閑話―小さき猫の神
古今東西、昔から願いが叶えられるときには、対価が必要とされる。
それは、時には人身御供であり、また時には記憶やからだの一部であった。
そんな時代、それらを厭ったひとたちは、ある森に集まり一心不乱に願いを捧げ始めた。
そこは古来より流れが急変する大河に挟まれ、人の訪れ全くがなかった中洲であった。彼らは、誰もが訪れることが不可能なその地へ向けて、神がおわすと思ったのだ。
大河は荒れ狂い、近辺の村々や田畑を呑み込んでいく暴れ河であった。その全てを呑み込まんとする勢いに、その中洲の小高い森は流されることはなかったのだ。
流されることはない、人の訪れが不可能な立地――そこに神がおわすと彼らがみてもおかしくはなかった。
長い長い間、河の対岸から彼らは願いを捧げてきた。それらは強い感情であり、いつしか凝り固まってついに――一柱の神を産んだ。
それは、気付けば猫の姿をとっていた。なぜ、猫かはわからない。けれども、確かに小さな猫は神であった。
強い強い人の願いによって生まれた神は、人の願いを叶えるためだけに生まれたのだ。故に、神の神格は「願いをひとつ叶える」であった。生まれたその瞬間より、小さな猫の神は、己が生まれた理由を知っていたのだ。己の存在理由を。
生まれたばかりの小さき神は、小さいゆえに願いをひとつしか叶えられなかった。
それでも、小さき神は叶えていった。疑問に思わずに、願いを叶えていった。それが、存在理由であったから。
――やがて時が巡り、太陽と月が交互に昇り沈んだ回数が数えるのも億劫になり始めた頃、小さき神に願うものは少なくなっていった。
寂しい。
小さき神は、その感情に埋もれ始めた。
人間は、進化していた。願いを、自分で叶えられるほどに強くなっていった。
ねえ、願いを叶えるから、ひとりにしないで。ねえ、離れないで。ひとりにしないで。
小さき神は、生まれて初めてないた。鳴いたのか、泣いたのかわからなかった。
このままでは、忘れ去られて消えてしまう。消えたくない。寂しい、寂しい。
そんなとき、小さき神にひとつの手が差し出される。
「自分のところに来なさい」
大きな手であった。
寂しい小さき神は、迷わず手をとった。
遠いけれど、まだ近い昔の話。
中洲の名もなき小さな猫の神は、以来閻魔の側にて過ごすようになる。
――ある日、楽しいか楽しくないかだけで生きている存在にそそのかされて、閻魔の側を離れるまで、ずっと。
小さな猫の神が、己の神格、結びの神という神格を思い出すのも、男女――柊と骨塚朝陽に会うまでの話。
以上、物語上はずせないセラの話でした。




