とす。それを何回も何回も繰り返し繰り返し、瞬く間に老婆は百鬼夜行の大群を文字通り全滅させた。


「老婆をなぁめるもんじゃないさぁ!」


 何百ともいた鬼たちをたった一人で倒したというのに、老婆は疲れも一切見せず、船へと軽々着地した。


「はぁ、おっかねぇ……」


 船上にてガクガク震えていた小鬼に、「一言多いんだよっ」と踵落としをおみまいしつつ、老婆は首や肩、腕をごきゅごきゅ鳴らしながらまわし、どすんと腰をおろした。

 その老婆の手には、一枚の紙の札が握られていた。


「婆さん、それ」


 三段重ねのアイスのように瘤が出来上がった頭をさすりながら、小鬼は口をひきつらせた。


「ああ、こりゃあいいネタさぁ。いぃっひっひっ!」


 肩を揺らして笑う老婆に、小鬼は誰とも知れない敵襲の計画ならびに実行した輩に同情した。

 先程の襲撃、朝陽を狙ってのものだった。次代の母を邪魔に思う存在が放った敵襲というわけだ。

 朱色童子は、朝陽を囮にしてわざと襲わせたのだ、安全な籠の中からわざわざ狼の群れへと引きずり出して。

 老婆はそれを逆手にとり、敵襲に突っ込んで証拠を手にした。振り回していた鬼の一匹を無理やり紙札に閉じ込め、生き証人ならぬ生き証鬼としたのである。

 鬼というものは、個々特有のそれぞれ鬼気というものを発している。鬼気は一匹一匹それぞれ違う。そして、鬼を使役したものにはその鬼気が残り香のように漂う。その残り香は、鬼と交わった鬼以外の者にしかわからない、つまり鬼と契り子を成したものにしかわからない。

 ――老婆には相手が誰だか丸わかり。

 着々と目的地に近づく船上にて、老婆の高笑いは止まらなかった。

 小鬼は、今度は計画をした輩に、心の中で合掌した。



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