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朝陽と骸骨  作者: 山藍摺
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骸骨と朱色童子



 朱色童子が、にたりと嗤う。無邪気な幼子の笑みで、無情に嗤う。


「あっちで話そうか!」


 ぱちん、と朱色童子が手を叩いた――たったそれだけの動作だった。

 柊の目の前で、朝陽が姿を消した。文字通り、一瞬にして姿を消したのだ。


『朝陽……!』

「柊、待ちにゃさいっ!」


 すぐさま朝陽の気配を追おうとした柊であったが、その行動はセラにすんでで止められる。

 振り返った柊は、何で止めるんですか、とセラにいいかけて止まった。


「猪突すぎるのよ、少しは落ち着きにゃさいよっ!」


 セラの放つ圧力に、柊はのまれたのだ。かたや人々の強い願いから生まれたという出自の神、かたや侍の魂。前者に軍配があがるのは目に見えていた。


『しかし』


 柊は落ち着いてなどいられなかった。頭の隅の冷静な部分では、落ち着かなければならないのは理解している。

 けれども、感情がそれに伴わない。まるで嵐の日の海の荒れ狂う波のごとく、感情が昂って落ち着かないのだから。慌て気持ちが昂ることが、朱色童子をより楽しませるとわかっていても。

 わかっていても、焦るのだ。朝陽を助けたい、朝陽の無事を確かめたい、その一心が、柊を突き動かしてやまないのだ。

 そんな柊を見て、朱色童子はやはり楽しんでいた。

 ――乞い慕う相手がいるから、覚悟ができた朝陽。乞い慕う気持ちは、人見知りが激しく、自ら行動を起こせなかった朝陽を変えた。

 同じような立場である柊はどのような反応をするのだろう、朱色童子はそう思った。結果、普段の冷静沈着さを失ったではないか。恋をすれば人は変わる、まさにその一言に尽きる反応であった。

 かつて暇潰しからスカウトして、いまに至るまで“楽しい玩具”のセラみたいに、朱色童子をずっと楽しませてくれるかはわからない。けれども、だからこそ“面白い”。長きを過ごす朱色童子と違い、若年の輩はやはり楽しませてくれる。

 だから朱色童子は求めた。更なる混乱を、更なる混沌を、更なる暇潰しを。

 朱色童子はトリックスター、善にも悪にもなり、常識など通じない存在。彼は面白くおかしくさえあればいい――彼にとって、との但し書きがつくけれども。


「あはは、あはははっ! 心配しなくってもーぉ、君が懸想している子は無事だよぉ!」


 きゃらきゃらと笑い声をあげる朱色童子に、柊は唇を噛み悔しそうな表情を浮かべた。朱色童子がいう“無事”発言ほど信用できないものもないだろう。

 そんな朱色童子を見る柊とセラは、「何が面白くて笑うのか」と表情で語っていた。朱色童子にとっては、それさえ“笑える”。

 このような朱色童子に、何をいっても無駄だと知るセラは溜め息を吐いた。それでさえ、猫の姿なのに“猫らしくない”と朱色童子の笑いを誘う。


「相手にしてらんにゃいわ……でも、はぁ……」


 セラはまた溜め息を吐いた。だって、朱色童子しか知り得ないのだ。朝陽の飛ばされた先は。

 ならば、聞くしかあるまい。聞きたくなくとも、答えない可能性があっても。

 鬱々とした気分を引き摺り、よっこらせとその気にならない重い腰をあげようとしたとき、セラの耳に驚きの言葉が入った。


『探しに向かいます』


 え? とセラはまんまるの目をさらに大きくして見開いた。金色の目がかっと見開かれる様は、まるで満月のようである。


「……場所はわかんにゃいのよ?」


 セラは柊にこそこそ声で囁いた。朱色童子に聞こえないように、のつもりのようだ。……自棄になって、どうにでもなれと、わざと聞こえるようにして煽っているようにも見えなくもないが。


『検討はついています』

「にゃんと?」


 セラは口を開けてぽかんとした。セラの姿形は猫とはいえど、なんとも人間くさい仕草であった。セラにとって、柊の反応は意外も意外、想定外だったようだ。

 ――それは、セラだけに限ったことではなかった。


「へぇ! わかるの、わかるの? 面白いね、ヘソで茶が沸けるよ?」


 朱色童子は足をばたばたと激しく動かしてから、ひょいっとベランダに降り立った。朱色童子は降り立ったその位置で、半透明の柊を見上げた。


『わかりますよ。干支が一巡りする間、護衛対象の彼女とともに過ごしていました。彼女の魂の気配はわかりますよ……突然の有事に対応するために、彼女の魂の気配を覚え込みましたので』


 さらっと、柊は答えた。それ、犯罪手前だろうとセラが突っ込みかけたけのは……まあ、仕方ないといえるだろう。柊は真面目なのだろうけども。


「え? ……へぇえ、わかるんだぁ。どこへ送ったかわからないと思ってたのになぁ」


 ちぇ、と朱色童子は口を尖らせた。朱色童子は、思い通りの反応ではなかったことへの拗ねと、思い通りにいなかったイレギュラーの反応への面白いという好奇心の相反するような気持ちに浸っていた。

 どうやら、朱色童子もセラも読みを間違っていたらしかった。

 柊は焦っている。冷静さを欠き、いますぐにでも飛んでいくくらいの慌てぶりが伝わってくる。しかしそれは、「どこに飛ばされたかもわからず、安否もわからない。手探りで探しにいく」からではなかった。「飛ばされたか場所はわかる、しかし安否がわからない。だからいますぐにも探しにいく」であった。


『だからこそ、焦るのですよ』


 朱色童子を見下ろす柊の目が、すうっと細められた。心なしか、周囲の気温が冷えたように思われた。


『とんでもないところへ飛ばしやがりましたね』


 地獄へと、と柊は言葉を続けた。


「にゃあああーっっ?!」


 セラの絶叫が迸ったのも、仕方ないのないことである。

 地獄は、命を終えたものたちが向かう場所だ。命の終着点であり、決して生身のまま生者が行くところではない。そんな場所へ、朝陽は飛ばされたのだ……身を守る術のない朝陽が。


『あちらに生者を飛ばすとは、蟻の山に砂糖を、狼の群れに羊を投げ入れることに同意ですよ……アンタ何してるんですか?』


 しかも朝陽は狙われている身だというのに、敢えて敵の本拠地があるかもしれない地獄に飛ばすとは。


「脱衣婆と懸衣翁けんえおうに身ぐるみ剥がれてにゃいでしょうね!? ……うにゃん?」


 ……何だか間違った方向に心配し始めたセラを掴み、柊は笑い転げる朱色童子を無視して地獄へ転移するべく行動を開始した。


来週末か再来週末には次話更新できたらなー……いいなぁ


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